4話 異世界の洗礼
街に入ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
道沿いの店にちらほら明かりが点き始めている。
街灯なんて文明は存在せず、夜の街は薄暗い。店の明かりだけが頼りだ。
兵士に聞いた通り、大通りを真っ直ぐ歩いて右手にある〈豚の蹄〉亭に入った。
飲み屋も兼ねているらしく、店内は賑わっていた。
賑わっていると言えば聞こえはいいが、メチャクチャうるさい。木製のジョッキを手に持つ客が、大声で談笑し、楽しそうに飲んでいる。
俺の苦手な陽キャ属性たちだ。
絡まれると嫌なので、最短ルートでカウンターを目指した。
カウンターに腰をおろし、人の良さそうな店員――おばさんに尋ねる。
「あのう、泊まりたいんですけど空き部屋ありますか?」
「なんだい兄ちゃん宿泊客かい? ここら辺じゃ見かけない服装だね。分かった! 冒険者だろう! 魔物を狩りにやって来たんだね」
「まあ、そんなところです」
魔物とか狩らんけど、話を合わせておこう。この世界について知らないことだらけだし。
「一泊いくらですか?」
「料金は前払い。素泊まりなら一五〇バム。朝、夜の食事込みなら二〇〇バム。食事はお代わりし放題。だからっていって持ち帰りは駄目だよ、部屋で食べるのも駄目。汚されちゃ敵わないからねぇ」
分かりやすいシステムだ。
「食事込みで一泊」
「じゃあ、二〇〇バム。銀貨二枚。金貨の支払いはお断り、出されてもお釣りは出ないよ」
通行料が五〇バムで銅貨五枚。宿泊代が二〇〇バムで銀貨二枚。ってことは金貨は一枚あたり千バムだな。
一バムの硬貨はあるのだろうか? まあいい、どうせ嫌でも知ることだ。ここで聞かなくてもいいだろう。
「じゃあ銀貨二枚で支払います」
宿泊料を先払いする。
部屋の鍵をもらい、遅めの夕食にした。
「夕飯は何が食べられるんですか?」
「森猪と斑牛の串焼きだよ」
ファンタジーっぽさ皆無の名前だ。魔物なのか、野生の獣なのか分からん。おっさん三人組といい微妙な世界だ。
「両方を半分ずつってできますか?」
「できるよ」
「じゃあそれで」
「あいよ。……カウンター、ミックスのオーダー入ったよー」
おばちゃんは店の奥に向かってオーダーを復唱すると、別の客のところへ行った。
食事がやって来るまでの間、そば耳を立ててこの世界の情報収集をした。
目だけを動かし周囲を見ていると、とんでもないものを発見してしまった。
俺よりも背の低い子供が酒を飲んでいるのだ。
この世界は未成年でも酒が飲めるのか?
驚いていると、子供たちはジョッキをぶつけ合って、
「成人万歳、これで俺らも大人の仲間入りだ」
「酒が飲めるぜ」
なるほど、なーろっぱにありがちな成人の儀式とかいうやつだな。
詳細が気になったので、少年たちの会話を盗み聞きした。
その結果、この世界では一四歳から大人になれると知る。もちろん成人の儀式を受けないといけない。
神殿やら教会やらで受ける特別な儀式だと思っていたら、こっちは全然違った。
お金を払って申請するだけで成人になれるのだという。
証明書すら発行されず、嘘がまかり通るシステム。
詐欺が横行してそうだ。
異世界の在り方に疑問を抱いた。
色々と考えている間に、木製の皿にのった料理がやってきた。
「あいよ、猪と牛のミックス。お代わり自由だから、もっとほしけりゃアタシに声をかけな」
「ありがとうございます」
昨日の夜から何も食べていない。腹ペコで死にそうだ。
さっそく食べようとしたら、おばちゃんが喋りだした。
「ありがとうって、あんた、上品な客だねぇ。王都から来たのかい?」
「王都というか、遠いところですね」
早く食わせてくれ!
「へー、そうかい。海しか取り柄のない街だけど、楽しんでいきな」
「そうします」
おばちゃんは、慌ただしく別の客の応対に向かった。
邪魔者は消えた。飯の時間だ!
今夜の夕食と対面する。
俺の顔よりデカい木の皿に、串焼きが六本ものっている。
どちらが猪か牛か分からないが、串に野菜が無いのは好ましい。
肉オンリーのワイルドな串焼きだ!
それ以外にもサラダらしき千切った葉っぱ、丸いパンがついている。
よく見ると水だと思っていた小振りなジョッキにスープが入っていた。
「ほう……なかなか気配りのできたメニューじゃないか」
試させてもらおうか、異世界飯とやらを!
まずはメインの串焼きだ。
どちらが猪か牛か見分けがつかない。とりあえず串を手にとる。ズシリとくる肉の重みが嬉しい。
肉々しい塊に噛みついた。
「んがッ!」
ゴムのような食感だった……。
とりあえず串から肉を引き抜く。
「モグモグモグモグ…………」
硬くて噛み切れない! それになんか臭い。ハーブで誤魔化しているけど、ヘモグロビンの味がする!
顎の筋肉をいじめ抜くような硬い肉を咀嚼する。
「ふおッ!」
ヘモグロビンの味と匂いがパワーアップした!
見た目は豪華なのに、恐ろしく不味い。悪意すら感じる!
外食でこのクオリティは許せない。リアルファイト案件だ。
空腹を満たすため、我慢して食べる。
壊れそうなほど顎を酷使して、なんとか一本食べきる。
口直しにサラダを口に入れる。
こっちは雑草の味がした。
ドレッシングなどという気の利いたものは掛かっておらず、それがより一層不味さを際立たせている。
青汁もビックリの青臭い味しかしない!
俺は虫か!?
社畜人生でも味わったことのない劣悪な食事に、殺意が芽生えた。
飯を食うだけで、不愉快な気持ちになったのは初めてだ。
半額シールのついたスーパーの弁当が、高級フレンチにすら思えてしまう!
美味い料理じゃなくてもいいんだ。まともなものを食わせてくれッ! 神よ我に普通の飯を!
手つかずのパンに賭ける。
勇気を出して一口囓る。
ボソボソとした不快な食感だった。言うまでもなく、こちらも不味かった。
グルメ的な小麦粉の風味や甘味はこれっぽっちも無く、ただただ無味。
それだけではない、別の悪意が混入されている。パンを噛むほど口内の水分を奪っていくのだ。
噛めば噛むほど、口の中がカラカラに。悪い意味で悪魔的なパンだ。作った奴をぶん殴りたくなる!
小学校の時に初めて作った失敗作――半生蒸しパンのほうが食えたぞ! っていうか、このレベルで金取るとかぼったくりもいいところだぞ! 門番の奴ら、間違った店を教えたんじゃないのか?!
すべてを諦めスープを飲む。
こちらも最低だった。
コンソメっぽい茶色く色づいたスープだが、おそろしく塩気が薄い。
ぼやけた味どころではない。まるで病院で食べる病人食だ。具が少ないことに感謝すら覚える。
そこから延々と夕食を胃袋に詰め込む作業をした。
過酷な労働で、壊れる寸前の顎。現実世界でもここまでブラックな作業はないだろう。
なんとか食べきり部屋へ行く。
何もかもが、どうでもよくなり風呂に入ることなく寝た。




