幼女ちゃまはどこでちゅかー
ちょっと問題なのがアイをどうやって家に連れて帰るかだ。
ペンダントの特性として俺の側に召喚できるが任意の場所に送ることができない。アイの姿はそれなりに目立つし家の中からこちらに呼んでしまったため靴を履いていない。
さて、どうしたものかと考えたが、アイをここに残し俺が急いで家に帰ったあとそこから召喚すれば良いことに気がついた。人間窮地に立つとそれなりに頭が働くものだ。
取り急ぎ水飲みボトルに注水し、小屋の中でシロと二人少しの間待ってもらうことにした。急いで図書室にいくとアイの暇つぶしにちょうどよさそうな動物図鑑を借りて小屋に舞い戻った。
戸締まりをきちんとしてから彼女の身体を抱き上げる。擬人化しているときはそれなりの体重を感じるがだっこできない重さでは無かった。
それから細心の注意で東等に向かった。女子トイレで待機して貰おうと思ったのだ。
この時期なら部活もそんなに無いし見つかることも無いだろうと思っていると、
「そこに居るのは柴田くんではないか!」
背後から男の声が投げかけられた。何か良く知っている声なので振り返るのはためらわれるのだがちょうど廊下のど真ん中、無視するわけにもいかず足を止めた。
そしてちょっとだけ声の方向を見る。
「どういうことだ、最近生徒会の活動をおろそかにして、スケジュールは詰まっているんだぞ」
そんな声で近づいて来るのは丸目三郎だ。
よりによってコイツだ。俺だけならよいが今はアイが居るのだしまずいかなと思ったら、丸目は俺の腕の中に居る幼女の姿を見て足を止めた。
「キャァ!」
すさまじい絶叫だ。
人間のものと思えない音域と音量で外に通じる窓が一斉に反響した。
「何だ大きな声を出しやがって」
「君は……君という男は何とうらやましいことを!」
丸目は両目から涙を流しつつ笑顔で怒声を放ちながら近づいて来る。どうでもいいが表に出す感情はどれか一つにしてくれ。
「そんな美しき幼女様を幼女様だっこするとは許さん!」
ちなみにアイは肘を曲げた俺の左腕の上に腰を落とし細い両手で俺の首をひっつかんでいる。これって幼女様だっこって言うのか? 良く知らないが。
「……ケモノ?」
「見ちゃいけません!」
アイはどうやら後ろの変態が気になったのか振り向こうとしたのを俺が止めた。そのとき彼女のひんやりとして柔らかい頬が俺の顔にくっついた。
「ギャァ!」
さっきよりすさまじい大声だ。あれは声で人が殺せる。
ここで立ち止まっては危険だ、おれはアイを抱き寄せて逃げる、当然変態が追って来た。
もはや意味不明の声を発し、しかもすっごい速さだ。
このままでは追いつかれる、俺は廊下に立てかけてあった消化器を蹴った。
ひっくり返る赤いそれ、うまい具合にロックが外れ白煙を吹き出した。
「アイ、息を止めて目を閉じてろ!」
廊下中真っ白だ。俺は右手でアイの口と鼻を押さえた。
これでやりすごせたと思ったのだが、
「まだまだ!」
そんな大声と共に白煙の中から人影が飛び出てくる。この際は野獣の影と言って間違いないのだが丸目は消化器の白い粉を全身に浴びてまるでアイのように真っ白だ。
「うお、幼女ちゃまはどこでちゅかー!」
叫びつつ腕を振り回す変態、どうやらメガネにこびりついた白い粉が視界を塞いでいるのに気がついてないらしい。
今のうち、俺は足音を殺し一気に廊下を駆け抜けると階段を上がり二階の女子トイレの前に出た。
「一番奥が洋式だからそこに腰かけて、この本を見ながら待っていてくれ。外からノックされたらアイは声を出さずにノックして答えるんだぞ」
俺は動物図鑑をアイに渡し女子トイレの中に送り込んだ。トイレの内装を知っているのは丸目の請け合いであって俺は入ったことはない。ホントだぞ。
下の階では大騒ぎになってるがそこは知らんぷりを決め込んで、小屋の鍵を職員室に戻すと一目散に家に帰った。
ともかくあの騒ぎだ。急ぐに超したことはない。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、あるじ様」
「おかえりぃな、兄ちゃん」
「おかえりーあんちゃん」
幼女三人の出迎えがハーモニーで聞こえてくる。俺は土間に美雪の靴が無いことを確認し居間に入るとペンダントを握った。
するといつものようにすっとアイの姿が現れる。基本姿勢は正座、ひょっとしなくても便座のフタを閉めてその上に座っていたのだろう。
俺が渡した動物図鑑を開いて食い入るように見ている。瞳の動きがいつもより早く思えるし全身から青白い炎をまとわりつかせて本の世界に没入している。
まるであの騒ぎが無かったかのようだ。この肝の座った様子は見習いたいところだ。
メガネかけて美代子みたいに三つ編みにすると深淵の文学美少女になれるかなとか思っていると、
「ただいまー!」
美雪の元気な声が聞こえてきた。時間的にはギリギリで間に合ったというところだ。
「あれ、アイちゃん今日は本を読んでいるんだ」
居間に入ってきた美雪は帰りに購入したと思われる双子の洋服が詰まった買い物袋を両手にぶら下げていた。確か帰宅部だったはず、これならバーゲンセール研究部として十分な活動ができると思うぞ。高校に上がったら考えてみさせるか。
「動物が好きそうだから俺が学校の図書室から借りてきたんだ」
「そっか、シロもアイちゃんになれているもんね」
いつの間にかアイの側に近づいていたシロは背を丸めトラ縞のしっぽで彼女の足をぺたぺたと叩いていた。ひょっとしたらこの猫又の中での家族ランクで俺って最下位か、親父の方が下であることを信じよう。
妹とレイはその後すぐに夕食の支度を始めた。
アルとエルは食堂のテレビの前で格闘ゲームに興じている。双子ということもあり実力はほとんど互角なのだが、アルの方が少し冷静で最後の一手で姉の勝ちとなる。上下するポニーテイル、左右に揺れるツインテイルを見せていた。
なによりこの二人のプレイ風景を見ていると画面中のキャラクタの動きをコントローラー握りしめたまま自分たちがおこなっている。それに加えて関西弁のかけ声がなんとも騒がしい。
つい二週間前とは大違いだなと思いながら俺は自室に戻って部屋着に着替えた。
学校にいったと言うより病院と飼育小屋に訪れた記憶しかない。沙織さんと顔を合わせてないし鳴美とも逢わずじまいだった。昼間は剣が扱えないとして最後の対戦はなるべくなら避けたいところだ。
しかし鳴美の口ぶりではそれを許してもらえそうにない。
再三拒んでいる申し出だが彼女が何を望んでいるのかそれを聞き出してみようかと思ったが、その場で嘘をつくことも考えられる。
偏見ではあるが、あの手の人物は表情一つ変えることなく心中と反することを口にできそうだ。そういうのは世間で詐欺師と呼ばれるわけだが将来そういう職に就かないことを望もう。
一時間ほど過ぎて夕食になった。久しぶりにまともな時間だ。美雪に呼ばれて食堂に入るとどこのバイキング会場かと思えるおかずが並んでいた。驚きを通り越して呆れてしまったがレイも協力しているからこれだけ作れたのだろう。
ここが下宿だった頃は食事も用意していたそうなので台所も広く作られている。設備は年代物なので使いやすいと言えないがたくさんの料理を作るのに適していることは確かだ。
六人そろって手を合わせてから「いただきます」と食事は始まった。
テーブルの上のおかずがそれなりに消費された頃だ。
「ミユキー! うちらはいつまでここに居ていいのやろか?」
元気よくお変わりのお茶碗をつきだしたアルがそんなことを言い出した。
「いつまででもいいよ、お父さんから詳しい予定を聞いてないし」
問われた美雪も茶碗にこんもりとご飯のドームを作ってにこやかにアルに返した。
「もし、わてらが明日にでも帰ることになったら……」
アルに続きエルがお茶碗を差し出してそう聞こうとしたのだが、言葉の途中で美雪の表情が瞬時に変化した。アイ以外はとても空気が読める幼女なのでみな背筋を伸ばし黙り込む。
いきなり全身からおどろ線を吹き出し目を見開いた美雪の姿に俺も冷たい汗が全身から吹き出ていた。
「ひょっとして、もう帰っちゃうの?」
呪いの呪文でも吐き捨てるように俺を見る目つきが尋常でない。この場を何とかしないと恐ろしく険悪な雰囲気になるのは確定だ。
「いやなに、せっかく洋服も買ってもらってすぐに帰ったら申し訳ないなとエルは言いたいんだよ、な!」
「そやそや、アネキにはトラ縞のわてには豹ガラのシャツまでこうてもうて、お金とかどないしよかと心配やったんや、なあアネキ!」
「そやで、うちらは居候やて、こない面倒見てもろうてちょっと気がひけるなあ思うて、さっき話していたんや、なあ兄ちゃん」
何だよ結局俺に返ってくるのかよ。
「今のところ親父から何も聞いていないし、ひょっとしたら長期滞在になるのかなとか思ってさ、それでも美雪は大丈夫なのかな?」
すると今まで冬の日本海をバックに演歌の世界に入り込んでいた美雪が、一転真夏のひまわり畑の真ん中でラブソングを口ずさみそうな雰囲気になって満面の笑みを浮かべていた。部屋の中の照明がロウソク一本から天井一面のLED照明に切り替わったかのようだ。
「いいのいいの、そーんなのは全然気にしなくて。お金だってアルちゃんもエルちゃんも心配することではないから。もちろんレイちゃんもアイちゃんもそうよ! 必要な洋服があったら何でも言ってね!」
「あ、はい、ありがとうございます美雪さん」
レイはいつものように相づちをうち、アイはお変わりのお茶碗をそっと差し出しながら小さくうなずいた。それにしてもやはり衣装なのか。
何とか難局は乗り越えたものの確かに美雪の反応は今後の検討課題だ。
しかし、すぐに別の問題が起こった。
「ねえお兄ちゃん。今日はアルちゃんとエルちゃんをお風呂に入れてあげてくれないかな」
食事も終わって双子と格ゲーを繰り広げているときのことだ。美雪はどこかすまなそうに俺の顔を見ていた。
「今日ね、少し宿題が多いんだ。レイちゃんとアイちゃんはあたしと一緒に入るから、二人をお願いね」
「四人で一緒に入ってもらえばいいんじゃないのか?」
「それだとお風呂に三回入ることになるでしょ、もったいないじゃない」
この美雪の「もったいない」の感覚はどこかずれていると思うのだが、
「いや、アルとエルは女の子なんだし俺と一緒と言うのはちょっと……」
「何恥ずかしがってまんねん、うちらはちっともかまへんで」
「そや、そうと決まったら風呂場にゴーや!」
身体は小さいくせに二人は力強く俺を引っ張っていた。さらに美雪に後押しされ俺たちは脱衣所に突入する。
「さあさっさと脱いで風呂に入りまっせ!」
「そや、ぐずぐずしてるとお湯が冷めてまうがな、はよ脱ぎい」
何の躊躇も無く着ているものを脱ぎ捨てると俺のスエットに手をかけつぎつぎとひんむいていく。なんか大切なものをいろいろと失いそうだが、風呂に入る以上全裸にならないといけないから俺はタオル一枚でただっぴろい風呂場に足を踏み入れた。
身体を流してから俺だけ湯船につかっていると、二人はボディーソープで全身を泡まみれにして喜んでいる。
「なあエル。どうして美雪にあんなことを聞いたんだ?」
すると二人は同時に振り向いて全く同じタイミングで腕を組むと小首を傾げた。
「そやね、昼間あんちゃんに聞いたのが気になったっちゅうことかな」
「そうそう、うちらの気持ちよりミユキはどない考えているのやろうかとおもったんや」
「しかし、あれはマジで怖いで、顔つきがあかんかったわ」
「正直うちも驚いたわ、兄ちゃんがフォロー入れてくれへんかったらどないしよかと思ったわ」
その気持ちは俺も同じだ。まだ出逢ったばかりだから美雪もうれしい絶頂かもしれないが、あれは先代のシロをこの家で見つけたときとよく似ている。
二人の会話を聞きながら風呂場にエコーするため息をつくと、
「なんや兄ちゃんまでブルーになりおって」
「いかんなー、あんちゃんはわてらのあるじやで。ミユキを悲しませたくなかったらあんちゃんがきばらんと」
「そりゃそうだけどさ」
「しゃーない、ここはうちらで兄ちゃんを盛り上げまっせ!」
「おうアネキ、だとするとあれでんな!」
なんかすごく楽しそうな表情を俺に向けるのはいいが、同時に嫌な予感がひしひしと浴槽の底から沸いてくるのだが。
双子はお湯で全身の泡を洗い流すと俺の方を向いて仁王立ちした。
「こら胸を張るな、前を隠せ!」
「なにいうてまんねん、風呂場では何も隠さんのが礼儀やで!」
それは銭湯でのことだ。しかし言ってもムダなのだろう。
「どっちがどっちでショークイズ!」
「わーパチパチパチ、ドンドンドン、ぱふぱふ」
などと口で歓声と鳴り物を真似たあと、
「うちがアルやでー!」
俺から向かって左側で声が上がり高らかに右手を挙げた。
「わてがエルやデー!」
今度は右側から声が上がり高らかに左手を挙げた。そしてエルがくるりと後ろを向くと小さなお尻を俺に見せてお互いの左手を腕組みした。
二人は顔を見合わせるとにたりと笑ったあとに、軽妙な音楽を口ずさみながらその場でくるくると回り始めたのだ。そして十数回左右を入れ替えたあとにぴたりと止まってまた二人は俺を見る。
「さて、どっちがどっちでしょー!」
双子は同時に声を上げた。
「このクイズを当てると豪華イベントがありまっせ」
「外れるとそりゃ厳しい罰ゲームがまってまっせ」
つまり二人の名前を当てろと言うのだがこれは難問だ。
普通、双子というと左右対称にホクロが着いていたりするのだがアルとエルの場合、目立った特徴が無く声も同じなのだ。唯一見分ける印となっていた髪型を解くと髪の長さまで全く同じになる。
「ちなみに昨日、ミユキにもおこなったんやけど二回とも正解でっせ」
「こりゃああるじなんやし、間違えることはできまへんなー」
さりげなくプレッシャーを与えるな。と言ってもさっぱり判らん。美雪には区別がつくのだろうか? ひょっとしたら身体に特徴があるのかもしれないが二人の裸を見たのは今が初めてだし一応胸から上だけを見るようにしている。
それより視線を下げるとどこかの変態と同列になりそうで怖かった。
考えても仕方ないので俺は向かって左側の女の子を指さして、
「こっちがアルだ」
「おお、当てよった、さすがは兄ちゃんや!」
「すごいすごい、あんちゃんやるやないか」
あ、当たった。俺の山勘もそれなりだ。しかし同じことをもう一度おこなったら当てる自信は無い。今度、二人が寝ているときに足の裏にでも名前を書いておこうか。
などと考えていると二人はあからさまに怪しい笑顔を俺に向けた。今度は何だよ。
「さーて、そやったら豪華イベントをおこないまっせ!」
アルはそう宣言するといきなり浴槽に飛び込んで俺の右腕を掴んだ。
「こら、何をする!」
「あんちゃん、とりあえずでてーな」
さらにエルも飛び込むと俺の左腕を掴んで二人は俺を浴槽から引っ張り出した。さらにお風呂用のイスに座らせると、
「それでは、うちらで兄ちゃんの身体を流しまっせ!」
「わてらで隅々まで綺麗にしたるでぇ」
二人はボディソープをしみこませたスポンジを手にするとエルが背中、アルが胸から俺の身体を洗い出した。俺の意向は全く無視だ。逃げようと思っても二人に巧妙に挟まれ身動きが取れなかった。
洗う順番は頭を覗いて上から下方向だ。つまりエルなら襟足から背中、腕と腰という具合に、アルなら顎下から胸、腹という具合だ。
そこまではよかったのだが当然のようにこいつらに遠慮は無かった。
「なあエル、どうもうちさっきから気になっていたんやけど」
アルはスポンジを動かしながら相棒に問いかける。
「なんやアネキ?」
「この兄ちゃんの股にぶらさがっておるのはなんやろか?」
「こら、そこを触るな!」
するとエルも興味深げに俺の肩越しに顔をアルに向けていた。
「ああ、あれか。わても気になっていたんや、ちょっと見せてみ」
「だから見なくてよろしい」
などとアルとエルが表裏を何度か入れ替えて俺の身体を洗っていた。いろいろと問題になりそうな状態にならずに済んだが最後に三人で湯船に漬かる頃にはどこか湯あたりしていたが、風呂で気を失うとさらに難しい立場になりそうなのでこらえた。
この状況は丸目には絶対に話せない。自慢にもならないし確実に俺の寿命が尽きる。
「ミユキはうちらにホントのお姉ちゃんと思ってーないうてたけど」
アルは頭の上にタオルを乗せてぽつりと呟いた。
「なんだ、アルは美雪が姉だと嫌なのか?」
「そやないけど、うちらなんて剣やしそんな訳がわからん者が妹にはなれへんやろ」
「そや。あんちゃんはミユキとホントの兄妹やからあれだけ仲良うできるのやろけど、わてらには無理と思うわ」
「そんなものかな。美雪は気にしないと思うけど」
しかしアルとエルはどこか難しい表情を浮かべて鼻の位置まで湯船に漬かっていた。
そのあと美雪とレイとアイの三人に風呂場を明け渡し、俺は自室に戻ってベットにダイブする。
なんか疲れた。
美雪が風呂に時間がかかっていたのも理解できる、双子にかなり遊ばれたのだろう。ただそれなりに楽しかったのも確かだ。時間が許せばの話だな。
俺はベットに横になりながら今度はアルとエルだけで入浴させようと誓った。




