す、すいません、柴田先輩!
「丸目、どこにおる! さっさと出てこんか!」
親父は邸宅に足を踏み入れると同時に大声で叫んでいた。
山岡町の外れにある丸目邸は海外の有名人邸宅みたいに派手な造形にはなっていないが、正面門から玄関まで徒歩二分程度の距離があり、敷地面積の四分の三は庭とされているそれなりの造りだ。
そして門扉は学校の校門のようにスチール製のアコーディオン方式なのだが、親父はそこをランクルで強行突入した。
素直に入れてくれないだろうと思ったが全ての選択肢を軽く無視し犯罪に走るとは、この親父にしては自然なのだが野生の動物が都会で暮らせないよい例だ。
門を破壊しバンパーをひしゃげたランクルはそのまま大きな玄関の扉を突破して、広いエントランスホールに乗り込んで停車した。
フロントはかなり潰れたが日本車の頑丈で優れた安全性に俺とレイは救われた。とりあえず無傷だ。
親父はこの際どうでもいい。あれは愛が空から落ちてくる世界でも十分生き残れる。
「親父、いつインディジョーンズからターミネーターに鞍替えしたんだよ!」
ランクルから降りた俺は、まるで吉良邸に討ち入りに来た大石内蔵助よろしく邸内を怒鳴り散らす野獣の背中に問いかけた。
「何を言う、わしの基本姿勢はちっともぶれておらんぞ!」
そう言って革製のジャケットを開くと腰にぶら下げた鞭を俺に見せて笑った。
まさかリボルバーは持ってないよな。不意に鳴美が剣を振り回して出てきたら、やれやれと思いながら腰のホルスターに手をかけないよなとか思いつつ、親父の後を追って邸内をつきすすむ。
しかしこれで俺たち親子の名前は翌日三大新聞の一面トップになるだろう。まず公務執行妨害、道路交通法違反、器物破損、不法侵入、脅迫……せめて美雪は加害者の親族保護プログラムが適用されることを願おう。
俺はもうどうでもいいや。きっと「英雄という名前の犯罪者」とか言われるんだ。
「柴田さん、これはどういうことです」
正しい意味での自宅警備員を蹴散らし使用人の制止をふりきり邸内をずんずんと進んでいた親父だが、その正面に現れたスーツの紳士は紛れもなく丸目幸之助だった。
私邸に居るときでもスーツを着ているとはジェントルメンだと思うが、その顔は真っ青で額に滝のような汗をかいている。無理も無い。
「丸目! 鏡を起動したな!」
鬼の形相を見た幸之助さんはとっさに逃げようとするが、それを察した親父が腰のムチに手を伸ばした。そこから目にも止まらぬ素早さで振り抜くと空気を裂く音が響き、ムチの先端が幸之助さんの胴体にからみつく。
いや何というか、こんなのどこで練習したんだよ。本当に日本人か親父!
悲鳴を上げる幸之助さんを拘束した親父は、憎い敵を見つけたかのように歩幅を広くし相手に近づく。逃げる隙もあたえずに襟首を掴んで持ち上げた。
「く、苦しい」
「言え、いつ起動した!」
「親父、そんなに締め上げたらしゃべれないぞ」
ようやく追いついた俺の言葉に親父は手の力を緩めた。しかし幸之助さんが逃げ出さないように襟首だけはしっかりと掴んでいる。
「さっさと言え、鏡を起動したのはいつだ!」
「一月二日、おまえが海外に向かってすぐだ」
「丸目、いつからわしをおまえなどと呼べるようになった!」
「す、すいません、柴田先輩!」
明らかに幸之助さんは怯えている。金銭的な借款関係などどこにやらそこにあるのは体育会系の絶対的上下関係だ。
「親父、丸目の親父さんとは先輩後輩の仲なのか?」
「ああ、認めたく無いがこの愚か者とは大学時代、同じ考古学を極める者として席を並べていたことがあったわ! 卒業後こやつは考古学を金儲けの手段と考えおって嘆かわしい」
でもその金儲けに便乗して生活資金を得ていたのは親父ではないかと思ったが、当然口にしてない。
「それはそうと、鏡を起動したってどういうことなんだ?」
親父か幸之助さんかどっちにたずねて良いか判らず、俺は誰と無く聞いたのだが答えたのは親父だった。
「あの鏡は触れた人間の思考を追従してプログラムが始まる。わしが初めて触れたときにも頭の中に鏡の思考が飛び込んで来おった」
「なんて?」
「闘え、とな!」
もしかしたら俺が伊藤や大介と闘っているときに、頭の中に鳴り響いていた言葉と同じかもしれない。
「そのあとに戦いのルールや、擬人化する武具、対決の仕組みなどが事細かくわしの中に流れてきた。その設定方法もな。あと一歩で起動するところをなんとかこらえて中断したと言うことだ」
それで親父はレイのことや属性、ペンダントについても知っていたのだろう。
「わしはその中に触れてはいけない何かを感じ取った。だから鏡の調査依頼をこの愚か者に頼むときにも十分注意したのだ! だというのに鏡の情報に踊らされおって嘆かわしい!」
親父ににらまれて幸之助さんはうろたえるばかりだ。
「しかもリア充だの非モテだの、よくそんな単語が思いついたものだな! 恥ずかしくないのかおまえは! その歳で若者になったつもりか!」
「か、鏡はわたしが起動したのではなく、若い研究員が触れてしまって偶然にプログラムが発動したのです!」
なるほど……きっとそいつは非モテでリア充に恨みがあったんだろう。参加要項の文面からすると普段から馬鹿にされているのではないだろうか。
まさか丸目ではないだろうな。想像されたレイたちの容姿を考えるとどうも疑わしい。
しかしその言い訳が俺の目の前の暴君に通じるはずがない。
「例え研究員であろうとおまえの使用人であろう、その最終的な責任をとるのがCEOという者ではないのか!」
「そ、それはそうですが……」
「しかもあやまちに築いてすぐに鏡を粉砕すればよいものを、これみよがしにおまえの資産をつぎ込んでこのプログラムに荷担しおって、この愚か者が!」
でもあれだ、後輩といえここまで罵倒できるのだろうか。いや実際にしているんだけど。
幸之助さんはとても辛そうに何とか言葉を発した。
「粉砕なんてできません……あの鏡がもたらす技術を利用できれば人類にとって未知の領域が開けるはずです!」
「それが愚かと言うのだ! あれはわしら人類が制御できるものではない! だからわしは保管されていた鏡を粉砕した、おまえを殴りつけた大晦日の夜にな!」
だいぶ何が起きたか見えてきた。去年の年末に親父は貴重な遺産について丸目グループと意見の食い違いを起こし、起動される前に鏡を粉砕した。開けて正月の午前中を意気揚々と俺の家で過ごし午後からアマゾンに旅立ったということか。
「わしに粉砕させたのはレプリカということか、わしもだいぶなめられたものだな!」
「先輩であれば必ずそうする、だからわたしたちは貴重な遺産を守るためにも……」
「あれが貴重な遺産か、これを見てもそう思うか!」
親父はあの菓子箱の中からクリップで止めてあるレポート用紙をひっつかむと、幸之助さんの鼻先に突きつけた。
初めはおっかなびっくり目を向けた幸之助さんであったが、途中で目を見開くと襟を掴んだままの親父の手を振り切ってそのレポート用紙を食い入るように見ている。青かった顔はむしろゾンビというほど変色していた。
「こ、これは、事実なのですか」
「そうだ、どうせ鏡はわしが粉砕してしまったからおまえらに渡す必要もないと思っていたが事実だ! それが鏡を使ったあとに起こる全てだ!」
「しかし……信じられない」
「認めろ、おまえの愚行と共にな!」
「なあ親父、その紙に何が書いてあるんだ?」
すると親父は幸之助さんが読んでいたレポートをひったくると俺の目の前に差し出した。さらに俺に解説を始めた。
「設定された条件下で勝者が決定しその願望が唱えられた直後、もしくは起動後同じ月齢になった時点で鏡は後処理をおこなう」
後処理って何だと思っていると、親父は俺を見て静かに呟いた。
「戦士が望みを告げしのち、或いは月の満ち欠けが巡りしのち、我闘技場に祝福を与えん……わしはこの言葉が何を意味するか考えておった。
そこでわしは一部石化しておった木々の炭素年代測定を行ったところ約一〇〇〇年前という結果がでた。さらに鏡美が発掘された土中のイリジウム成分を分析したところ0.044PPMという一番高い含有量を示したのだ」
ん? まてよ、イリジウム含有量が気になったのはツングースカ大爆発だったはず。
「もしかして、祝福って大爆発による閃光なのか!」
「それで一〇〇〇年前の村は消失したのだろうな。わしの計算では爆発量はTNT火薬二五キロトン、広島に落とされた原爆の約二倍だ」
親父は腕組みして俺に告げた。
「そんな……それは解釈が異なっているのでは?」
幸之助さんはそう叫んだもののそれよりでかい声で親父は怒鳴り返した。
「だから愚か者だというのだ! こういう文面の祝福がろくなことがあるか、讃辞でしめる言葉に踊らされおって。
あれは鏡を使わせるための文言だ! 若者言葉にかぶれているおまえに理解できるように言えば『釣り』だ、判ったか愚か者!」
親父が相手だと日本でも屈指の丸目グループCEOも愚か者以下の扱いにしかならないのか。親父は怒りに興奮したまま俺を見た。
「そして一月二日に鏡を起動したとなるとタイムリミットは本日までだ」
「勝者が決定していなくてもこの町は消失する……レイはこのことを知らないのか?」
俺の問いかけにレイは不安そうに首を振る。
「知りません、そんなことは全く……」
「剣に聞いたところでムダであろう。あとは起動中の鏡を粉砕するしか消失を止める手段はない。丸目、鏡はどこにある!」
「それがその……起動して条件設定を終了後に剣を産み出してから忽然と消えました」
幸之助さんは親父の眼光が鋭く突き刺さるごとに姿勢が低くなっている。着こなしが見事なだけにある意味惨めだ。
「なるほど……この世の物理法則に影響を与えやすくするために姿を消したか」
「それならどうやって鏡を壊すんだ?」
俺の疑問に親父は腕組みのまま考える。
「勝者が決定すればその願望を聞き取るためにこの空間に再び姿を現すはず。狙うとしたらそこだ、そしてそれができるのはおまえだ!」
親父は俺を指さした。
とそこで俺のポケットが細かく震えた。このタイミングに何かと思ったが呼び出しは止まりそうにない。
俺はズボンからケータイを引っ張り出したが番号は非通知になっていた。とりあえず着信して耳に当てる。
「誰だよ!」
『こんばんは英雄くん』
電話の向こうの声は鳴美だった。
「どこに居る!」
『示現高校の第一校舎屋上にすぐに来ていただけますか?』
「示現高校?」
『交渉は時間切れです。これから決着を付けましょう、あなたとわたしのね』
電話はそこで切れた。再ダイヤルしてもすでに相手の電源は切られていた。
「どうした、何の電話だ?」
「残る戦士の呼び出しだ。これから示現高校の屋上に来いと」
「願っても無いことだ。おい丸目!」
親父の大声に幸之助さんは目を白黒させた。
「な、何ですか先輩」
「おまえもついてこい、今更ここから逃げると言わさぬぞ!」
親父は再度幸之助さんの首根っこを捕まえてずるずると引きずる。
「あるじ様……」
「やるしか無いだろう」
俺はレポート用紙を握りながら大きくうなずいた。
§
「親父、どうしてレイは女の子の姿から剣に変身できるんだ?」
ランクルの中はとても重苦しい雰囲気に包まれている。俺は運転中の親父に聞いてみた。後部座席には死人のような丸目の親父さんが頭を抱えたまま動こうとせず、その隣にレイが心配そうな顔をしている。
「わしにもよく判らん」
「それでも何かは掴んでいるのだろう」
「全ては仮定だが……まず考えられるのはわしらが全員、鏡によって集団催眠状態にある」
「でも、俺の身体に打撃はあったし痛みは感じたぞ」
特に刻印を刻まれたときはしゃれにならなかった。あれが催眠だとは思えない。
「強力な催眠というのは神経を混乱させる。痛みとは何だ、五感とは外部から受け取った刺激を神経から脳に伝達し解析した結果だ。直接刺激が存在し無くとも神経がその信号を伝達すれば偽りか判断することはできん」
「しかし火炎で服が萌えていたし木や電柱が切断された」
「もう一つは剣が鏡の端末となってこの世に物理的な影響を与えているのかもしれん」
「どうやって?」
「細かい原理は判らん。しかし火炎や冷気は分子の運動量をコントロールしているのだろう」
「土中から槍のように飛び出たり重量を増やしていたぞ」
「土中の体積を一定方向に膨張させた、もしくは素直に重力を制御したのかもしれんな。それらを実現するための端末が彼女らと言うことだろう」
親父はちらりとバックミラーに視線を移した。そこにはレイの姿が映り込んでいる。
「少なくともわしらが持っている技術では不可能だ。原理が判れば可能かもしれんがな」
「本当にその技術を消してしまっていいのかな」
「制御できない力は暴力でしかない。おまえはそれを判っていると思っておったが」
親父の目はどこか悲しそうだった。
制御できない力……中坊の頃の俺みたいなものだろうか。周りを傷つけるだけで結局誰も幸せになることが無かった力か。
「そんな力に踊らされ丸目の愚か者のように人々を危険にさらしてよいものか。わしらは古きを尋ねて新しきを知るのだ。未来を消し去る古代は必要ない」
そう言い切る親父にもう一つの疑問をぶつけてみた。
「なぜ鏡はこんなことをするんだ?」
「それもよく判らんが鏡が欲しているのはわしらが狂乱する感情なのかもしれんな」
「驚いたり怒ったりとか?」
「そうだ。鏡にとって分子の運動量をコントロールしたり重力を操ったり、都市を丸ごと消失させる力より、わしらの感情がエネルギーとして重要で高価なのかもしれん。だから祭りを装うことによってより大きな感情を引き起こしそれを吸収する」
「それこそ何のために?」
「鏡そのものが異世界のエネルギー吸収用の端末かもしれん。それもこれも全部仮定だ」
「ならなぜもっとストレートに働かない?」
「あの鏡そのものもプログラムに従って動いているのかもしれん」
「プログラム?」
「あれが人々が狂乱するための祭りを実行するようにプログラムされているとしたら。触れた人間の思考を読み取り言語を解析しゲームのルールを提示する。そして条件設定させると剣の動作を確実におこなうためにこの世から姿を消す。最後に終了条件に達すれば祭りに参加している全ての人々の感情を食い尽くし影響範囲を破壊する。
鏡はいわゆるこの世の電子計算機と同じだとすれば設定された手順でしか動けないわけだ。そこがわしらのつけいる隙間というものだ」
その隙間に俺は立ち向かおうとしているのか……
「怖いか英雄」
親父の言葉に俺は眉尻を上げてみたが、そんな威勢だけで奥底の感情をごまかせるように思えなかった。
「安心せい、わしも十分怖いわ」
「それって安心していいのか?」
「怖さもろくに知らない者が大人になれると思うな」
どういう理屈だか判らない。しかし俺たちがどうにかなろうともせめて美雪だけはとポケットからケータイを引っ張り出すとダイヤルしていた。
『お兄ちゃん、どうしたの?』
こいつの声はいつも通りだ。俺は声を震わさないように最新の注意を込めて話し出した。
「すまない、頼みがある」
『何? こんどはアイちゃんがお使いなの?』
「いや……美雪、今から悪いんだけど浅利のおじさんのところに向かって欲しい。そこで取ってきて欲しいものがあるんだ」
その親戚の家ならここから半径二〇キロ離れているはず、電車を利用すれば今からでも間に合うだろう。
しかし受話口の向こうは無言となった。
「美雪、急いでくれ、ともかく……」
『やだ!』
きっぱりとした、それでいて力強い返事だった。その言葉を発した姿が目の前に見えるようだ。
「なあ頼むよ、どうしても必要なものがあるんだ!」
『お兄ちゃん、あたしだけどこかに逃がそうとしているんでしょ』
「そんなことは無い! 頼む!」
『頼みごとがあるならお兄ちゃんそんな言い方をしないから。あたし判るもん』
どうしてこんなときだけおまえは鋭いんだよ、いつもみたいにほいほいだまされろよ!
「ムダだ英雄」
ケータイを握りしめる俺を親父が冷ややかな目で見ていた。
『ねえお兄ちゃん、そこにお父さん居るんでしょ、代わってよ』
「今は運転中だ」
『ならスピーカーホンに切り替えて』
俺は美雪に言われるままに操作するとケータイを親父に向けた。
『お父さんは何がいい?』
前振りもない質問に親父が答えずにいると、
『夜食。おにぎりとねお兄ちゃんのリクエストは卵焼きなの。お父さんは何がいい?』
「卵焼きときたら唐揚げと決まっておる」
『そうだよね、それじゃそれも用意する。何かお花見みたいだよね』
「そうだな、今年くらいは家族で花見でもするか」
『お父さん、約束だよ。それとお兄ちゃん』
その声でなぜか妹が俺に振り返ったかのように思えた。
『あたしは家で待ってるからね、お夜食楽しみにしていてね!』
そこで電話は切れていた。
「馬鹿かあいつは……」
「今更気がついたのか。あれはわしの娘、そしておまえの妹だ。利口であるわけがない」
「えばるな馬鹿親父」
「しかし四月に花見か……大変な約束をさせられてしまったわ」
親父はそう言いながらとても楽しそうだった。俺もケータイをポケットに突っ込みながら相づちを打つ。
「ちゃんと帰国しろよ。美雪の約束まで破るとあとが怖いぜ」
「うむ。ともかくきちんと花見が迎えられるようにせんといかん」
俺もうなずいた。
「ここで一踏ん張りせい。ヒーローとしての見せ場だ」
俺は疲れたため息をついた。
「全くどいつもこいつも俺の名前をヒーローと違約しやがって」
「そうか、おまえはまだそう言われると嫌なのか」
「当たり前だ。もう俺だってガキじゃないんだ。ヒーローったって損ばっかりだろう」
そこで今度は隣から大きなため息が聞こえてくる。
「それはおまえの本当の父親のことを思ってか。なら一つ教えてやる。わしらが住んでいるあの家、あれの名義は柴田英雄、おまえだ」
俺は驚いて親父を見た。
「何だって?」
「確かに本間啓介は借金のことも病気のことも誰にも告げず死んだ。おまえからみれば世話になった人間は誰も助けなかったと思っているかもしれない。だがあとでその事情を聞いた学生や卒業生に世話になった方々が皆で協力しあの家をおまえに進呈したのだ。あのような大きな家がわしの持ち金や信用で購入できると思っているのか?」
「だって……誰も何も言って無いぞそんなこと」
「そうだ、おまえの父親だって何も言わなかった。だからあの家を進呈した連中も何も語らないのだ」
もしかしてあの家は、父さんの世話になった学生が住んでいた下宿なのか。
「のう英雄、ヒーローと言う者は身勝手な存在かもしれぬ。迷惑なお節介者かもしれぬ。しかし自らの心情にまっすぐに行動していれば誰かが必ず見ているのだ。その見返りは気がつかないところで戻っているのかもしれないな」
父さんの善意はムダで無かったのだろうか。お袋の言うことは正しかったのか。
今の俺には判らない。どうしても実感が無かった。
「これから先は英雄が一人で考え決めるのだ。おまえは元服をすぎているのだしな」
全くこの親父はいつの時代を生きているんだ。
だがここでムダ口は終わりだ。
フロントウインドウに見えてきたのは決戦の場となる示現高校の校門だった。
後戻りできない、俺は親父の言うところの大人の証である恐怖を身体の芯から感じて震えていた。




