そう簡単にはいきまへんで、兄ちゃん
俺の昔話を聞きながらレイは一言もしゃべらなかった。
「あるじ様はどうしてヒーローと呼ばれて不快に思われるのですか?」
「少し大人になって世間が見えてきたからかな」
俺はレイに背を向けたままだ。
「お袋は父さんが偉い人だと言う。しかしどんなに善人でも結局だまされて病気になって死んでしまった。それにお袋までその尻ぬぐいで死んだ。
父さんは人のためといろいろ尽くしたのに、借金を抱え病気になったが結局誰も助けてくれなかった。ギブアンドテイクと言わないけど損してばかりに思える。
はたして人のためになることをしてもそれが良いことなのか俺には判らない。
お袋が父さんをヒーローと呼ぶのはなんとなく失敗した人生の言い訳に聞こえてね」
「そうなのでしょうか」
「だからシバヅケと呼ばれる頃には自分の名前がどこか嫌いだった。さらにそれを『えいゆう』と解釈されるのはいやだった。
美雪にもキレてケガをさせたこと、それが俺にとってどうしようも無い深みにはまるきっかけだったかな。
今では『えいゆう』と呼ばれてもあまり怒ることも無くなったが、それも家族のおかげかもしれない」
「家族とはそういうものなのですね」
彼女の言葉はどこかうらやましそうであり、寂しそうだった。レイにしてみると他の剣は姉妹という関係になり得ないのかもしれない。
むしろ敵同士なのだ。俺のイレギュラーで同居していてもそれはルールに従っているだけだ。
だからかもしれないが彼女らは他の剣を冷静に観察している。そこで俺はアイの言葉を思い出した。
「レイ、俺はおまえに聞きたいことがある」
彼女は顎を上げて瞳を俺に向けた。それを見返しながらそっと尋ねた。
「ひょっとしたら、おまえはリア充スレイヤーで俺が負けることを望んでいないか?」
特に攻めるような口調で無い。しかしレイの動揺は夜の庭先でも見ていてはっきり判った。
彼女は金髪をくゆらして大げさに首を振る。
「そんなことはありません……」
「この間、大介と闘ったときアイは相手の剣の属性を詳しく教えてくれた。俺はアイがルール違反しているのかと思ったが剣があるじをサポートするのは当たり前だと言われた。だとすればなぜレイは伊藤との戦いに属性関係を黙っていた?」
「それは……判らなかったからです」
彼女は視線を落とした。さらに赤い瞳がさりげなく左下に落ちている。
「アイはレイが勝ちたがっていないと言った。俺もどちらかというと勝ちにこだわっていないがレイの本心はどうなんだ?」
しばしの沈黙。季節がら、虫が鳴く声も聞こえない。夜空に満月が浮かんでいるが、その明るさも俺たちの周りを灯すに足りないようだ。
俺は彼女が自ら口を開くのを待っていた。少しでも誘導すればレイはあるじの意向にそって答えてしまう。今聞きたいのは本心だ。
ややあって、レイは諦めたようにまぶたを閉じると小さな手を握り、うんとうなずいた。
「わたくしは落ちこぼれの宝剣です」
彼女は視線を落としたまま語り始めた。
「以前お話しした通り、産まれたときの様子は覚えていません。しかし一番最後に創造され、その後HIMOTEの候補となる人物に送られましたが何度となく却下されていたようです。
ようやくわたくしのあるじが決定したのはリア充スレイヤーが開始され二〇日も過ぎたころ、すでに他の宝剣はレベルも上がりわたくしは取り残された形になったのです」
「なるほど、そして初戦が俺だったと」
「そうです。しかもあるじの制御もままならず、初戦にして敗退するという失態でした」
だから火炎と爆発で大騒ぎになったのかもしれない。他のHIMOTEたちがわりに穏やかにリア充狩りをおこなっていたのに対して、一歩間違えればテロとも思える大事件にしてしまったのだ、リア充スレイヤー運営委員会も慌てたに違いない。
「そのときはわたくしの中にHIMOTEの剣としてのプライドは無くなっていました。むしろ敗退した他の剣のように消えてしまいたかったのです」
あの夢の中でレイは消えた剣に何を話しかけていたのだろう。あまり悲壮感が無かったのはレイがあの剣をうらやましく思っていたからなのだろうか。
「それで伊藤との戦いではサポートもあまりしなかったというわけか」
「申し訳ありません。ところがあるじ様に敗退したアイスブランドがあるじ様の剣として存在することに驚いたのです」
「そうか、あのときの落ち着きのなさはそんなところから来ていたのか」
「はい……負ければ必ず消えるものと思っていました。剣として産まれたときに、自らを消したくなければあるじをサポートして勝ち抜けと教わりましたから」
だとすると、レイも他の剣もリア充スレイヤーの仕組みについて完全には知らないのだろう。
あるじの剣として闘う方法は知っていても、権利の譲渡に関係する部分は不明確のようだ。
だが俺が聞きたいのはそんなところでは無かった。
「それで、レイは今でも消えたいと思っているのか?」
俺の質問にレイは赤い瞳をまっすぐこちらに向けて居た。
「わたくしはあるじから見透けられるのをとても恐れていました。最後に想像された存在であり特徴も無く、数あわせのようなものだと思っていましたから。
ですから先代のHIMOTEにはわたくしの持って居る全ての力をあるじ以上に発揮しました。しかしあの結果です。そして今のあるじ様はリア充を狩らないしそもそも剣化することもまれででした。
だから剣としてのわたくしはここでも不要なのではないかと思っていたのです」
「レイ、誤解を恐れずに言うとレイの剣は俺にとって不要かもしれない」
そこでレイの表情は落胆する。しかし俺は首を左右に振った。
「でもそれはレイだけでない。アイもアルもエルもそうだ。俺にしてみればみんなが剣になれる必要は無いんだ。どっちの姿が正しいのか俺には判らないが、レイやアイにあるとエルは女の子の姿で居る方が俺はいいと思う。美雪もそう思うだろう」
「美雪さんも……」
「でも……この戦いのロジックが完全に判らないうちは剣として消えてしまうことは女の子の姿としてのレイも消えちまう。それでもレイはまだ消えたいと思うのかな」
彼女はゆっくりと首を振った。拒否の意味を込めてはっきりと。
「わたくしはあるじ様や美雪さんの側にずっと居たいです。人間としての生活がこんなに楽しいとは思いませんでしたから」
レイの表情は本当に楽しそうだ。その表情を見ておれもうなずいた。
「ようやく俺の家にもなじんで来たんだ、今更消えても困るからな」
「あるじ様」
「そう簡単にはいきまへんで、兄ちゃん」
そこに双子の声が聞こえてくる。いつの間に現れたのか暗闇に溶けてしまいそうな褐色の二人が庭の対角線に居た。
ポニーテイルのアルは腕組みして立っており、ツインテイルのエルはその場にしゃがみ込んでいた。
「そない勝つ気力もない剣、最後のHIMOTEに通用するわけがあらへん」
「二人は鳴美を知っているのか?」
するとポニーテイルは左右に揺れた。
「それを答えられへんのはうちらも同じや」
「そやけど、相手も生き残りやで、強敵だということは想像できるやろ?」
「それはそうだが」
エルは大きくかぶりを振った。ツインテイルがしなやかにむち打っている。それを引き継ぐようにポニーテイルは小首を傾げていた。
「どや兄ちゃん。ここで一つ剣としてどれに頼ったら一番か決めてもらっては」
「そや。そこの闘わんと逃げようとおもうておる剣に命を預けるか、わてらと共に闘うか」
「さもなければあそこのダンマリと運命を共にするか」
エルはそう言うと顎をしゃくった。ちょうど三角形の頂点、縁側に正座し膝にシロを乗せているのはアイだった。
「……選択?」
彼女は小さく呟いただけだったが青い瞳と白い肌は燐光のような輝きを放っている。まるで殺気が凝縮しているような迫力があった。
しかしレイはそれに負けじと眉尻をつり上げた。
「今ならわたくしだってあるじ様を守って闘える」
「大きく出たなフレイムタン、せやけどその勢いもどこまで持つか見物でっせ」
やはりこの三組は仲が良いと言えなかった。むしろこの場だけ見れば最悪な状態だ。
炎のように熱く瞳を燃やすレイ、氷のように冷たさをまとっているアイ、猫科の猛獣のような狩猟本能を漂わせるあるとエル。
立場的に俺はその真ん中に居る。彼女らの共通の接点は俺しか無いからだ。
「待て、みんなが争っても意味が無い……」
「お兄ちゃん、ここに居たの!」
庭の中で張り詰めた空気を打ち破ったのはアイの後ろから顔を出した美雪だった。
いつもなら場違いなお気楽口調で話す妹は暗がりから見てもどこか焦っているように思える。
「どうした、慌てて」
「警察の人が来ているよ。お兄ちゃんに聞きたいことがあるって!」
警察? 今更何をというところだがこういう公権力に逆らうとろくな目に遭わない。
俺はそこを心得ているから小首を傾げただけだったが緊張し、わずかに動揺を見せているのは幼女四人の方だった。
態度もばらばらだ。レイは心配そうに俺を見て、アイは眉の間がほんの少し縮まり、アルとエルはあからさまに楽しそうにほほえんだ。
「みんな、部屋の中に戻るんだ」
俺は誰となくそう告げるとアイの横から縁側に上がり、美雪に付き添って玄関に向かった。
光量を抑えたボール型照明の下、土間に二人のコート姿の男が立っていた。
警察と聞いたので制服かと思ったら私服か。すると何かの聞き込みだろうか。すでに夜八時を回っているしそれにしても緊急すぎる。
しかも俺を見て穏やかに笑ったが、目だけは異様な輝きを見せていた。いざとなると暴力の意味を心得ているシバヅケだった俺が一番相手にしたくないタイプの刑事だろう。
二人は俺が姿を見せると小さく会釈する。懐から取り出したのはいわゆる警察手帳だ。
前に出ている一見すると人当たりの良さそうな中年男性が話し始めた。
「夜分失礼します、わたしは警視庁山岡署捜査一係の大久保と言います。これは同じく捜査一係の藤田です。なおこちらが警察手帳と身分証になりますのでご確認を」
この口上、つい数時間前に俺もおこなったがさすが本職だ。言葉も仕草も慣れている。さりげなく猫背になっているのは卑屈で無く、聞き込みをする相手にわずかながらの優越感を与える配慮だろう。
俺は適当に手帳と持ち主を見比べてうんとうなずいてみせた。
「柴田英雄さんですね、以前一月二一日の事件で同署の別の者がお話を伺ったと思いますが」
「ええ、覚えています」
「それで本日なのですが、ちょっとお聞きしたいことがありまして。まずはこれを見ていただけますか?」
大久保は少し大きめのセカンドバックから一枚の写真を取りだした。どこかの事件現場だったらやだなと思ったが俺は仮にも未成年、そこは配慮されているだろうと差し出された写真に目を通す。
そこに俺が写っていた。しかも右手に持っているのは刃渡り一メートルの巨大な剣であり、その刀身は赤く萌えていた。暗闇で撮影されたためかややぶれているが俺の顔と剣は十分判別可能だ。
その写真の中にはご丁寧に俺から逃げようとするチャッピーの情けない姿まで入っていた。そして俺の足下には六個のレジ袋の花が咲いている。
つまり美雪に呼び出されて山岡商店街から、輸送機のように物品を搬送中に、襲ってきたお犬様一同に成敗という名の暴行を加えているHIMOTE(一七)の証明写真だ。
大久保は小さくうなずく。相手はプロだ。俺の表情を読んで次の確認と質問のために手帳を開いていた。
「これは本日捜査本部に匿名で送られたメモリカードの写真をプリントアウトしたものです。この写真に撮影されているのは柴田英雄さん、ご本人でしょうか?」
「ええ、そうです」
「そうすると、あなたがこの写真の中でお持ちの大型の剣……ですかね、これはあなたのものでしょうか?」
俺は声にも態度にも出さなかった。ただひたすら写真を見るふりをしていたが、そんな対応で満足する相手ではない。
「この長剣なのですが以前、切り裂き魔が握りしめていたものと形状が似ています。この剣はどこで入手されたものでしょうか?」
「ええと、それは……」
「それは、お兄ちゃんが今度の同級生との懇親会で見せる、イリュージョンの練習で偶然そこに落ちていたのを拾ったんです!」
このあまりに場違いで言い訳にもならないのがすでに実証されている発言をおこなったのは、言うまでもなく俺の愚妹だ。本当に愚昧だ。
かと言って口を塞ぐわけにもいかない。俺は肩を落としたが大久保は妹を一瞥してから理解したとばかりに大きくうなずいた。とても偽善的なパフォーマンスに俺も感心する。
「なるほど、確かに一月二一日の事件現場にも近いですし偶然落ちていたと。申し訳ありませんがそこのところについて署の方で詳しくお話を伺えたらと思うのですが、これからご同行願えますでしょうか?」
「お兄ちゃんはただマジックの練習で!」
「美雪、よせ!」
これ以上あいつに発言させると二人そろってツートンカラーの緊急車両のお世話になりそうなので、大久保たちに近づく前に左手で制した。
それに連中は任意同行を示唆している。こいつは言葉だけの任意であり選択権はほとんど無いのを俺は知っているから、改めて大久保を見ると首を縦に振った。
「判りました、同行は俺一人でいいですね」
「ご協力感謝します。ところで親御さんはご在宅ですか?」
「いえ、父親は海外出張中で帰国途中ですがあと四、五日かかると思います。母親は五年前に死にました」
「それは失礼……では妹さん、何かありましたらこちらにご連絡ください」
大久保はコートの懐から名刺入れを取り出し、一枚の名刺の角を一つ折って美雪に手渡した。
俺はジーパンにトレーナー、その上にジャンパーといういつもの外出着に着替えた。持ち物はケータイとサイフとペンダントだ。
そして二人の刑事に挟まれて玄関を出る。外に停めてあったのは覆面パトカーなのでさして目立たずまだ良かった。後部座席に俺と藤田が乗り運転席に大久保が乗ると車は静かに発進した。
ドアウインドウから美雪の姿が見えた。たぶんあそこで幼女四人組が出てきても怪しまれるだけだ、美雪が制したのだろう。
今日は帰れないかもしれない、俺はペンダントを握らないようにして奥歯を噛み締めた。




