わたしはとある女の子を幸せにしたい
“戦士よ、汝は何を望む?”
どこかで聞いたような声だった。
頭の真ん中に響き声のする方向を特定できない。俺は辺りを見回したが変な所に居た。
周りに何も無いのだが真っ暗でなかった。目に優しい中間色だが少しずつ色合いを変化している。時々きらんと光るものがあるのだがそれなりの距離があるのか光源がなんなのか判らなかった。
どこか心地よい気温と湿度だ。俺はパジャマ姿であぐらをかいている。おしりが触れている地面も暖かく季節は春か秋なのかなと思った。
うっすらと花の香りもするし何も考えないとぼんやりできそうだ。何て言うのかな天国とかあればここがそんな環境だと思える。だとしたら普通お花畑が見えそうなものだが景色だけは殺風景だ。
“汝は何を願う?”
再度の質問はいいがせめて姿を現せ、無礼だろう。
すると目の前に俺が現れる。何のことかとよく見てみると空中に浮かんでいるのは一枚の鏡のようだった。
大きさは俺の顔が入る程度、鏡の部分は真円で周りに八角形の金属枠が着いている。その頂点に宝石が一つずつ飾られていておしゃれである。俺より沙織さんを映していたほうが似合いそうだ。
しかし鏡と異なるのは左右が反転していなかったことだ。つまり写真をみているような感じだ。俺が右に身体をずらすと枠の中の俺は反対方向に身体をずらしていた。
ちなみに鏡は左右を反転しているのではなく奥行きを反転しているのだ、だから上下は逆にならないのだと丸目に言われたことを思い出す。それがどうしたというものでもないが。
さて、望みか。
俺も関係者各位にその質問をしているからここで一つ、真剣に考えてみるか。
「お金はあるに超したことはないなあ」
鏡の中の俺も同意する。
「女の子にモテまくるのもいいよな」
それも同意のようだ。
しかしそこから先があまり思いつかない。俺はうなり声を上げ考えたが何か一つだけ叶えて貰うとなるとあんまり小さいことだともったいないし、大きなことが思いつかないのだ。
例えば世界を征服したとしよう。今まで歴史で習ってきた独裁者のみなさんはかなり苦労しているように思える。特に東欧の社会主義から自由主義に切り替わる段階で断罪された独裁者の末路はとても哀れだ。
そこまで苦労してたくさんの人々を跪かせて楽しいのかなとか思う。しかしその立場になったら印象が変わるのかな。
“汝は欲無き者と見たり”
いや、そんなことはないですよ、聖人君子じゃあるまいし。ただ単にふさわしい大きな望みが出てこないだけなのだから。
そこでふとレイたちの姿が思い浮かぶ。それと美雪の姿だ。
「しいていえば、剣の女の子たちといつまでも仲良くくらせればいいかな。俺も楽しいし美雪が喜ぶ。親父はこの際どうでもいいけど」
“剣を欲するのであれば全ての闘いに勝利せよ”
「剣ではないよ。フレイムタンでなくてレイ、アイスブランドでなくてアイ、ツインランサーでなくてアルとエルだ」
“それはあくまで剣の偽りにすぎぬ。汝は虚ろに何を望む”
彼女等はそんなあやふやな存在ではない。レイもアイもアルもエルもみんな違う。きっと他の剣の擬人化だってそれぞれ違うと思う。人間の女の子として生活できると思うから、俺は消えてしまった全ての剣の女の子を本当の人間として見てみたい。
“汝は剣を救う英雄となることを望んでいるのか”
いや、それはもっと無い。ガキの頃では無いのだから。
英雄は自分からなる者ではなくて誰かがなってくれる者だ。そっちの方が簡単で安全でお気楽だよ。
だから、俺はヒーローと呼ばれるとどこかかちんと来るのだ。その面倒が俺に押しつけられるような気がして。
“しかし汝が望む道は汝のみが叶えるしかあるまい。誰が剣のために命を投げ出す者か”
そうかもな。でも「英雄」は俺の名前だけでもう十分だよ。
“人の思いとは複雑也”
目の前の鏡が消えた。
俺の答えに納得しているか判らない。それにしてもどっかで見たような鏡だったよな。俺自身は四六時中鏡とにらめっこしてないからあまり興味を持っていないのだが、なんか宝石が飾られていてどこかの王女様の寝室にありそうなものだった。
などとぼんやり考えていると……
「ヒデちゃん」
とても聞き慣れた声で呼ばれた。振り返るとそこに剣道着を身につけ竹刀を持った大介が立っていた。
面は着けていないが明らかに稽古中という雰囲気だ。血色の良い顔に汗が浮かんでいた。
「大介、もう動いて平気なのか?」
「もちろんだよ。ヒデちゃんも生徒会ではなくて運動部に入りなよ」
その口ぶりは確かにいつもの大介なのだがどうしてここにあいつがと、辺りを見てみるとそこかしこに人がちらほら居るではないか。
しかも日本人だけでなくわりに国際色豊かだったり。
そんな中、金髪の女性になんとかナンパしようとしているのはカズミちゃんだ。あいつもとっても元気そうに見える。
その向こうに一人の長身が数人の女の子と話しているのだが、あれって確かレイの先代のHIMOTEではないのか?
異国の人は面識無いはずなのだがそのうち数人はなんとなく見たことがあるような。
「どうしたのヒデちゃん?」
大介に声をかけられたが俺は腕組みするばかりだ。しかしこれはどういうことだ?
なんて考えていると耳元にさっきの声とは別の小うるさい電子音が聞こえてくる。
今度は何だよと眉を顰めたとき目が覚めた。
一月下旬の朝と言えば凍えるほど寒い。布団から出たくないので腕だけ伸ばして目覚ましを止めた。
なんか変な夢だったな。連続してリア充スレイヤー関係のそれを見るなんてひょっとして俺の心はだいぶ疲れているのではないか。学友は乱暴者と烙印を押しているが俺ってホントはナイーブでナーバスでデリケートなんだぜ。ついでにシャイなコンチクショウってもんだ。
しかしどうせ見るなら沙織さんに出てきて欲しかった。まあ夜見る夢は思い通りになかなかならない。誰かが人は目を開けたまま夢を見ることができる動物って言っていたけどな。
それはどうでもいいからもう少し寝るかと布団の中に入ったら、
「……朝」
「うわっ!」
突然布団の中から登場したアイの声に驚いた。
いつの間に俺の布団に入ったんだ?
アイは頭に青い毛糸の帽子をかぶって青地に雪の結晶がプリントされたパジャマを着ていた。
「どうしてアイがここに居るんだよ」
そう問いかけてみるとアイも目を見開いて考えている。
「……夜にトイレにいった」
「それで?」
「……起きたらマスターが居た」
つまり美雪の部屋で寝ていたが、夜中にトイレに立って戻る部屋を間違えたということか。俺の部屋は夜中に鍵かけてないからな。アイも寝ぼけていたのだろう。
「……目覚めた?」
「ああ、そりゃもう十分に」
どちらかと言うとショックを起こして永眠するかもしれない。
俺はふうとため息ついて上半身を起こしていた。
§
その朝、必ず家で留守番をするようにと双子に言い聞かせ俺と美雪は学校に向かった。
レイの身体がもう少し大きければ親父の倉庫を整理してもらうところだが、あの部屋は十分な体力と背丈がないと無理だ。彼女には洗濯と掃除を頼んでいた。その他大勢は家事について戦力になりえないのでレイを邪魔しないように注意しただけだった。
アイは動物図鑑がよっぽど気に入ったのか朝からテレビも見ずに本を真剣に見ている。代わりにアルとエルがワイドショーを見ながらはしゃいでいた。
まあ、お互いが仲良くしなくともそれなりに住み分けているようなので、余計な心配をすることなく学校に向かったわけだ。
さて、学校ですることは勉強だが最近その本業がおろそかだった。その要因はリア充スレイヤーだがもう一つ沙織さんが今日も学校を休んでいることだった。
ちなみに美代子はきちんと朝から来ているが、やはりどこか心配そうに窓の外を見ている。
話を聞くと大介はまだ眠り続けているそうだ。それでも命に関わることで無いので目を覚ますのを待つしかないらしい。
今度の休日にあいつの好きなマンガをたくさん持ってお見舞いにいこうと考えた。
さて、一時間目の休み時間に沙織さんの教室で尋ねてみると本日も体調不良でお休みと連絡があったという。
仕方ないので昼休みに生徒会室に向かったのだが丸目は捕まらない。
どうも関係各社の情報だと昨日の放課後、東棟の女子トイレに全身白塗りの変質者が乱入したとのことで、その犯人が拘束され事情聴取を受けたらしい。
何でも赤ちゃん言葉で「幼女様はどこでちゅかあ」と騒ぎまくったそうだ。いや、犯人は誰なんでしょうね?
とりあえずそれは忘れて。
俺は学生食堂できつねうどんを胃袋に流し込むと、校門を出てコンビニに野菜を買いにいった。その足で飼育小屋に向かう。職員室に立ち寄って小屋の鍵を借りようとしたのだが、すでに貸し出されていた。
ひょっとして身体の不調を押しシロの世話に沙織さんが来ているのだろうか、そんな期待を胸に東棟に足を向けたのだが、飼育小屋で俺を待っていたのはシロと意外な人物だった。
「こんにちは英雄くん」
鳴美は小屋の中でしゃがんでシロに細く切った人参を与えながら、俺の顔を見ることなくそう言った。シロはというと彼女の差し出している人参スティックをぽりぽりと食べている。
俺は手にした素の人参を見ながら口をヘの字にしてズボンのポケットに突っ込んだ。
「ウサギにとって人参は人参。どのような形でも変わりはありませんよ」
「いや、判っているけどさ」
こういう細かいところを見ていてさらにフォローを入れるのは彼女らしいのだがやはり気分は良くなかった。
「それより何で鳴美がウサギの世話をしているんだ?」
「わたしもこのウサギは気になっているんですよ。実質の飼い主さんは学校を休んでおられますしおなかを空かしているのではないかと」
女の子らしさのアピールなのだろうか。このまま俺から切り出さない限りこんなおもしろみの無い会話を昼休み中続けそうだったので、
「聞きたいことがある」
彼女はシロに目を向けたまま小さくうなずいた。
「鳴美の望みとは何だ」
「それをお話しすればわたしの提案に乗って頂けるということでしょうか?」
「どうするか判断するための要因さ。聞いたところで提案を確実に了承するとは限らない」
「そうですね、わたしの望みは間接的なものです。二年D組の佐々木大介くんがあなたの同級生である荒木美代子さんのために叶えようとし、英雄くんに打ち砕かれたもののように」
「嫌な言い方をするんだな」
「事実ですから」
手の中の人参スティックが食べ尽くされた。鳴美はようやく腰を上げると俺を正面から見る。
「わたしはとある女の子を幸せにしたい。思いはそれだけです」
「女の子? 男ではないのか?」
「ええ。彼女は子供の頃から恵まれない生活を強いられています。
幼いときは貧しいながらも心暖かな家族の元で笑を絶やさず日々を送っていた。しかし彼女は賢すぎたのでしょう、幼いながらに両親は子供たちのために生活費のほとんどを費やしていることを知っており、余暇も趣味も無いことを悲しく思っていた。
特にその女の子は標準よりずっと高い知能指数を得ていました。勉強をさせればその才能はもっと良くなる、だからその家庭にとって無謀とも言える出費を繰り返していたのです」
まさかと思ったが鳴美の言わんとしている人物はすぐに判った。それを確認しようと思ったが彼女は途中で口を挟む余裕を与えてくれない。
「だから両親の元にとある一族から自分を養子とする代わりに多額の金銭が手渡ると聞いたときに、彼女は自ら両親を説得したのです。
そうすれば皆が幸せになれると。しかしそれは崩壊の一歩でしかなかった」
「崩壊?」
「そう、その女の子を一族に養子に差し出した家族はその後愛すべき子供を金で売るような真似をしてしまったことに後悔をしました。そうならないように自らもっと勉強したいので養子に出してくださいと懇願しましたが、その配慮もムダになってしまった。
一家には十分すぎる金銭を前に娘を売ったのはおまえだと両親は日々口論を続け、ついに離婚、二人の娘は別れ別れになりました。
その後お互いは金銭の取り分から裁判となりとても険悪な状態になった。
もちろんそれは女の子が望まない形なのですが、姉二人はいつしか妹に逆恨みをしていたのです」
鳴美は腕組みして俺を見る。黒く輝く瞳は俺を射貫いていた。
「あんたさえ居なければみんな幸せだったのに……と」
「しかしそれは違うだろう」
「外から見ればそうです。しかしその女の子は賢すぎた。だから姉の言葉が逆恨みなのを知りながらそのきっかけが自分であることを十分理解していたのです。
さらに一族に引き取られた彼女はそこでも幸せを得ることができなかった。戸籍上のつながりしかない父親と兄、同じ境遇の兄はそれでも彼女を妹として見てくれていましたが、父親は違っていた。常に学業で高成績をあげるための装置としか見てくれない。
ですが彼女は賢くあっても内面は普通の女の子にしか過ぎなかった。父親の過剰な要求にも応えることができず、一族の娘という属性に進学した女子中学でも必要以上に目を付けられそして……同い年の兄と似た扱いを受けた」
「まさか、中学でいじめにあっていたというのか?」
「それだけならばまだ良かったのかもしれません」
「どういうことだ?」
「これから先は当事者にお話を伺ってはいかがですか?」
「当事者って、今日は学校を休んでいるし俺に聞けると思えない」
「月曜日、彼女が西山岡駅前で募金をおこなっていたことはあなたもご存じですね」
知っている。むしろ鳴美がそれを知っている方が不思議なのだが。
「沖田女子高校……二年二組、千葉尚子。それをお忘れ無く」
「なるほど、判った」
おれがうなずくと鳴美もゆっくり瞬きをする。
「あとはあなたが判断してください。わたしの提案に賛同するか、それとも満月の下で刃を交えることになるのか」
「でもどうして鳴美がその女の子にそこまで肩入れするんだ」
「彼女には個人的にとてもお世話になったのですよ。知人に恵まれなかったわたしにとても親切に摂してくれた。その恩返しがしたいのです」
鳴美は目を細めてそう言う。表情とは無縁に思えるその顔がほほえんでいた。そこに嘘は込められていないように思える。
彼女は腕組みを解くと視線を足下に落とした。そのときチリンと小さな鈴の音が聞こえた。
シロが食べ物を求めて小屋から出ると俺の姿を見つけてすりよってきていた。
「どうやらその子はあなたの近くに居ることに安心を覚えるようです、彼女と同じように」
鳴美は俺に近づき飼育小屋の鍵を差し出した。
「では戸締まりをよろしくお願いします」
それからふっと笑顔を作ると俺に背を向け校庭に歩き出した。
鳴美のショートカットが見えなくなると俺はシロを抱きかかえて小屋の中に戻し、ポケットの中につっこんだ人参を昨日と同じように小さく折ってエサ皿に収めた。水を取り替えると戸締まりをしその次に向かったのは生徒会室だ。
丸目は居なかったが好都合だ。
確か会長席の引き出しの中に……と中を見ると目当てのクリアファイルはすぐさま見つけることができた。しかも奴の几帳面な性格が反映されておりデータは最新のものになっている。
今日一日くらい持ち出しても大丈夫だろう。俺はそれを手にして教室に戻る。
あとはスムーズに証言が得られるかだ。俺はクリアファイルの中身を読みながらそんなことを考えていた。




