もう少し大きな声で話しても良いと思う
俺の目の前にレイが立っていた。
服装は美雪が施した過剰にフリルのあしらわれたドレスとかではなく、学校と俺の部屋で見たときのような簡素なワンピースとサンダルだ。
もともとの素材が良いのだろう。服装がシンプルでもレイのかわいらしさはそのままだ。むしろレイ本人の美しさが良くにじみ出ていると思う。
ただレイはどこか気落ちしているように見える。小さな肩が少し落ちているし顎も下がっている。不思議なものでふわふわの金髪もどこかしなびているようだった。
今日のことをまだ気にしているのだろうか。
俺はレイに近づいてなぐさめようと思ったが身体が動かない。というか身体そのものが無かった。
俺の意識とレイは変な空間に居た。どこまでも広がる真っ白な部屋。壁がどこにあるか判らない。見上げるとそこも白いのだがそれが天井なのか空なのか区別できない。
何も無いと思ったのだがレイの目の前に何かがある。俺は目を凝らしてみるとそれは四本の剣だった。
剣といっても形状のバリエーションが豊かだ。
刃が細切れになって鞭みたいになっているもの、刀身が炎のように波打っているもの、まん丸で放り投げれば円盤のように飛びそうなもの、そして真っ黒に輝いて峰にノコギリの刃が付いているもの。
それぞれどこかに宝石がはめ込まれているのだが色はくすんでいる。
それらを見て何となく判った。これは今までのリア充スレイヤーで敗退し消失した剣なのだろう。本当ならここにアイスブランドとツインランサーも含まれていたのだ。
すると残りはフレイムタンと鳴美が持っている何かだ。どうやらその正体は見せてくれないようだ。
目の前の剣を見ていると、この所有者はどのような戦いで負けてしまったのだろうか。そして剣の擬人化した女の子はどこかに消えてしまったのだろうかと思う。
ひょっとしてレイも消えてしまった剣に思いを巡らせているのだろうか。彼女の小さな唇が動いているのだが声は聞こえなかった。
ただ垣間見えたレイの表情はあまり悲しそうでない。どんな感情を覚えて仲間の剣を見ているのか判らないが。
仲間……
本当に仲間なのだろうか。俺は良く判らないうちに三本のあるじとなってしまったが、本当なら剣同士は敵という関係だろう。
レイを見ていると他の剣に対して敵対心を覚えているように見えなかった。積極的に交流を深めようとしていないが拒絶もしていない。
同居していたのが感情面の起伏がほとんど無いアイだからそう見えていたのだろうか。そもそも剣も擬人化しているときの心理状態は普通の女の子と同じなのだろうか。
美雪はレイやアイや、新たに参加したアルやエルに対して普通の女の子として接している。もちろん俺もそうだ。
むしろレイたちの方が自らを剣と過剰に認識しているように思える。
俺はもう一度レイに近づこうと思った。でもやはり無理だった。
ふうとため息をついたとき目の前が変わった。真っ暗の部屋の中、俺はふとんをかっぽりとかぶっている。
俺の隣ではレイが静かな寝息を立てていた。背中を少し丸めて俺の左腕にしっかりと抱きついている。
さして力が入っていないのか痛くない。右腕はまだ少ししびれているがだいぶ楽になった。
レイを起こさないように目覚ましを見ると午前二時。最近は剣絡みの夢を見る。俺もそこそこ気にしているのだろう。
そう言えば沙織さんはきちんと家に帰っただろうか。彼女は俺がへんてこな切り裂き魔に狙われたところを見ている。双子がかけ声と共に細かい粒子となって槍に変形した一部始終を見ている。
彼女も美代子と同じように黒服の連中から説明を受けたのかな。それとも普通に逃げたのかな。
俺は残念なことに沙織さんの連絡先を知らない。携帯電話を持って居ると思うのだが電話番号もメアドも知らなかった。彼女のことだから俺や美雪の年代物ケータイと違いスマートフォンを持って居ると思う。それにその姿もとても良く似合うだろう。
どうせならもっと早い時間に丸目邸に電話すれば良かった。親父とも連絡が取れたのだし。
沙織さんと言えば街頭募金に乱入してきたあの女子、なぜあんなことを言ったのだろう。
あれではまるで沙織さんがあの女の子に何かしているようにしか聞こえない。でも二人の表情を見ていると被害者は沙織さんで加害者は乱入女子だ。
これは偏見だが沙織さんが誰かに酷いことをするとは思えない。誰かの憎しみを買うようなことをすると思えない。
シバヅケだった俺だからか他人に対して思う憎悪というのが何となく判る。どんなに隠していても激しい感情は鉄仮面の隙間からでもにじみ出てくる。乱入女子は何も隠すことなくその気持ちを沙織さんにぶつけていた。ぶつけられた沙織さんはとても悲しそうだった。
あのとき沙織さんは何も語らなかった。彼女はいつでも小声で必要以上話さない。
『丸目さん、もう少し大きな声で話した方がいいと思う』
俺と沙織さんが出会ってすぐ……示現高校の一年生の夏休み前だったと思う。風紀委員会の仕事で俺が丸目にかり出されて生徒会の会議に出席したとき、机で隣同士になった彼女にそう告げた。
すると彼女は肩をすくめると瞳は前・下と動いて瞼を閉じた。おまけに頭を下げて黒髪が肩口から流れて机にかかる。
ものすごい勢いで謝られた。
『ああごめん、怒っているんじゃないんだよ。どうも丸目さんの声を聞いていると何かに遠慮しているように思えるから。もっと大きな声で話してもいいと思ったんだ』
すると彼女は髪を背中に流してからふしめがちに俺を見た。
『わたしは話すのが苦手なのです。大きな声でしゃべるといろいろと誤解を与えてしまってみなさんに不快な思いをさせてしまうのです』
『そっかなあ。俺なんかに比べると丁寧で判りやすいと思うけど』
誰かに誤解を生むしゃべり方と言えば俺の得意技だ。俺としてはケンカしないように相手を説得しているのに殴り合いの前座としかならないのだ。高校生になってから少しはまともになったと思うのだが自信は無い。
これは親父の悪い影響だと思う。俺の素質も関係あると思うけどさ。
そんな罵倒のプロフェッショナルにしてみると彼女の話し方は丁寧で流血が必須と思える状態でも穏やかに解決できそうなのだが。
『誰かにそんなことを言われたの?』
『小学校の頃からそうでしたから』
『俺にしてみると丸目さんの声はとても綺麗だと思うよ。丸目も良く自慢しているし』
すると彼女は小さくほほえんでいた。
『どこか紛らわしいですね、兄とお友だちなのでわたしと区別するときはどうか名前で呼んでください。以前からわたしはお友だちに名前で呼ばれていましたからそちらのほうが慣れています』
確かに丸目兄妹の両方と知り合いでしかも同じ学年だ。丸目を三郎くんと呼ぶのにはいささか抵抗がある。
『沙織さん……でいいのかな。だったら俺も名前で呼んでくれるとうれしいな』
「お名前ですか? 確か英雄くんですね」
「そうそう、でも名前で呼び合うとまるでカップルみたいだよね」
すると沙織さんは会議中にも関わらずいきなり席を立って大きな声を上げた。
『そそそそんな、とんでもないです! そんな失礼なことは決してあうあう』
『さ、沙織さん、落ち着いて』
その後彼女はいつものように顔を真っ赤にすると手をぱたぱたと振って挙動不審になった。
『こら柴田! いったい丸目さんに何をした!』
すると会議を進行していた風紀担当の教員が俺を指さし怒鳴る。
『いや、俺は何にもしてないです!』
しかし周りは俺の言うことなんて信じてくれない。教師の目は吊り上がり、参加していたそのほかの生徒は口々に、
『うわー、柴田くん何かしたのね、セクハラ?』
『丸目さんの隣に座ったときから目つきが怪しいと思ったが何と言うことを』
『あの大人しい丸目さんにさいてー』
『ぬう! 我がアイドル丸目女史に不埒な悪行三昧』
『ねえねえ知ってる、あの柴田くんってねえ……』
結局その日の会議はそこでお流れになった。もちろんその原因は俺だ。
会議終了後に沙織さんが平謝りだったのは言うまでも無いが彼女の大声にパワーがあるのは良く判った。
それから俺のことはずっと「柴田くん」だがそれはそれでいい。彼女は俺がシバヅケだったころを知らないわけだしそう普通に呼んでくれるだけでうれしいものだ。
あのときの慌てた沙織さんの姿を思い出し俺は小声で笑っていた。
「あるじ様……」
いけね、起こしたかと思ったがレイのルビーレッドの瞳はまぶたの奥だった。寝言かな。
俺はゆっくり深呼吸してまぶたを閉じた。
§
朝、目覚まし時計に起こされるとすでに俺の隣にレイの姿は無かった。
学校にいく支度を調えて食堂に向かうとレイは割烹着姿で美雪と朝食の支度をしている。
アイは寝間着のままテレビの前に正座し子供用バラエティを見ており、アルとエルはテーブルについて朝食が始まるのを待っている。
その光景を見ているとずいぶん昔から繰り返している日常のように思えてほほえんでしまった。
六人でにぎやかな朝食をとったあと、俺と美雪は四人の幼女に見送られ学校に向かった。一見すると幼い子供だけを家に残しているのだがアルとエルが居るとへたな訪問販売が来た場合、親父の骨董品を逆に高値で売りつけてしまいそうに思えた。
「にぎやかになっていいよね」
美雪は心から喜んでいる。確かにこいつにしてみても料理の作りがいがあるだろうし、今のところみんな美雪に良くなついている。
しかし昨日のレイとの話を思い出すとそれもすぐに終わるかもしれない……今はそれを告げられなかった。
示現高校に着いて教室に入ると窓際最後尾に美代子の姿は無かった。大介のお見舞いにいっているのだろうか、結局ホームルームが始まって一、二時間目まで過ぎても現れない。とすると本日はお休みなのだろうと思う。
ではもう一人の女の子はどうだろう。俺は休み時間に丸目の教室に出向いた。
沙織さんの様子を聞きたかったのだが彼女も本日は休んでいるという。
「わたしも直接連絡を受けた訳では無いのだが今日は体調を崩して休んでいるそうだ」
「そうなのか……おまえは電話してみたのか?」
それに対して丸目は首を左右に振って見せた。
「別々のところに住んでいるしわたしから本家に連絡を入れづらくてね」
「彼女のケータイに直接連絡入れればいいだろうに」
「わたしたちはなるべく携帯電話で話さないようにしている。沙織からこちらに電話が入らなかったと言うことは大きな問題ではないということだ」
まあそこは家族の事情だろうし。
とりあえず沙織さんは無事なのだと判った。リア充スレイヤーについて説明を受けているか判らないがいろいろとショックだったのだろう。ゆっくりと休んで欲しい。
丸目はやれやれと瞳を落とす。そう言えば沙織さんのガンチャートで一つ判らないのがあったな。
「なあ沙織さんの瞳が下・前・左と動いて瞬きしたんだが、これって何だ?」
ショッピングセンターで変態兄貴へのプレゼントを見ながら呟いたあれだ。俺も全部の動きを知っているわけではないがちょっと気になっていた。
すると丸目の反応も意外なものだった。こいつが眉をしかめたのだ。
「どういう場面でそれをみたのだ」
これに答えるとネタばらしになる。それは沙織さんに怒られそうだ。
「どこだったか忘れたがそんな動きを見たような気がしてね」
「君の見まちがいだ」
丸目は自分自身に納得しうなずく。こいつがこういう反応するときはどう聞いても答えない。もしかしてかなり珍しい言葉なのだろうか。
まああとは沙織さん本人に聞いてみるかだな。
「ついでで申し訳ないけど、うちの親父があと一週間くらいで帰国するらしいとおまえの親父さんに伝えておいてくれないかな」
「君は人の話を聞いていないな。本家に連絡しづらいと言っただろう」
「三郎経由で知らせてくれとおまえの親父さんに頼まれたんだよ。俺に文句を言うな」
すると丸目はいかにも嫌そうにふうとため息をついた。
「判った。ただ父は最近忙しそうだからうまく伝わるか保証はしないぞ」
「この前、学校に来ていたみたいだけど、そんなに忙しいのか?」
「今年に入ってから新しいプロジェクトがどうのこうのと言っていた。何かよく知らないがいろいろな方面に手を出すのは感心しない」
「ま、親父さんに伝言ついでに沙織さんの様子も詳しく聞いてくれるとうれしいな」
「そちらが本当の目的か」
奴は少しあきれ気味に俺を見ていたが、苦笑いを浮かべてうつむいた。
丸目グループが細かいところでどんな仕事をしているのか俺も知らない。唯一親父の考古学調査は名目丸目グループからの依頼でおこなわれている。親父のでかい態度を見ているとどちらが雇用主か判らないが。
時期頭首だからと言っても丸目はまだ学生だ。さすがに全て把握していないのだろう。それでもあと五年もしないうちにあいつは立派な社会人となるのだろう、丸目グループを本当に引き継ぐのかは判らないが。
さて学校に用事が無くなってしまった。
授業を全て終えてから病院に向かおうかと思ったのだが、昼食を終えると荷物をそのままに学校を出て大介が入院している病院に向かった。
堀部総合救急病院は示現高校から徒歩五分程度の距離にある。俺の家と反対方向にあるので直接いくことにした。荷物を持つのは面倒なので学校に置いたのだ。
今では懐かしい一月二一日にHIMOTEに襲われ、救急車で俺が担ぎ込まれた病院もここだ。なので伊藤が収容されたときもここの名前を聞いて安心できたわけだ。
平日の面会時間は午後一時から。少し待たされて面会表を貰うと入院病棟に向かった。
大介は三階の六号室、六人部屋に居るという。個室とかICUでなくて一安心だが指定された病室に着き同室の患者の名前を見て驚いた。
一番ベットは佐々木大介なのだが隣の二番ベットに伊藤和美と書かれている。収容された病院は聞いていたが部屋番号に気が回らなかったが同じ部屋に居るとは。
同姓同名かなと思って二番ベットをちらりと見てみると、あのカズミちゃんがむっとした表情のままベットに横になりお休み中だった。
改めて一番ベットのカーテンをくぐるとそこに大介が寝ている。布団を胸元まですっぽりとかぶり目を閉じて無表情だ。腕に点滴とか計測機器とか口に酸素マスクが付いていないのでただ単に寝ているだけなのだろう。耳を澄ませば規則正しい寝息が聞こえてくる。
ベットの横に用意されている折りたたみパイプイスに腰掛けしばらく大介の顔を見ていた。急いで来たからお見舞いの品を持ってこなかった。やれやれと頭をかいているとカーテンがすっと開き現れたのは美代子だった。
彼女は私服だった。その小さな手に何かの花と菓子折を持っている。さすがだと思った。
「大ちゃん、くず桜が好きでしょ」
俺の視線に美代子はそう答えるとサイドテーブルの上に菓子折を置いて、備え付けの冷蔵庫の上にあった花瓶を手に取る。
「ミヨちゃん」
「お花をいけてくるから少し待っていてね」
カーテンの向こうに消えた彼女は花をさした花瓶を手にすぐに戻ってきた。そしてイスに腰掛けることなく俺をじっと見ている。ここでは話しづらいのだろうと思い俺も腰を上げて彼女の後を追った。
二人が行き着いたのは病院の中庭だった。四方が建物によって遮られ風はほとんど吹いていない。太陽の日がそこそこ暖かく感じるが花壇は土が見えているだけでどこか寂しかった。
俺たちはベンチに腰掛け入院病棟を見ていた。
「大ちゃんね、昨日からずっと寝っぱなしなの」
美代子はぽつぽつと話し出す。その言葉は冷静と言うより感情がこもっていない。
「お医者さんの話だと命に別状無いみたい。脳波もちゃんとしているし瞳孔反射だっけ、あれもあるからただ単に寝ているだけなんだけど……」
「ケガとかは無いのか?」
「うん、小さなあざとかヤケドはあるけど心配するほどでは無いって言われた」
とはいえ全く無反応の寝姿に美代子は気がきで無いと思う。
「すまない」
今の俺にはそれしか言えない。彼女は俺の言葉が聞こえなかったかのように無反応だった。どうせならここで昨日の夜のように怒ってくれたら楽だっただろう、なかなか安易な方向にならないものだ。
俺は話を変えてみようと思った。
「昨日どうしてあそこにやってきたんだ?」
俺が前を向いたままそう聞くと美代子も俺に顔を向けずに答える。
「学校から帰って少しすると大ちゃんが家に来たの。そこであたしのお古のコートを二着貸してくれって言われたわ」
「二着?」
「そう、そのときのあたしも今のヒデくんみたいに首を傾げたけど親戚のお子さんが来ているのでとりあえず借りたいと言われたわ。話し方とかどこか変だったし服を用意して代ちゃんに手渡してからこっそり付いていったの」
そうか、アルとエルが着ていたのは美代子の洋服だったのか。そのまま大介を尾行してあの現場にたどり着いたというわけだ。
「昨日のあれ、どこまで説明された?」
「変な名前のトーナメント。剣で闘って最期に勝ち残った人が何でも一つだけ願いを叶えて貰う権利を得るってこと」
「そうか」
「きちんとスーツを着てとても真面目そうな人が、あたしにも判るように丁寧に説明してくれたけど逆に真実みが無いわ」
「仕方ない。当事者である俺も信じられないんだから」
「ヒデくんはどうして参加することになったの?」
俺をちらりと見た彼女に今までのいきさつを説明した。一月二一日に襲ってきた犯人がそのトーナメントに参加していたこと、犯人を倒したことで俺が参加の権利を得たこと、今までに伊藤と大介を相手に闘ったこと。
説明しているあいだ美代子はじっと俺の話を聞いていた。途中で茶化すこともなく疑問を挟むこともない。ただその瞳はどこか沈んでおり俺の話を興味を持って聞いていないことは判った。
全てを説明し俺が肩を落とすと、美代子もふうとため息をついた。
「そうなの……やっぱり本当なんだ」
「俺の話を信じるのか?」
「ヒデくんは嘘をついていないから。昨日の人のは丁寧だったけどどこか信用できなかった」
「なあミヨちゃん。大介はいったいどんな願いを抱いていたのかな?」
彼女の肩がわずかに震えた。右手がすっとお下げに伸びてそれに触れている。
「俺は真実を聞きたい。俺がミヨちゃんに嘘を言わなかったのと同じように」
すると美代子はスウと息を吸い込んで両手を膝の上に置くとぎゅっと握った。
「たぶん大ちゃんはあたしの家を心配したのだと思う」
「ミヨちゃんの家?」
「そう、あたしの家、商売をしているでしょう。この間銀行に不当たり手形を出したと言っていたの」
ちなみに美代子の家は山岡商店街で酒屋を営んでいる。立地条件も良く一時期はコンビニ出店の話が舞い込んでいたそうだ。
「あともう一回不渡りが出ると銀行は取引停止になる。父さんは大丈夫だって言っていたけど資金繰りはあまり良くないみたい」
「なるほど、それで大介はバイトを探していたのか……」
「大ちゃんはそのアルバイトであたしの学費が何とかならないかと思っていたのね。高校と大学の学費はあたしの預金口座があるから家がどうなっても学校にはいきなさいって家族は言うけど、もし学費が何とかなればその貯蓄も資金に使えるし」
やはり大介の願いは自分本位のものでは無かった。美代子のためのものだったのだ、彼女の家計を助けようとしたものだったのだ。
その事実に俺は昨日の夜の疑問と後悔がもたげて前のめりになったまま頭を下げたのだが、
「でも大ちゃんがそのトーナメントに優勝しても、そんな願いは叶えて欲しくないな」
美代子はきっぱりと強く言った。あまり自己主張することが無い彼女にしては珍しい表情だ。
「なぜだ」
「だってそうでしょ、誰かを傷つけてまであたしは助けられたくない。それが大ちゃんだったら特にそうよ。剣道だって誰かとケンカするために習っているんじゃないし、ましてヒデくんと闘うためでないと思うわ」
何を甘いことを言っている、俺は心の中でそう思った。むしろそれを口にしても良いのだろうが美代子のまっすぐな瞳を見ていると何も言えなくなってしまう。
彼女はゆっくり瞬きして大きくうなずいた。
「だから……大ちゃんを止めてくれてありがとう」
その笑顔がどこかまぶしくて俺は顔を背けてしまった。それに追い打ちをかけるように美代子はじっと俺の顔を見ていた。
「お礼を言われるようなことはしてない」
「覚えている? 小学校二年生のときかな。あたしと大ちゃんがクラスで無視されたらヒデくんだけがあたしたちを助けてくれた」
「ただ単に一緒に遊んでいただけだよ。他の奴より大介とミヨちゃんとつるんでいた方がおもしろかっただけさ」
「ヒデくんは変わらないよね。だからあたしにとってもきっと大ちゃんにとってもヒデくんはヒーローなんだよ」
「俺はそんなのじゃない」
「判ってる……ヒデくん、聞いてもいいかな。もしトーナメントで優勝したらヒデくんはどんなお願いをするの?」
「まだ判らない」
美代子はにっこりとほほえむとうれしそうに首を縦に振っていた。
「安心した。やっぱりヒデくんはそのまんまだよね」
「それだと俺がちっとも成長してないみたいだぞ」
「ごめん」
美代子はもう一度くすりと小さく笑った。言葉通り謝っているように見えなかったが俺も釣られてほほえんでいた。
「それじゃあたし病室に戻るから。ヒデくんも学校に帰るんでしょ」
「ああそうする。明日は学校に来るのか?」
「うん、ちゃんといくわ。それじゃあね」
彼女はベンチから腰を上げ俺に背中を向けると歩き始めた。俺が腰掛けたままだんだんと小さくなる背中と揺れるお下げをじっと見ていると、美代子は病棟に入る前にこちらをちらりと見て手を振った。
「ヒーローか」
彼女の姿が完全に見えなくなると俺は背もたれに身体を預け真上を見る。建物に切り取られた青空に白い雲が少し浮かんでいる。
天気は快晴、風も無く日の光は暖かい。しかし俺の心は……
「そっか、兄ちゃんはヒーローになりたいんか?」
俺の右後ろから女の子の声で軽やかな関西弁が聞こえて来た。
「いつからそこに居た?」
「気づいておったんやろ、わてらがここに居たことを」
今度は俺の左後ろだ。振り返らなくても褐色の双子であることが判る。
彼女らは足音を立てずに俺の前に回り込むと、アルは俺の右隣に腰掛けエルはその場にしゃがみ込んだ。
服装はやや大きめのジャンバーにズボンを折り返して穿いている。靴は木製のサンダルをつっかけていた。二人のサイズに合う服装は本日美雪が学校の帰りに山岡町商店街で買って帰ってくるはずだ。それまでは少々地味な装いで我慢していただくしか無い。
「俺は家で留守番していろと言ったはずだぞ」
少し言葉を強く発したつもりがアルのポニーテイルは何か楽しそうに揺れている。
「まあなんちゅうか、うちは兄ちゃんの護衛みたいなもんや。最後の一人が襲ってこんようにいつもおらんといかんやろ」
「昼間は剣になれないのだろう、そしたら相手も同じだ」
「あとはどうにも他の剣と相性が悪いのや。ところであんちゃんはリア充を狩らへんのか?」
目の前でしゃがんでいるエルはツインテイルを波打たせるとにんまりとほほえんでそう聞いてきた。それに対して俺は苦笑だ。
「今のところ予定はない」
「相手はきっと強うおまっせ、兄ちゃんの剣のレベルでは難しいと思うわ、ここはぱーっとリア充を狩ってうちらもばばーんと大人の身体にして欲しいわ」
「そうそう、フレイムタンほどアダルトやないけどわてらもそれなりの身体になりまっせ」
言われてみればレイが成長した姿は見たことが無かった。二人はどんな姿になるのか知っているのだろうか?
「アルとエルの大人になった姿なら見たことがあるよ……それにしても二人は闘うことが好きそうだな」
俺の問いかけにアルのアンバーイエローの瞳がより輝いたように思える。
「そりゃ、剣として生まれたからには闘って勝ってなんぼのものやろ」
「そや、それがわてらの役目や。あんちゃんが望むならいくらでも協力しまっせ」
「俺が負けたら二人とも消えてしまうかもしれないんだぞ」
「そんときゃそんとき。うちらがそんなのを気にしていてもどうにもなれへん」
「わてらは所詮剣やて、そんなら剣らしくするのが一番やろ? それに消えたとしてもだれも悲しむ者はおらんて」
二人は申し合わせたように笑った。しかもどこにも不純物が混ざっていないような透き通った笑い声だった。
「二人が居なくなったら美雪はがっかりするさ」
俺が美雪の名前を出すと双子はどこか勢いが無くなったように思える。
「さよか、ミユキはそうかもしれへんなあ」
「うんうん、昨日も風呂に始めて入れてもろたけどミユキにごしごし現れてちと恥ずかしかったわ」
「あの様子やとうちらが剣とは知らんのやろうなあ」
「わてらが人や無い判ったらどない思うやろ」
顔を見合わせて呟く姿はどこかおもしろい。こいつらにしてみても美雪の存在は大きいのだろうか。まだ出逢って一日もたっていないのに。
「俺は学校に戻る。二人も家に帰るんだぞ」
「しゃあない、帰ろうかエル」
「そうやの、あんちゃんはうちらのあるじや、いうことは効かんとあかん」
二人は首を振ってため息をついた。どこまでもそっくりな彼女らを見て俺も和んでいた。




