決まりってのは悪い奴を作るためだけにあるわけじゃないさ
相手に先に帰られては困るのでホームルームが終わると脱兎のごとく学校を出て、向かったのは徒歩一五分ほどの場所にある沖田女子高校だ。
ここも学力優秀な進学校だがどちらかと言えばセレブな女子高生の通うお嬢様高校として知られている。それだけ格式高い学校でありしかも女子校なので俺が踏み入れることは当然できない。裏門の近くに立ってそこから出てくる生徒を捕まえて話しかけた。
自分は示現高校の生徒会の者である、実はこの学校の生徒の落とし物を拾ったのだがちょっと微妙な物品なのでできれば本人に直接ここで手渡ししたい……
幸いというのか示現高校もある程度有名な進学校でさらに生徒会活動というのがそれなりに相手を信用させたらしい。あとは俺の口車が上手かったのだろう。
一年生と思える女子は裏門から校内に回れ右してくれた。
実際には納得するふりをして不審者がいますとか職員に通報されていたら嫌だなと思いながら、腕組みして待つこと五分、俺の心配事は杞憂に終わったようだ。
微妙な落とし物というキーワードがうまく作用したのか、そこに女の子が一人だけ現れた。
「どなたかしら?」
どうやらあのときは暗がりで沙織さんしか見ていなかったようだ。俺も外見にあまり特徴が無いということなのだろうか。
「二年二組の千葉尚子さんで間違いないかな?」
「ええ……示現高校の生徒だと聞いたけど」
「俺は柴田英雄と言います」
警察が聞き込みをするときと同じように生徒手帳を取り出し写真付き学生証を彼女によく見えるように差し出した。彼女は写真と俺の顔を見比べ納得したようにうなずく。
「落とし物を拾ったというのは君に逢うための口実なんだ。実は聞きたいことがある」
「どんなことかしら」
彼女はどこか警戒しつつ俺を見ている。
「俺は丸目沙織さんの知り合いだ」
すると彼女の表情があからさまに変わったのが判った。しかもいったん青くなるとすぐさま眉尻をつり上げあの夜と同じような目つきで俺をにらむ。
「あなた、あの女に言われてここにまで来たの!」
「違う、残念だが俺は君と沙織さんの確執は知らない。むしろそれが聞きたくてここに来た」
「あなたに言うことは無いわ!」
そのまま俺に背中を向けようとしたが、
「二年三組の岡田朋子さんは君の友人だね」
「どうしてそれを」
「一月二四日の午前一時、彼女は学校に内緒のアルバイトから帰宅する途中で通り魔に襲われた。アルバイトの内容そのものはちょっと露出に問題のある喫茶店だけど、確かここ有名なお嬢様高校だったよね。アルバイトが学校にばれたら停学ですまないかもな」
俺は腕組みのまま彼女を見て意味ありげにほほえんで見せた。
「それにその日のシフトは彼女の友人である同じ高校の女子生徒も入っていたはず……」
「わたしを脅迫するの?」
「俺は話が聞きたいだけなんだ。女の子を脅して楽しむ趣味はない。諸々については公言しないことを約束する」
「判ったわ、制服で喫茶店に入ることは校則で禁じられているから」
「近くに公園がある、そこにいこう」
その後はあっさりと俺についてきてくれた。近くの公園とは中坊の頃に大介とケンカした「西山岡こどもの広場公園」だ。
子供の広場と言っても近くに雑居ビルが多いせいか、最近は仕事をさぼる会社員の姿が目立つ。
幸い公園の中にはカラスと野良猫が居るだけだ。俺達の会話を理解できそうな人物は居なかった。
「実は俺、君と一回逢っている」
テラスのベンチに腰かけるとまるで愛の告白をするまえぶりのように呟いた。
「暗がりで覚えていないかもしれないが、一昨日西山岡の駅前で沙織さんが募金をしていたときに彼女を怒鳴りつけていただろう。あそこで沙織さんから預かった募金箱を君に押しつけたのが俺だ」
すると俺の顔をまじまじと見て納得したかのようにうなずいた。
「あの募金箱はどうなった?」
「きちんと責任者に渡したわ。あの程度のはした金をくすねようと思わないから」
「それは何よりだ。俺の大切な一五〇〇円という大金が入っているからな」
「それで、沙織の何が聞きたいの?」
「君が……いや君たちが沖田女子中学で沙織さんにどんないじめをしていたか」
わずかであるが余裕を見せていた彼女の顔が硬直するのが判った。
「俺が知りたいのは事実だけだ。君たちを断罪しようと思わない。正直に話してくれ」
「言いたくないと言ったら?」
ポケットからケータイを取り出しフリップを開いた。
「まず匿名の電話でも沖田女子高校に入れようか。そのあとに『姫様メイド倶楽部』のシフト表、源氏名と本名を関連付ける資料をファックスで送りつける」
「判ったわ、その店名は大声で言わないで!」
俺はケータイをテーブルの上に置いた。彼女はうつむいていたが諦めたかのように口を開く。
「いじめと言っても殴ったり蹴ったりとかしてないわ。私物を隠したりもしていない」
「では何をしたんだ」
「彼女、中学で飼育クラブに居たのよ。そこで一匹のモルモットを可愛がっていたわ。種類は判らないけど毛が長くて白と茶色と黒の模様のね。そのモルモットを彼女の見ている前で走ってきた車に投げ捨てたのよ」
「なぜそんなことをした」
「妬ましかったのよ、あの丸目グループのお嬢様で性格と見た目が良くてみんなに好かれていたわ。それでいて全然お嬢様ぶらない態度が気に入らなかったのよ」
「だが君たちに何かしたわけではないだろう?」
「しているわ、そんな完璧な存在が居るだけでわたしたちは常にみじめな思いでいるのよ!」
俺の奥歯がぎりぎりと音を立てる。テーブルの上で拳が震えていた。
「何を勝手なことを」
「あなたには判らないわ、何の苦労も無く全てを持っているなんてそんな存在が許されるとわたしたちは思わなかった。だからあの女が一番悲しむことをおこなったのよ!」
「それで沙織さんが可愛がっていたモルモットを殺したのか!」
「そうよ、たかがモルモットでしょう、血統もあやふやな雑種よ、ペットショップで売れ残っていたのをあの女が買ってきたのよ、かわいそうだとか言って! 他の女子は賛同したけど反吐が出るわ!」
この女は笑っている。顔全体を引きつらせながら笑っていた。
「いい気味だったわ。目の前で車にはねられて奇妙な鳴き声を上げボロぞうきんのように死んだモルモットを前に、あの女は何もできなかった。それで泣きながらその場を逃げ出したのよ。わたしも朋子もその姿を見て笑を……」
俺はたまらず拳でテーブルを叩いていた。腹の奥に届きそうな振動が女の言葉を止めた。
「何よ、わたしに暴力をふるうつもり?」
「できればそうしたいさ。お嬢様のあんたは知らないだろうが、中坊の頃シバヅケと言えばヤンキーにも避けられていたケンカ小僧だったんだ」
端正な顔におびえが見える。たぶん俺の顔はシバヅケのそれに戻っているのだろう。
「しかし俺の目的はあんたの顔面を二倍にふくらませることではない。あんたが沙織さんをいじめていたのは判った。しかし駅前であんたはまるで沙織さんが仕返しをしているように言っていた。あれはどういう意味だ?」
「あ、あれは……」
「正直に言え、今はお願いしていない、命令していることを理解しろ!」
「判ったわ、判ったからにらまないで」
この女は俺の視線から逃れるように顔を伏した。
「モルモットを車に投げ捨てたとき、あの女はわたしたちをにらんで、こう言ったのよ『絶対に許さない』と。何を言っているのかと思ったけど友だちの一人がモルモットを投げ捨てた場所で交通事故にあったのはその一週間後よ」
「交通事故?」
「飲酒運転の車が突っ込んできてはねられたわ。命に別状無かったけど足を複雑骨折して……彼女は陸上を得意としていたのにまともに走ることができなくなったわ」
俺は続きを求めた。彼女はこくりと喉を鳴らして話をつなげた。
「それからさらに一ヶ月してもう一人の友だちはプールでおぼれそうになったわ。水泳クラブに在籍していたのに何でもない深さのところで足をつって、一週間も意識不明だった。彼女はそのまま他の学校に転校したわ。
さらに一年後、卒業を間近にもう一人は講堂の壇上で卒業式のリハーサル中に落ちてきた照明器具に頭を打って入院したわ。もちろん卒業式なんて出られないわ。
それで怖くなって沙織の同じ小学校に通っていた女の子に話を聞いたら、そこでも彼女が気に入らなくてちょっかいを出した子はみんな変な事故に巻き込まれているって聞いたわ。
そう、言うのを渋っていたけど沙織は『魔女』だって! 沙織が叫び声を浴びせた生徒はみんな自己に逢うって、あの子の声は呪いの呪文だって!」
この女はまるで俺に救いを求めるように話し続けた。
「まだあるのよ、あの女が別の高校に進学してほっとしていたら今年になってすぐ、もう一人が飼っていたシベリアンハスキーに足を噛まれ大けがを追ったわ」
飼い犬に噛まれた? それが気になったが話は続きそうだったので口を挟むのは辞めた。
「そして今度は通り魔に朋子が襲われた。あの日変な無言電話が着信したから気になっていつもと違う道で帰るって言っていたの。結局その通り道で襲われたわ!
最後に残ったのはモルモットを実際に投げ捨てたわたし。今まで友人は何とか生きているわ、でもわたしをどうしたいの、あのモルモットみたいに車に投げ捨てるつもりなの!
もう気が気でなくて沙織のことは思い出さないようにしているわ。でも一昨日駅前で募金をしていた。まるであの駅を利用するわたしを監視するように」
「なるほど……それであんなことを言ったというわけか」
「もういいかしら。これ以上話すことは無いわ」
「最後に一つ聞かせてくれ。君がモルモットを投げ捨てたのはどこだ?」
俺の質問が意外だったのかこの女はきょとんとしたが、俺の目がまだシバヅケだったのか慌てて答えた。
「隣町の山岡児童公園よ、これでいいかしら!」
やはり……そうなのか、あのモルモットなのか。
「判った。ありがとう」
本当はお礼を言う気分で無い。女は俺から逃げるように公園をあとにする。さっさと姿を消してもらわないと本当に女性相手に切れるかもしれなかった。
俺はケータイをしまいゆっくりと腰を上げため息をつく。どこまでも重い足を引きずって向かったのは山岡児童公園だった。
§
山岡児童公園はあの騒ぎのあと入園禁止になっている。
切断された電柱は元通りになっているがなぎ倒された街灯は撤去されただけだった。管轄する諸官庁が異なるのだろう縦割り行政の弊害を思いながら俺は公園の隅にある植え込みを見ていた。
手入れがされているがこの季節なので花は咲いていない。確か、あのときもそうだった。
中学二年の冬、学校からの帰り道だ。近道しようとこの公園に通りかかった。そこで遊んでいる子供たちが道路を指さしてなにやら騒いでいるのが見えた。
俺のケンカ相手は同年代以上と決めていたから小さな子供に手出しするつもりはないが、何を騒いでいるのだろうと顔を出すと路上になにやら血だらけの動物の死骸があった。
当時の俺はペットに詳しくなかったので大きなハムスター程度に思っていた。
子供たちはそれを見て「気持ち悪い」「汚い」と口々にわめいている。確かに綺麗なものでないがそのまま放置するのもかわいそうなので、俺はガキ連中を避けると道路に出てその死骸を拾い上げた。
そして再度公園に足を踏み入れるとそりゃ大騒ぎだ。俺を見て「ばちい」「エンガチョ」とか叫んでいる。おまえらつくづく幼児で命拾いしたなとか思いつつ、俺の手の中にある亡骸を見ても逃げもしない女の子に、
「すまないが、そのスコップを貸してくれないか?」
俺がなるべく優しくそう頼むとそばに居た母親は嫌な顔をしたが、その子は無言で小さなスコップを手渡ししてくれた。
俺はお礼を言うとまだ芽も出ていない植え込みに近づいた。女の子も興味を持ったのか俺に近づいてくる。
借りたスコップで植え込みにそれなりに深い穴を掘ると、手に抱いていた亡骸をそこに収めて掘り返した土をかぶせた。女の子はその間にも終始無言だった。
汚れたスコップを水飲み場で綺麗にすると、
「貸してくれてありがとう。手で掘らなくてすんだ」
「どうしてあの子をあそこにうめたの?」
スコップを受け取りながら女の子はたずねてくる。
「あそこに埋めれば春先に咲く綺麗な花の養分になるからかな」
「ようぶん?」
「花の食べ物になるってことさ」
「でもあの子はばっちかったよ」
「汚いからこそ綺麗な花になれば喜ぶだろ」
女の子は少し考える。そしてにっこりとほほえんだ。
「あの子はきれいなお花になって咲くの?」
「ああ。楽しみだね」
「でも勝手にものを埋めたら怒られるってママに言われた」
「決まりってのは悪い奴を作るためだけにあるわけじゃないさ」
さすがに子供には意味が判りづらかったかもしれない。きょとんとしているその子に、
「花は喜んでくれる。それじゃダメかな」
「いいと思う」
女の子は母親に呼ばれ俺に笑顔を向けたあと駆け足で去っていった。たぶん母親には「あんな人と話してはいけません」とか注意されているのだろうがそれはいつものことだ。
あれから二回、春を迎えた。そしてあと二ヶ月もしないうちに三回目の春がやってくる。今年も鮮やかな花の糧となるのだろうか。
「あのモルモットが……」
「そうです、わたしの可愛がっていたミケちゃんです」
風に溶け込んでしまいそうな小声に振り向いた。そこには黒を基調とする落ち着いた服装の沙織さんがじっとモルモットが飢えられている場所を見ている。まるで喪服のようだった。
「あまりに悲しくてその場を逃げてしまったわたしは、それでも後悔の念にとらわれ公園に戻っていました。そこであなたがミケちゃんを抱きかかえ小さな女の子にスコップを借りるとそこに埋葬しているのをじっと見ていたのです」
「そうだったのか……」
「それからあなたが誰なのか調べました。そして兄と知り合いであると判り進学先である示現高校にわたしも入学したのです」
沙織さんは長い髪を風に揺らし俺に近づいた。そして植え込みを前にしゃがむとモルモットが埋まっているであろう場所に手を添えた。
「わたしの子供の頃のことを聞いたのですね」
「ごめん、その……」
「構いませんよ、わたしもあなたが中学生のときにどんな境遇にあったか調べてしまいましたから。でもあなたはわたしと違って普通の生活に戻っている」
「沙織さんだって普通の高校生だよ!」
だが彼女はしゃがんだまま首を左右に振っていた。
「学校であなたはクロちゃんを埋葬するとき、生き返らせることができるならとわたしに問いかけましたね。あのときわたしは何も答えられなかった。それは迷っていたのではなくわたしの願いは一つしか無いのです」
沙織さんはすっと腰を上げ大きな瞳を俺に向けた。
「わたしのたった一つの願い……それはわたしの存在を消すこと」
俺は返事ができずに口を開けはなっていた。
「それも今現在でなく過去に遡ってわたしが産まれたことそのものを消し去りたい」
「どうして?」
「わたしが産まれてこなければ両親の仲が悪くなることも無かった、姉が嫌な思いをすることも無かった、新しい父親に失望させることも無かった、兄に負担をかけることも無かった」
沙織さんの両目には涙が浮かんでいる。止めどもなく流れ頬を伝わっていた。
「コロちゃんも死なずに済んだ、ミケちゃんも死なずに済んだ、クロちゃんだって死なずに済んだ!
あのときミケちゃんを投げ捨てたお友だちだって嫌な思いをすることもなかった。小学校のときのお友だちも悲しい思いをすることは無かった。わたしが存在しなければみんな幸せになれたかもしれない!」
「そんなことは無い!」
しかし沙織さんは首を振る、涙をまき散らしていつもと全く違う良く響く発声をした、
「わたしが大きな声を出すとみんな不幸になる。
丸目家に養子に出してと両親に言ったときも、小学校のときにわたしのカバンを取り上げた男の子に返してと叫んだときも、丸目家の子供となってコロちゃんをぜひ置いて下さいと頼んだときも、ミケちゃんを車に投げられて絶対に許さないと言ったときも!
魔女だから、わたしの声は魔女の呪文だから、小学校のみんなはそう言っていた。
だからわたしは声を出すのが怖かった、小さな声なら大丈夫かと思った、でもわたしはまた叫んでしまった、許せないと!」
その言葉を言い放った直後、沙織さんははっと目を見開いて後ずさりしていた。
大きな瞳が前から下に移動しまぶたを固く閉じる。ごめんなさいと目が叫んでいた。
彼女は俺に背を向けると公園の出口に向かって走り出していた。
「沙織さん!」
俺もあとを追った。しかしあのときのように彼女の足は速かった。
俺が公園から通りに出たときにはすでに沙織さんの姿は見えなくなっていた。




