あるじ様のおそばにお仕えするのが剣の役目ですから
あの後、大介と美代子はやってきた救急車に乗って隣町の救急病院に向かったという。なぜ限定していないかというと俺は別の乗用車で家の近所の病院に向かったからだ。
今回も黒服の男が迎えに来るのかと思いきや、真っ先にやってきたのは救急車であった。
もしや沙織さんが呼んだのかと思ったが、あの気になるサイレン音が全く聞こえなかったことから、リア充スレイヤー運営委員会の差し金に違いない。
大介の行き先についてはケータイにメールで知らされたが、伊藤が収容された病院と一緒だった。
なら一安心かと俺は中坊の頃からお世話になっている新出外科病院に来ていた。ここの医院長にして俺の主治医はそろそろ三桁に達する年齢なのだが体力と豪腕については俺もかなわない猛者だ。
もちろん治療方針も昔ながらの外科療法だから、高らかに笑いつつそれで患者の苦痛は取り去られていると思っているサドドクターだ。
今回は右肩の打撲だけだったからとても残念そうだった。骨や筋肉に異常はないが用心のために数日は大人しくしておけと言われた。
病院を出たところで俺は美代子に電話を入れてみた。あの現場の様子でははたして着信してくれるか心配だったが数コールで彼女の声を聞けた。
「大介の様子はどうだ?」
『命に別状ないし大きなケガもしてないみたい。今は眠っているわ』
「そうか、俺これから……」
『今日はもう面会時間終わっているの』
まだ拒絶されているのかと少し肩を落とす。しかし、
『事情は付き添いの人に聞いたわ……だから』
「判った、明日改めて見舞いにいく」
返事ができない美代子にそう答えると電話を切った。
見上げると夜空にあと少しでまん丸という月が出ている。それが俺をあざ笑っているようだった。
ハードだぜ。
俺は足下から伸びる長い影を引きずりながら家に帰った。
それから一時間ほど過ぎて。
「ミユキー! うちはごはんお変わり大盛りで!」
「ミユキー! わてはおみおつけおかわり大盛りで!」
俺の左右からとても元気な声が聞こえる。それぞれ器を正面に座っている美雪に差し出す褐色の腕が見えた。
病院から帰ってかなり遅くなってしまったが晩ご飯だ。テーブルを囲む人数はついに六人となり本当に食堂らしくなってしまった。
俺の右には髪をポニーテイルにしたアル、左にはツインテイルにしたエルが腰かけており、俺の目の前に美雪、アルの前にアイ、エルの前にレイが座っていた。
瞳や肌や髪の色がそれぞれ異なり、国際色豊かだが四人とも美幼女に変わりない。さしずめ美幼女博覧会だ。
「はいはい、ご飯もお味噌汁もおかずもたくさんあるからいっぱい食べてね。ええとアルちゃんはご飯大盛りね」
美雪はアルからお茶碗を受け取ると本当に山盛りのご飯をよそおって返した。
「おおきに!」
「それでエルちゃんはお味噌汁大盛りね」
さすがに汁物だけあって器からあふれるほど注げないが、どちらかというと豚汁みたいに具だくさんなのでそれをお椀からこんもりと盛り上がるほど入れた。
「おおきに!」
「レイちゃんもアイちゃんもたくさん食べてね」
「はい、美雪さん」
レイはお返事してから改めておかずに手を伸ばす、アイは小さくうなずくとマイペースでご飯を咀嚼した。きちんと八八回噛みしめているのかもしれない。
美雪はあるとエルを見て少し頬を膨らませる。
「お父さんも日曜にこっちに着くように手配してくれればいいのにね。平日だとお買い物が間に合わないわ」
「えろうすんまへんなあ」
「ううんアルちゃんは気にしなくていいのよ、お父さんが悪いんだから」
「せやけど突然来てもうてほんま迷惑やないやろか?」
「大丈夫、エルちゃんもそこは気にしないで、たくさん食べてね」
「ハーイ!」「ハーイ!」
と言う具合にツインランサーの擬人化であるアル(姉)とエル(妹)はレイ以上にこの家になじんでおり、美雪はいつものようになーんの疑いもなく二人は親父の知り合いの子供と思っている。その純真な心が俺はまぶしすぎて見ていられない。
なぜにアルとエルが俺の家に居るかというと右肩に黄色のあざができており、俺にはそこに「HIMOTE#3,Twinlancer」と刻まれているのが見えるからだ。
つまり俺は二人のあるじでありマスターになってしまったのだろう。
大介との戦闘中にダメージを受けた左脇腹の刻印も復活している。レイとの契約も継続中だ。
美雪はちっとも困っていないがこれではすっかり幼稚園か保育所だ。せめてもの救いが四人とも外見年齢に比べ行動そのものは大人びているところだろうか。
ただアルとエルはとても賑やかだ。背丈では四人の中で一番低いが元気いっぱいだ。アイはともかくレイも実は大人しかったのだと再認識させられる。
「兄ちゃん、箸が進んでないようやけど」
アルが俺を見てそう呟いた。確かに俺の食事はちょっと遅い。
「しかたあらへんよ、あんちゃんは利き腕がつかえへんのや」
エルの言うとおり右肩の打撲で右腕がまだ少ししびれており、大事をとって三角巾で肩から釣っているのだ。なので左手だけで食事を勧めているがなかなか難しい。ご飯と味噌汁はスプーンで食べるのがやっとだ。
俺のそんな情けない様子を美雪は少しあきれた顔で見ている。
「買い物に出かけて帰ってこない上にこけて病院で診てもらっているってどういうことなのよ」
「だからー、さっき説明しただろう。商店街で売って無くて隣町にいったんだよ。そしたら不良にからまれている大介とミヨちゃんが居たから助けたんだってば」
「もう……蛍光灯はお父さんの倉庫の外したからいいけど。大ちゃんたちは大丈夫なの?」
「心配ないよ。俺と違ってケガしてない」
と言うか最初から親父の部屋の蛍光灯使っていれば良かったんだろうに。
俺はスプーンで味噌汁を食べながら肩を落とした――そしたら右肩に響いて眉を顰めた。
「しゃあない、はい兄ちゃん」
俺の情けない姿を見ていたアルが何を思ったのか、箸でトンカツを一切れつまむと俺の目の前に差し出した。
「はようあーんしてーな」
「はあ?」
「腕が使えへんのやしうちが兄ちゃんの右手の代わりになるんや」
「いや、そんなに気を使わなくても」
「ほなわてはこれにしよか」
今度はエルがスパゲッティーサラダをフォークでくるくると巻き取ると俺の目の前に差し出した。
これはどういうことですか、幼児接待プレイとでも言いますか?
断ろうにもアルとエルは炎天下のひまわりのような笑顔を俺に向け続けている。美雪にすくいの目を向けたがこいつも笑顔で軽くスルーしやがった。
仕方なく俺はアルのトンカツ、エルのスパゲティを口の中に入れて咀嚼した。
これで一段落と思ったら、レイもどこか恥ずかしそうに卵焼きを箸でつまむとそっと俺の口元に差し出してくる。対面の席なので上半身をうんと伸ばし腕がぷるぷると震えていた。
卵焼きが落ちないうちになんとか口に含むとレイはほっとしたように着席してほほえんだ。
まさかと思ったのだがアイはフォークでミートボールを一つ突き刺すと、イスの上に正座し無表情のままに俺に向けた。とても真剣に見える青い瞳が怖い。俺も無言でミートボールに食いつくとアイの目尻が数ミリ下がったように思えた。
俺の食べる順番が考慮に入っていないので、トンカツとスパゲッティと卵焼きとミートボールの味が口の中でごちゃごちゃになる。それらを飲み込んだあと美雪は、
「お兄ちゃん、ちっちゃい女の子にモテモテでよかったね」
どうなんだろう、羨ましがるのは丸目だけだと思うが。いや奴だとこの光景を見たとたん、俺を泣きながら撲殺するに違いない。
方向性は全く異なるが沙織さんも可愛い女の子は好きそうだよな。レイを学校で追いかけ回していたのも風紀委員長としての職務だけで無いように見える。彼女にはどこかのタイミングで我が家の美幼女軍団を紹介したい者だ。
そのあとも四人がローテーションを組んでおかずを俺の口に放り込むのはいいが、もう少し食べる順番とか考えてくれ。おかずが八にご飯が一、味噌汁一だと口の中になんだかよく判らない濃い味だけが残ってやや気持ち悪い。
その強制的にほほえましい光景を目にしながら美雪は腕組みしてアルとエルを交互に見た。
「ところでアルちゃんとエルちゃんは、どんな服が好みかな?」
来た! 美雪の装飾欲である。今回もある程度おなかがふくれるともたげるので、欲の順列は食欲->装飾欲->睡眠欲になるのだろうか。ちなみにアルとエルはとても簡素なワンピースを着ていた。この姿は擬人化時のデフォルトなのだろう。
「そやね、うちは派手なのがええなあ」
「うん、わてもどちらかというたらめっちゃ目立つ方が好きやねん」
「ホント! それならいろいろと選びがいがあるね」
レイやアイと異なり関西弁のためか判らないが派手嗜好ということで、美雪は俄然やるきが出ている。目の輝きが段違いだ。
「やっぱりガラものとかの方がいいかな?」
「そやったらここはトラ縞は外せへんなあ」
「なに言うてまんねんアネキ、ガラは豹と決まってるわ」
「はあ? エルはこれだからあかんわ。なんちゅうてもトラ縞やて、そこのシロかてトラ縞やないか!」
アルに名指しされたシロはテーブルの下の特別席について高級ネコまんまを食しており、双子の会話には見向きもしない。ただどこまでも自分流にご飯を噛みしめていたアイがそっと手を伸ばすとしっぽを絡めていた。シロもアイにだいぶなれたようだ。
双子と美雪の衣装談義の中、レイがどこか沈んでいるように見えた。
あまりに元気な女の子の登場に臆しているだけかな……俺は食後のお茶をすすってぼんやりと考えていた。
§
大騒ぎの食事が終わると美雪は幼女四人を連れお風呂場に向かった。
俺は自室でテレビを見ながら考え事だ。
大介との戦闘はニュースになっていない。
黒服連中が美代子を封じ込めたように報道機関とか警察に働きかけたのだろう、あのHIMOTEしか読めないリア充スレイヤー参加規約には『戦闘終了後は速やかにリア充スレイヤー運営委員会の処理にまかせるように』と書いてある。
ひょっとしたら連続切り裂き魔は表面に出ているのが八件だけで、今日のように表に出ないのはもっと多いのかもしれない。
ニュースはお気楽なバラエティに変わっていた。ブラウン管の中ではしゃぐ芸人と視聴者を馬鹿にしているとしか思えない特大フォントのテロップに、紛らわしい観客の笑い声も今はスルーだ。
大介はいったい何を望んでいたのだろう。
あいつが自己中心的な望みを考えると思えない。丸目が言うとおり人間にはいくつも内面があるというが、俺に見えている大介のそれは伊藤のようなストレートな要求をするように感じられないのだ。
ひょっとしたら俺はあそこで負けるべきでは無かったのだろうか、いくらあれがいつもの大介ではないとしてももう少しやり方があったのではないか……俺は何度もため息をつきながら果てしなく出口の見えない思考を繰り返していた。
あと、今では何となく信じているが女の子が剣になったりその剣から炎が出たり凍結させたり、もしくは土中から槍を出現させたり。
この非常識な戦いはどうして可能なのだろう。誰かがどこかでそんなことができるようにこの世の物理法則でも書き換えているのだろうか。
そんなことができるのはオーパーツとか古代の超技術とか謎の宇宙生物とか超能力秘密結社だ。今こそ親父の出番だと思うのだが和製ジョーンズ博士はアマゾン源流で連絡が取れない。つくづく使えない親父だと思う。
時計の分針が一週するくらい時間が過ぎたころ、机の上にある携帯フォルダーから軽やかな着信音が流れた。
誰だろう? とりあえず取ろうと思ったのだが左手だけというのはいろいろ不便だ。
ケータイを取り上げるのはなんとかできたがフリップを開いてオフフックボタンを押してと悪戦苦闘の間にも呼び出し音は鳴り続ける。ずいぶんと我慢強い人物だ。
ようやく通話状態にできた。ええと……
『さっさと出んか、この馬鹿息子が!』
スピーカーホンにしてないのに受話口から聞こえて来た罵声にケータイを耳に当てる前で良かったと思いつつ、着信ボリュームを二段階落とした。
「しょうがないだろう親父。こっちにもいろいろと都合があるんだよ」
『言い訳をするなこの親不孝者が!』
噂をすれば影、つまり電話の向こうは放蕩親父こと柴田平太郎だった。いやお元気みたいでなによりだが、俺が馬鹿息子ならあんたは馬鹿親父だ。
「でも何で俺のケータイに電話したんだ?」
『家の番号に何度も電話したが誰も出ん。いったいどうなっておる!』
あ、そうか。最近は留守番電話機能を外していた。着信音も鳴らないからファクシミリ付き電話機は食堂の隅っこで完全に置物になっていたのだ。
「ごめん、ちょっとこっちの都合で家の電話に出られなかった」
『何かと言えば都合と言い訳しおって、わしはおまえをそのような男に育てた覚えは無い!』
俺もあんたに育てられた覚えは無いよ。俺をここまで立派にしてくれたのはお袋と母さんとあと美雪に友人一同だ。
「それで今はどこに居るんだよ」
『ペルーのチチカカ湖付近だ。ウル族の村から離れ秘境を探索しておる。今度こそ大発見だぞ!』
「あのさ、この前のメール読んだ? 丸目の親父さんが至急調査依頼したいことがあるんだってさ」
すると、ケータイの向こうから越前和ロウソクの炎を吹き消しそうな鼻息が聞こえて来た。
『丸目など知らん! 適当に断っておけ、それがおまえの仕事だ!』
「そうはいかないだろう、スポンサーなんだぞ」
『知ったことか! いずれにせよここから帰国するのに少なくとも一週間かかるわ!』
いやはや本当に困った大人だな、それを自慢げに言うな。
「ともかくできるだけ早く帰国してくれよ。こっちでも親父好みの楽しくて不思議な事件が起きてるからさ」
『なんだ? わしは少々のことでは驚かんぞ』
「そうだな、女の子が剣に変身したりその剣から炎や氷や地震や台風やが起きるんだよ、不思議だろ?」
自分では起きたことをそのまま少し脚色して伝えているのだが本当に現実味が無い。
次にどんな馬鹿笑いが帰ってくるかと身構えていると、受話口はまったくの無音となった。電話が切れたのかと思ったが未だ通話中になっている。
「親父、聞いてる?」
『それは……本当か?』
なんかいきなり声のトーンが切り替わった。押し殺すような野太い声になっている。
「まあ俺が見たままなんだけどさ」
『すぐに帰る、待っていろ英雄!』
今度こそ電話が一方的に切られた。何なんだ、ひょっとして俺の言ったことを素直に信じたとでもいうのだろうか?
だとしたらさっさと帰国した方がいいと思う。残るHIMOTEは鳴美と俺だけ。向こうが仕掛けてきたらそれで終了だ。伊藤のようにここに殴り込んで来ることだって考えられるからな。
鳴美の見た目は頭が良さそうだが世の中にはインテリヤクザって言葉もあるのだ。どんな宝剣を扱うか知らないがそいつを振り回して怒鳴り込んでくる姿はとても似合っていると思う。
ケータイを充電器に戻していると扉をノックする音が聞こえてきた。その高さから美雪だと思うのだが珍しいこともあるもんだ。
「どうぞ」
「お兄ちゃん、ちょっと相談なんだけど」
部屋に入るなり美雪はそう言った。扉の向こうではアルとエルが「いいお湯やったねえ」「心が洗われるわ」と元気よく話しているのが聞こえる。
「俺、今日は風呂に入れないから栓を抜いていいぞ」
「うん、それはもう抜いた。汗が気になったらシャワーでも浴びてね。相談はレイちゃんたちの部屋のことなの」
なるほど、いくら部屋の容積に余裕があるとしても四人押し込んだら本当にタコ部屋になってしまう。
「やっぱり親父の倉庫を整理しないとダメか」
「それは今度のお休みでいいと思う。とりあえずアルちゃんとエルちゃんは客間に寝てもらってアイちゃんとレイちゃんはあたしの部屋で寝てもらうわ」
「おまえがいいのなら構わないが」
「それでね、今日はレイちゃんをお兄ちゃんの部屋で寝かせて上げられないかなって思って」
するとアルとエル、美雪とアイ、俺とレイだからそれぞれ二人ずつになってバランスはよいかもしれない。ただ、客間と美雪の部屋は女の子同士だが俺の部屋だけ男と一緒だと、
「レイが嫌がらないかな?」
「それでね、食事の支度中にいきなり居なくなったでしょ、レイちゃんとアイちゃん。しばらくして帰ってからレイちゃんの様子が少し変なのよ」
「美雪に怒られてしょげているのか?」
すると美雪は首をねじ切るような勢いで左右に振った。
「あたし全然怒ってないよ、だってお兄ちゃんに呼び出されたって言っていたし」
「ま、まあその通りだが」
「それで食事のときもお風呂に入っているときも変だったし、きっとお兄ちゃんと一緒の方がいいと思ったんだ」
「レイがいいなら俺は構わないぞ。アイは美雪と同じ部屋でいいんだな」
「うん……なんて言うかアイちゃん見ていると、ちっちゃいころのあたしによく似ているから気になって」
美雪は照れ笑いを浮かべた。
「じゃ、着替えたらお兄ちゃんの部屋にいってもらうね」
美雪はそう言って部屋を出た。レイの様子は美雪も気がついていたのか。そして俺の勘違いでは無かったわけだ。
しばらくすると低い位置から扉がノックされる。これはレイに間違いないだろう。俺が返事をするとピンク色のパジャマ姿に彼女の上半身ほどありそうな大きな枕を抱えたレイがしずしずと入ってきた。
「あるじ様、今夜はよろしくお願いします」
「一気に二人増えたからね、今度の休日に親父の倉庫を潰して部屋を開けるから、それまで我慢してくれ」
するとレイは枕を抱えたまま絨毯に座り込んで少しうつむいた。
「そのご心配は無用になるかもしれません」
「どういうこと?」
「あるじ様が最後の戦いに破れればわたくしたちも消えてしまうかもしれないからです」
そうか、今までHIMOTE同士の戦いでは負けた方が所有している剣は、敗戦が決定した時点で消えていたんだっけ。
「でも相手に刻印が刻まれればあるじが相手に変わるだけではないかな」
「それでもあるじ様は変わってしまいますから。それに刻印が引き継がれた本当の原因は判らないのです」
「そこは詳しく知らないのか?」
レイは弱々しくうなずいていた。
「そういえばレイは自分が産まれたときのことを覚えているのか?」
「いえ……それもはっきりしません。以前のHIMOTEについては何となく覚えていますがはっきりとした記憶があるのは今のあるじ様に仕えてからのことです」
「以前のって公園で俺に襲いかかった男かな」
「だと思います。あるじ様が変わるとレベルのリセットと共に以前のHIMOTEの記憶はほとんど消えてしまうのです」
「そうすると最後の戦いで俺が負けた場合、刻印が相手に移動したとしてもレイが俺を覚えている確率は低いのか」
「そうなります。あるじ様だけではなく美雪さんのことも」
戦いの剣として産まれたとすれば仕方ないがどうにもやりきれないところがある。レイたちが消えてしまったとしたら一番悲しむのはレイの言うとおり美雪かもしれない。
そもそもレイたちは親父の知り合いから、一時的に預かったことにしている。だから親元に帰ったのだと説明すればいいのだろうが、果たしてそれで納得するか不安だ。先代のシロがこの家から消えたときの二の舞にならないだろうか。
ではレイたちを消さずにこのままこの家にずっと住まわせる方法は無いのか。
ある。それはリア充スレイヤー参加要項にもきちんと書いてある。俺はあの紙を引っ張り出してその文面を見た。
『誇り高き戦いに全て勝利したとき、貴方にはリア充スレイヤーウイナーの称号と共に素晴らしい賞品が手に入ります。
それは貴方と共に闘った剣とどんな願いでも一つだけ叶えられる勝者としての権利です』
つまり願いはどうでも良いとして、ウイナーになれば俺の所有する剣は俺のものになるということだ。これが剣化した状態か擬人化された状態を言うのか判らないが。
しかし相手が鳴美だとしてとても勝てるように思えなかった。女の子だから俺より非力だと思うが剣の重さは全く感じないのだし、大介と同じように剣技に優れているかもしれない。なにより頭が良さそうだ。
そもそも女の子相手に剣で斬りつけるなんて無理だ。ヤンキー相手にぼこぼこにした回数は数え切れないがレディース相手だととりあえず避ける。
鳴美がメガネ越しにすっごいニヤケた薄ら笑いを浮かべて嘲笑してくればかなりかっとなって闘えるかもしれない。でもその姿を沙織さんに見られていて瞳が左・左下長押しでまぶたを閉じたら精神的なショックでそこから動けなくなるだろう。
レイは枕を抱えたままうなだれている。これは事に寄ったら自分が消えてしまうという恐怖を思っているからか。ただそこまで悲壮感が漂っていないように見えた。
判らないことは正直に聞いてみるか。
「レイ、ひょっとして食事の支度中に居なくなったのを美雪に怒られたのか?」
レイはすっと顎を上げると首を振った。
「いいえ怒られていません。言い訳としてあるじ様からお声がかかったとしてしまいましたが」
「それは本当だから仕方ない。俺にはどこか元気が無いように見える」
「そんなことは……ありません」
大きな瞳が前から下に降りてゆっくり瞬きする。沙織さんだと「ごめんなさい」という意味になるが。
「俺は今のところレイのあるじだ。俺にとっては美雪と同じように歳の離れた妹にしか思えないが何か思い詰めていることがあるのなら教えてくれ」
レイは右手の拳を顎に当て少し考えていたが、俺の視線に耐えきれなくなったのかついにうなずいた。
「どうしてわたくしをかばって頂いたのですか?」
何のことだろうと思ったがレイは俺の右肩と三角巾をじっと見ている。つまり、
「大介との戦いであの槍を肩に受けたこと?」
「そうです……ツインランサーの大地の槌は瞬間に小さな穂先の重量を、HIMOTEの体重と同じにします」
確か大介の体重は六〇キロ以上あったはずだ。そりゃ痛いわけだ。俺の骨や筋肉の頑丈さに改めて頭が下がる。
「わざわざ剣のわたくしをあるじ様が守ることは考えられません。わたくしはあるじ様を守るべき存在なのに」
確かにあの場面でもアルやエルが驚いていた。
「うーん、さっきも言ったけどレイやアイは俺にとって妹のような存在だ。アルとエルも変わらない。特にあのときは剣化が解除されて女の子の姿になっていただろう」
「それはそうですけど」
「ま、あれは男の条件反射と思ってくれ。俺は打撲で済んでいるんだしこの三角巾だって明日にはいらないと医者に言われているから」
そこで笑顔を向けてみたがレイはなかなか納得してくれていないようだった。わりに強情だな。
仕方ないので俺は左手で彼女の頭をなでた。まだ髪はしっとりと濡れているが気になるほどでない。
なでられたレイはさらに困惑している。
「な、なにをなさるのです?」
「美雪がレイくらいだったころは今と似つかわしくないくらい泣き虫だった。そんときに俺がこうやってなでるとなぜか笑ってくれたんだ」
レイは頬を赤く染めてうつむく。俺は構わず頭をなで続けた。
「先代のシロが居なくなったときにも、比較的最近なら母さんが死んだときにも」
「あるじ様……」
「きっとレイは笑っていた方が美雪も喜ぶ。アルやエルほどにぎやかにしている必要はないけど」
「判りました」
まだどこかぎこちないがレイが笑顔を浮かべたので俺もうなずいた。時計を見るとそれなりの時刻になっている。
「そろそろ寝ようか。俺も今日は疲れたよ。レイの布団を敷くから少し待っていてね」
立ち上がって押し入れに手をかけたときだ。
「あの、一緒の布団に寝てもよろしいでしょうか?」
「構わないけど俺、寝相良くないよ」
「平気です、わたくしは寝なくとも問題ありませんしあるじ様のおそばにお仕えするのが剣の役目ですから」
相変わらず自分を剣としてふるまう姿勢は気になるがそれを説教しても仕方ないし特大のベットは俺とレイが並んで寝る分には余裕がある。美雪のことだから寝るときは一緒のベットで寝ていたのだろう、それが習慣付いてしまったのかもしれない。
俺がパジャマに着替えるのをレイに手伝ってもらったが、痛みはだいぶ引いており思いっきり肩を動かさなければ問題なさそうだ。明日には普通に運動できるだろう。
布団に入ってレイは俺の左側に枕を並べた。俺も美雪も小さい頃はこうやって並んで寝ていたっけ。美雪の寝相が悪くて夜中に何度も腹を蹴られた。起こされた仕返しにあいつの鼻をつまんだが口がぽっかりと開くだけで起きなかったのを思い出した。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
電器を消して目を閉じる。左側からふんわりと漂うシャンプーの香りに俺は風呂に入っていないことに気がついた。汗臭くないかなと考えたがレイは俺のパジャマの袖をぎゅっと握って寝息を立てている。
まあいいか……俺も夢の世界に入ろうとしたとき、
「ごめんなさい」
レイの小声が耳に飛び込んできた。その意味を考えようとしたが睡魔に勝てずそのまま眠ってしまった。




