8話 お仕事
雇用内容の詳細は口頭で説明された。
これが現代社会日本だったら、えらいことになる。
口約束なんて白紙契約みたいなものだからな。
裁判沙汰になって労働者の権利が~、雇用者の責任が~、労働基準法が~、とまあこんな具合に。
憶測だが、この世界は性善説で成り立っているのだろう。
なんせ小学生並の学力で職にありつけるのだから、悪事を働くなんて考える人は少ないはず。
まず高度な詐欺を思いつく輩はいないだろう。
闇バイトで生計を立てている反社の皆様が、高尚な頭脳集団に思えるくらいだ。
その分、知らないところで小狡い悪が栄えているかもしれない。
それは先にこっちに来た勇者様がどうにかする案件、俺には関係ない。
後から来た新参者は、出しゃばらず静かにしておこう。
会社でもデキる男と思われたら最後、山のような仕事を押しつけられるしな。
仕事はできてもノルマだけ、サビ残なんてまっぴらだ。
ほどほどに働いて、引きこもる資金をゲットしたらニート生活を満喫しよう。
雇用内容の説明が終わると、俺の面接を担当した年輩の男性職員が職場へ案内してくれた。
この年輩の男性職員、名はランプートといい、元貴族の家令だそうだ。
読み書き計算ができるので、ギルドに再就職したらしい。
家令を辞めた理由は言わなかったが、エリート社畜の俺にはわかる。試されているのだッ! 他人の秘密を掘り起こすモラハラ職員かどうかを!
職場で女子にあれこれ聞こうものならモラハラ、セクハラだもんな。
真面目な職員であることを印象付けさせるために、個人の話を避けて、仕事のことについてアレコレ尋ねた。
面接では教えてもらえなかった業務内容の詳細だ。
「仕事って何するんですか? 計算するのはわかるんですけど、おもに何の計算をするか、一日の仕事量を聞いていなかったので」
「行けばわかります」
なんか嫌な予感するな。
階段をあがる。
二階は経理課のテリトリーで、部屋の多くは資料室になっている。
たまたまドアの開いている資料室の前を通りかかったので中を覗いた。
書棚にはファイリングされた書類がみっしりと埋まっている。
案内で見た瞬間、逃げ出しそうになったが書庫の多くは古い書類ばかり。
ランプートに質問し、これらを計算する必要は無いと聞いて安心した。
しかし、一日の仕事量が明かされないのは怖いものがある。
一体どれだけの仕事をこなさないといけないのだろう。
不安になりつつも経理課のある部屋に入る。
部屋にいる職員全員が、何かに取り憑かれたかのように書類と戦っている。
明るい職場とは縁遠く、会話は一切無い。
部屋には、ペンを走らせるカリカリ音と書類を捲る音だけが流れている。
まるで夏休み最終日に溜めた宿題を消化しているようだ。
間違いなく修羅場。それも限りなく納期間際に近いデスマーチ! こいつらもエリート社畜なのか!
この世界における先輩の仕事っぷりを観察する。
どうやら、ただ単に修羅場を経験しているだけらしい。
社畜にありがちな韜晦したような無表情でも無いし、諦めや落胆の色も見えない。社畜でも上位に位置するエリートみたく、悟りを開いた貫禄もない。
ライバルがいないようなので安心した。
先輩職員たちに新人教育する余裕が無いので、代わりにランプートさんが指導してくれた。
もちろん、俺の自己紹介をする余裕もない。
てっきり、ブラック企業にありがちな即戦力で働かされると思いきや、案外丁寧に説明してくれた。
「商業ギルドで処理するのは大きく分けて四つ。まずは領主様から委託されている徴税状況の確認。徴税官からもらった資料を基に、その月の税収をまとめるのです。こちらは最重要案件なので、新人には任せられません。仕事に慣れてからの業務になります。二つ目が、権利に関する収支、この街での商いをする権利を領主様から一任されているので、商人たちの収める場所代――税の集計ですね。こちらも領主様にお届けするので、慣れてからの業務になります。三つ目が特許料の算出。特許申請されている商品が売れた分だけの支払いになるので、集計してからの計算です。四つ目が商業ギルドの収支計算。ギルドが独占している業務の収支算出です。業務は、起業者の指導料、経営に関してのアドバイス料、郵便事業に魔物の素材買い取りと多岐に渡ります。それ以外にも運営費の算出。先の収支と異なり、職員の給料や建物の賃料、委託業者への支払いなどが該当します。今回、チクマ君にやってもらうのは、四つ目の業務です。件数は多いですが、ギルド内の業務。計算を間違えても大事にはなりません。まずはこっちで慣れてください」
「わかりました」
大雑把な概要だけ伝えて終わりかと思ったが、ランプートさんは丁寧に仕事のやり方を教えてくれた。
なかなか良い上司だ! 即戦力を真に受ける馬鹿とは違う!
俺の中で、ギルドに対するホワイト指数があがった。
肝心の業務手順だが、かなり面倒だ。
まずは案件ごとに伝票を集計して、そこから税金や手数料をさっ引いて、さらにリスト化して合算。
紙が高価だから可能な限りまとめる方針らしく、一枚の紙にゴチャゴチャ書かれている。
おまけにこれといったテンプレも無く罫線も引かれていない。
図表なんて概念もなく、数字はフリーハンド。
そんな太古の仕様なので、味のある手書き数字の確認という無駄な作業が発生する。
相場より単価が高いわけだ。
「大体内容は飲み込めましたか?」
「はい」
「では続きをお願いします。終わったら一度下に報告に来て下さい。チェックしますから」
「分かりました」
「作業をお願いします。初日なので焦らずに」
書類の山と蝋板がいくつもある事務机をあてがわれる。
現代社会では、まずお目にかからない書類の山には驚いたが、デコボコした粗悪な紙なので、枚数はボリュームほどではない。
とはいえ、数字を読み取りづらいのは難点だが……。
社畜スキルの出番だ!
まずは書類の山にざっと目を通す。
隣の席が空いていたので、そこに項目ごとに仕分けした書類を重ねて、新たな山をつくった。
社畜たる者、効率化をせずに仕事はできんからな。
会社に泊まり込みで仕事していた日々が懐かしい。
山のような書類に殺されかけた日常。お得意様の前で披露するプレゼン資料。書式に拘ることはもちろん、年配のお偉いさんから小言を言われないよう若者言葉を削る苦痛を伴う作業。
それに比べれば楽な仕事だ。温い! 玉子が茹でられないほど温い! この程度の業務、足湯にもならん!
例によって、頭の中で金のタマタマを弾いて暗算した。
何度もペン先をインク壺に入れるのは面倒だったが、計算自体は楽だった。
初心者用により分けていてくれたようで、読み取れない数字もなく、作業が進む。
見かけ倒しの書類の山がみるみる減っていく。
あまりにも早く終わったので、念のため計算間違いが無いかチェックした。
二回チェックした! ダブルチェックだ。これで間違いは潰せたはず。
初の業務なので手間取ったが、小一時間ほどで書類の山を片付けた。
手間はかかるが楽勝な仕事だ。
ランプートさんに指示されたように、集計した書類を持って一階に降りる。
「ランプートさん、ちょっといいですか?」
「分からないところでもありましたか?」
「いえ、机にあった書類の山、全部片しましたので、チェックお願いします」
「えっ、もう終わったのですか!」
年配の上司らしくない驚きに、逆にこっちが驚いた。
もしかして何か抜けているとか? いや、教えてもらった通りにやったはずだけどなぁ。
「え、あ、まあ、集計だけですし……」
簡単と答えたら仕事量が増やされそうなのでちょっと濁した。
ランプートさんが眼鏡をかけて、処理した書類に目を通す。
計算結果をチェックしているのだろう。
蝋板を五枚ほど潰して、出てきた言葉は、
「全部合っている。それに計算結果も項目ごとに分けられていて読みやすい。よく短時間でここまで…………」
それから、いくつも書類の山を片付けて、その日の業務は終了。憧れの定時上がりを実現した。




