↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/5

第3話 帰ったら、伝えたいこと

 勇者アルトが故郷を旅立ってから、四ヶ月が過ぎようとしていた。


「……見えたぞ」


 ロイが足を止めた。


 山道の向こう。


 灰色の雲に覆われた大地の先に、巨大な城がそびえ立っていた。


 黒い城壁。


 天を突くような尖塔。


 遠くからでも分かるほど、不気味な存在感を放っている。


「……あれが、魔王城か」


 アルトが呟いた。


「ああ。まだ距離はあるけどな」


「ようやくここまで来たんだな」


 アルトは城を見つめた。


 旅立ちの日、父に見送られた村の門。


 初めて魔物と戦った森。


 見知らぬ街で出会った人々。


 そして、何度も助け合ってきた二人の幼馴染。


 すべてが、ずっと昔のことのように思えた。


「……アルト?」


 ティアが声をかけた。


「どうしたの?」


「いや」


 アルトは笑った。


「帰ったら、親父に何から話そうかなって」


 ロイが呆れたように息を吐く。


「気が早いだろ。まだ魔王も倒してないんだぞ」


「分かってるって!」


「だったら少しは緊張しろ」


「してるよ。ちょっとだけ」


「ちょっとかよ」


 ティアが小さく笑った。


「でも、帰ってからのことを考えるのは、いいことだと思う」


「だろ?」


 アルトは嬉しそうに頷いた。


「親父、きっと驚くぞ。俺が魔王を倒して帰ってきたらさ」


「驚くというより、騒ぎそうだな」


 ロイが言った。


「『さすが俺の息子だ!』って、村中に言いふらすんじゃないか?」


「……ああ、絶対やる」


 三人は顔を見合わせて笑った。


     ◇


 その日の夕方。


 三人は国境近くの街へ到着した。


 魔王の領域に最も近い、人間たちの最後の拠点。


 街を囲む城壁には戦いの跡が残り、行き交う兵士たちの表情も険しかった。


「まずはギルドだな」


 ロイが言った。


「またかよ。腹減ったんだけど」


「お前、それ毎回言ってるぞ」


「だって毎回腹減ってるし」


 ティアが笑う。


「じゃあ、手紙を確認したら何か食べに行こう?」


「おっ、いいね!」


 アルトは足取りを軽くした。


 冒険者ギルドの受付で、ロイが登録証を差し出す。


「三人宛ての手紙が届いていないか、確認をお願いします」


 受付の男性は帳簿をめくった。


「少々お待ちください……ああ、ありました。アルト様宛てに一通」


「親父から!?」


「差出人はガルド様ですね」


「よっしゃ!」


 アルトは封筒を受け取った。


 見慣れた文字。


 それだけで、自然と顔が緩んだ。


「またガルドさんからか」


 ロイが笑う。


「毎回よく書くよな」


「俺も返事書いてるからな!」


「それは知ってる。お前、手紙でも話が長いし」


「いいだろ別に!」


 アルトは封を切った。


『アルトへ。


 元気にしてるか?


 こっちは相変わらずだ。


 この前、村の広場のベンチを直したぞ。


 お前が小さい頃、ロイと二人で飛び跳ねて壊したやつだ。


 覚えてるか?


 あのとき、お前ら二人して「最初から壊れてた!」って言い張ったよな。


 ティアだけが正直に話してくれたおかげで、すぐに犯人が分かった。


 まったく、昔から悪知恵だけは働くんだからな。


 そうそう。


 この前作った椅子、村の婆さんに見つかってな。


「孫にちょうどいい」と言われて、持っていかれちまった。


 仕方ないから、また一つ作ったぞ。


 お前が帰ってきたら見せてやる。


 こっちは心配いらん。


 仕事もぼちぼちやってるし、飯もちゃんと食ってる。


 だから、お前は自分のやるべきことをやれ。


 ただし、無茶はするなよ。


 ロイとティアにもよろしくな。


 父さんより』


「……ははっ」


 アルトは笑った。


「椅子、また作ったんだってさ」


「ガルドさん、椅子作りにハマったのか?」


 ロイが首を傾げる。


「さあ?」


 アルトは笑いながら手紙を見せた。


 ティアは懐かしそうに目を細めた。


「広場のベンチ、覚えてる」


「ああ! あれな!」


「アルトとロイが飛び跳ねて、板を割っちゃったんだよね」


「いや、あれは古かったから!」


 アルトが反論する。


「そうそう。俺たちのせいじゃない」


 ロイも頷いた。


「……二人とも、まだそんなこと言うの?」


 ティアが呆れたように笑った。


 三人はしばらく、故郷の思い出話に花を咲かせた。


 遠く離れた場所にいても。


 手紙を一通読むだけで、あの村の景色が鮮やかに蘇ってくる。


「……なあ」


 アルトが口を開いた。


「魔王を倒したら、三人でまたあのベンチに座ろうぜ」


「壊すなよ」


「壊さねえよ!」


 ティアが笑った。


「うん。約束だね」


     ◇


 翌日。


 三人は魔王の領域へ向けて出発した。


 街の門を抜けると、景色は一変した。


 草木は少なくなり、地面には黒い岩が目立ち始める。


 空は常に薄暗く、風には冷たい湿気が混じっていた。


「……嫌な場所だな」


 ロイが呟いた。


「そうだな」


 アルトも頷く。


 だが、その顔に恐怖はなかった。


「さっさと終わらせて帰ろうぜ!」


「簡単に言うなよ」


「でも、帰りたいだろ?」


「……まあな」


 ロイは小さく笑った。


「母さんにも父さんにも、ずっと心配かけてるし」


「私も」


 ティアが頷く。


「お母さんに、帰ったら一緒にお菓子を作ろうって約束してるの」


「いいな、それ!」


 アルトが笑った。


「俺も食べに行っていい?」


「もちろん」


「じゃあ俺も」


 ロイが言う。


「お前、甘いもの好きだったっけ?」


「嫌いじゃない」


「素直じゃねえなあ」


 三人は笑った。


 そのとき。


 地面が、低く震えた。


「……ん?」


 アルトが足を止める。


 前方の岩陰から、巨大な魔物が姿を現した。


 これまで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。


 黒い鱗に覆われた体。


 鋭い爪。


 そして、赤く光る二つの目。


「……でかいな」


 アルトが呟く。


「油断するなよ」


 ロイが剣を抜いた。


 ティアも杖を構える。


「二人とも、気をつけて!」


「おう!」


 アルトは前へ踏み出した。


 魔物が咆哮する。


 次の瞬間。


 巨大な爪が振り下ろされた。


「アルト!」


 ロイが叫ぶ。


 アルトは身を翻して避けた。


 地面が砕け、石片が飛び散る。


「うおっ! 危ねえ!」


「だから油断するなって!」


「してねえよ!」


 アルトは笑いながら剣を構え直した。


 だが。


 その笑みは、すぐに消えた。


 魔物の動きが、想像以上に速かった。


 ロイが横から斬りかかる。


 しかし、硬い鱗に剣を弾かれた。


「くそっ!」


「ロイ!」


 アルトが駆け寄る。


 魔物の尾が大きく振り回された。


「……っ!」


 アルトはロイを突き飛ばした。


 直後。


 重い衝撃が、アルトの体を襲った。


「ぐあっ!」


 アルトは地面を転がった。


 肩から胸にかけて、焼けつくような痛みが走る。


「アルト!」


 ティアの悲鳴が響く。


 アルトは歯を食いしばって起き上がろうとした。


 だが、右腕に力が入らない。


「……くそ」


 視界が揺れる。


 魔物が、再び近づいてくる。


 ロイがアルトの前に立った。


「ティア! アルトを頼む!」


「うん!」


 ティアが駆け寄る。


「アルト、しっかりして!」


「……大丈夫」


 アルトは苦笑した。


「ちょっと、派手にやられただけだ」


「全然大丈夫じゃないよ!」


 ティアの声が震えていた。


 そのとき。


 アルトの体を、淡い光が包み込んだ。


「……あ」


 痛みが、少しずつ消えていく。


 動かなかった右腕に、力が戻ってくる。


 アルトはゆっくりと立ち上がった。


「……よし」


 剣を握り直す。


「まだやれる!」


 ロイが振り返った。


「……お前、本当に……!」


「説教は後で!」


 アルトは駆け出した。


「今度こそ、決めるぞ!」


 ロイも剣を構え直す。


「……ったく!」


 そして、笑った。


「分かったよ!」


 二人は同時に踏み込んだ。


 ティアの支援魔法が、二人の背中を押す。


 アルトの剣が、魔物の首元を捉えた。


 魔物は大きく咆哮し、その巨体を地面に沈めた。


「……はあっ、はあっ」


 アルトは肩で息をした。


 ロイも剣を下ろす。


「……勝ったな」


「ああ!」


 アルトは笑った。


「やっぱ、俺たち三人なら何とかなるな!」


「お前がもう少し慎重なら、もっと楽だったけどな」


「まだ言うか!」


 ティアは二人の姿を見て、ほっと息を吐いた。


「……本当に、よかった」


 アルトは笑った。


「心配かけて悪かったな」


「……うん」


 ティアは小さく頷いた。


「でも、無事でいてくれたら、それでいいよ」


     ◇


 数日後。


 故郷の村。


「……ガルド?」


 仕事場で、同僚が声をかけた。


 ガルドは作業台に腰を下ろしていた。


「今日はもう上がったらどうだ?」


「……ん?」


「顔色、悪いぞ」


「そうか?」


 ガルドは笑った。


「ちょっと寝不足なだけだ」


「最近、そんなことばっかり言ってるじゃないか」


「はっはっは! 心配性だな、お前は!」


 ガルドは立ち上がろうとした。


 だが、同僚が肩を押さえた。


「いいから、今日は帰れ」


「……分かったよ」


 ガルドは苦笑した。


「まったく、頑固な奴だ」


「お前に言われたくねえよ」


 二人は笑った。


 ガルドは道具を片づけ、仕事場を後にした。


 村の通りを歩く。


 いつもと変わらない景色だった。


 子供たちが走り回り、店先では女たちが世間話をしている。


 ガルドは足を止めた。


 広場のベンチに、三人の子供が座っていた。


 男の子が二人。


 女の子が一人。


 何やら楽しそうに笑っている。


「……ははっ」


 ガルドは思わず笑った。


 昔のアルトたちに、よく似ていた。


「……懐かしいな」


 小さく呟く。


 そして、再び歩き出した。


     ◇


 その夜。


 ガルドは食卓に座り、手紙を書いていた。


『アルトへ。


 元気にしてるか?


 こっちは相変わらずだ。


 最近、村の子供たちが広場のベンチで遊んでるのを見たぞ。


 お前らが小さかった頃を思い出した。


 あの頃は、毎日大騒ぎだったな。


 お前はいつも先頭を走って、ロイが文句を言いながらついていって、ティアが二人の後ろで笑ってた。


 今も、あんまり変わってないんだろうな。


 そうそう。


 この前、お前の部屋を掃除したぞ。


 机の引き出しから、昔の木の剣が出てきた。


 覚えてるか?


 お前が六歳のときに作ってやったやつだ。


 あれを持って、毎日「俺は勇者になる!」って騒いでたな。


 まさか本当に勇者になるとは思わなかったけどな。


 人生、何があるか分からんもんだ。


 帰ってきたら、久しぶりに一緒に飯でも食おう。


 お前の好きな肉料理を作ってやる。


 旅の話も、たっぷり聞かせてくれ。


 楽しみにしてるぞ。


 父さんより』


 ガルドは書き終えると、しばらく手紙を眺めていた。


 そして、最後に一行だけ書き足した。


『……ちゃんと帰ってこいよ。』


 ガルドは小さく笑った。


「……さて」


 手紙を封筒に入れる。


 明日、ギルドへ持っていこう。


 そう思いながら、椅子から立ち上がった。


 窓の外には、満天の星が広がっていた。


     ◇


 それから二週間ほどが過ぎた。


 アルトたちは、魔王城まであと数日の距離に迫っていた。


 最後の補給地点となる小さな街。


 三人はいつものように、冒険者ギルドへ立ち寄った。


「アルト様ですね。お手紙が届いております」


「おっ!」


 アルトは嬉しそうに受け取った。


 差出人は、やはりガルドだった。


 アルトは封を切り、手紙を読み始めた。


 読み進めるうちに、自然と笑みがこぼれた。


「……親父、俺の部屋掃除したんだってさ」


「へえ」


 ロイが覗き込む。


「昔の木の剣、見つけたらしい」


「ああ、あれか!」


 ロイも笑った。


「ガルドさんが作ってくれたやつだろ?」


「そうそう!」


「俺のも、まだ家にあるぞ」


「マジで?」


「ああ。父さんが捨てようとしたけど、取っておいた」


 ティアが微笑んだ。


「私も覚えてる。二人とも、毎日それで遊んでたよね」


「お前はいつも、お姫様役だったよな!」


 アルトが笑った。


 ティアは少し頬を赤らめた。


「……そうだったね」


「で、ロイが魔王役!」


「何で俺がいつも悪役なんだよ」


「似合ってたから!」


「おい!」


 三人は笑った。


 やがて、アルトは手紙の最後に目を落とした。


『……ちゃんと帰ってこいよ。』


 その一文を、しばらく見つめた。


「……なあ、二人とも」


 アルトが口を開いた。


「俺さ、帰ったら親父に言いたいことがあるんだ」


「何だよ?」


 ロイが尋ねる。


「……いや、大したことじゃないんだけどさ」


 アルトは少し照れくさそうに笑った。


「今まで、ちゃんと言ったことなかったなって」


 ティアが首を傾げる。


「何を?」


「……ありがとう、って」


 ロイとティアは、黙ってアルトを見た。


「ほら、うちって母さんいないだろ?」


 アルトは笑った。


「親父、一人で俺のこと育ててくれたじゃん」


 幼い頃。


 朝早くから仕事へ行き、夕方には帰ってきて飯を作ってくれた。


 料理は決して上手くなかった。


 焦げた肉も、固いパンも、何度も食べた。


 それでも、いつも腹いっぱい食わせてくれた。


 熱を出した夜には、朝まで隣にいてくれた。


 泣いて帰った日には、理由を聞かずに頭を撫でてくれた。


 剣を振りたいと言えば、木の剣を作ってくれた。


 勇者になりたいと言えば、笑いながら応援してくれた。


「……なんかさ」


 アルトは手紙を見つめた。


「当たり前だと思ってたんだよな」


 父親が家にいること。


 飯を作ってくれること。


 帰れば、いつもの声が聞こえること。


「でも、旅に出てみて分かった」


 アルトは小さく笑った。


「俺、結構大事にされてたんだなって」


 ティアは優しく微笑んだ。


「……うん」


「ガルドおじさん、アルトのこと大好きだもん」


「……知ってる」


 アルトは照れくさそうに頭をかいた。


 ロイが笑った。


「ガルドさんなら、きっと喜ぶぞ」


「……そうかな?」


「ああ」


 ロイは頷いた。


「ただ、泣くかもしれないな」


「えっ、親父が?」


「泣きながら『さすが俺の息子だ!』って言いそうだろ」


「……あははっ!」


 アルトは声を上げて笑った。


「それ、ありそう!」


 三人はしばらく笑い合った。


 やがて、アルトは手紙を丁寧に畳んだ。


「……よし」


 立ち上がる。


「魔王、倒しに行こうぜ」


 ロイも立ち上がった。


「ああ」


 ティアが頷く。


「うん」


 アルトは二人を見た。


「三人で帰ろうな」


「当たり前だろ」


「約束だよ」


 三人は笑った。


 そして、魔王城へ向けて歩き出した。


     ◇


 同じ頃。


 故郷の村では、ガルドが一人、食卓に座っていた。


 窓から差し込む夕日が、部屋を赤く染めていた。


 机の上には、まだ返事の来ていない手紙の控えが置かれている。


 ガルドはそれを眺めながら、静かに笑った。


「……もう、そろそろか」


 息子たちは、どこまで進んだだろう。


 魔王城は、もう近いのだろうか。


 ガルドは窓の外を見た。


 村の道を、子供たちが駆けていく。


 その声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。


「……アルト」


 小さく名前を呼ぶ。


 そして、いつものように笑った。


「帰ってきたら、いっぱい話を聞かせろよ」


 夕日は、静かに沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。