3話 街
結論から言おう。民家は見つからなかった。
なんせ見渡す限り森で、外の景色は皆無。民家なんてあるわけない。
よしんば見つかったとしても、たぶんヘンゼルとグレーテルに出てくるような魔女の住処なのだろう。
民家を諦めて、森を出ることを優先する。
「川沿いを歩いて、海を目指そう! とちゅうに集落とかあるはずだ!」
森を流離うこと三時間。
もやしにとって叛乱を起こす理由たり得る重労働だ。ウィーキング大好きな意識高い系の連中でもこたえるだろう。
歩くのに疲れたのでいったん休憩。座るのに良さそうな岩に腰かける。
忘れていたアイテムの確認をする。鞄の中身だ。
その前に、もう一度おさらいしておこう。
まずは今の装備だ。学生時代から愛用しているジャージに、サンダル。
所持しているアイテムは手持ち鞄と、クリーニング店で受け取るような、カバー付きハンガーに収まったお持ち帰りスーツ一式。
ポケットの中には、スマホと電子タバコ、お財布。
「ネットに繋げんからスマホのことすっかり忘れてたな……」
いつもなら、会社からのラインや電話でしょっちゅう振動していた。それが綺麗さっぱり途切れたのだからスマホの存在自体を忘れていた。まあ、動画を見られないというのが一番の原因だが、それは社会人としてどうかと思い胸の裡に留めた。
「確認、確認っと」
未確認の鞄の中身――こまごました物をしらべる。
筆記用具に着替えの下着、革靴、どうでもいい名刺は確認済みだ。
それ以外のこまごました物だが……、紳士のマストアイテムメンズボディシートに口臭タブレット、仕事してます感を出す手帳とペン。ほかにも細かいアイテムが入っていた。
ストックしている栄養ドリンクに、大好物のスルメジャーキー、モバイルバッテリーに予備のイヤホン、爪切り、耳かき……なぜかコンパクトなメジャーがあった。
財布の中身を確認した。電子決済をメインにしているので、現金をほとんど入れていない、カードばっかりだ。それでも中身を調べると、万札が何枚かあった。
「そういえば、オーダーメイドの革靴を作る予定だったな。おっ、革袋発見!」
見たことのない汚い革袋を手にとる。ズシリと重い。
オーストラリア旅行のお土産みたいな、アレの袋っぽい色をしている。
女神からの支度金か?
大きさも重さも桁違い。異世界といえば金貨や銀貨! 中身を期待できるぞ!
「どれどれ中身は…………」
革袋の口紐を解き、ご開帳。
悪人の笑みが似合う金の輝きがあった。金貨である。それが一〇枚とギンピカの硬貨も一〇枚。
現代社会では金貨、銀貨は金持ちの証。それが全部で二〇枚もある。革袋を持つ手が震えた!
「すげぇ! 金持ちじゃん!」
転生して良かった。
嫌な思い出の象徴である、ケースに入った社畜アイテム――名刺を破り捨てようとしたのだが……。
「ぐおっ、これメックチャ硬いぞ!」
名刺は恐ろしく頑丈で、俺の力では破くことはおろか、折り曲げることすらできなかった。
腹がたったので投げ捨てたら、近くにあった木を貫通した。
「あ、ありえん。名刺が木を貫通するとか……。ハッ! これが〈社畜アーツ〉の能力だな。ビジネスアイテムを武器に変えるとあったし。さすがは異世界、常識では計り知れん世界だ」
どうやら凄い武器のようだ。投げた名刺の回収に向かう。
貫通した木の裏に回ると、木の陰にあった岩が真っ二つになっていた。
「おい、嘘だろう! これ、どこからどう見てもただの名刺だぞ?!」
ダメ元で、スマホで位置情報を確認をしたら、白地図しか出てこなかった。
「一応、ネットに繋がっていると判断して良いのか?」
肝心の地図だが、俺の立っている場所と、行くべき方角が示されている。
まだチュートリアルは続いているらしい。
道に迷わないよう、目印代わりに名刺手裏剣を木に突き刺しながら森を進んだ。
暗くなった森を抜けると、そこには海が広がっていた。
ちょうど太陽が海に沈む頃合いだ。
美しい景色だが、感動できなかった。
野宿確定の瞬間である。美的感覚よりも絶望が勝った…………。
スマホで目的地を確認すると、ここから海沿いに北上するらしい。
「目的地に向かって真っ直ぐ歩いたつもりなんだけどな……」
カーナビ頼りの生活を送っていたツケだろう。いつの間にか方向音痴になっていたようだ。
「フッ、もやし属性に方向音痴もプラスされるとはな……」
絶望のドン底に落ちた今、俺に恐れるものはない!
「とりあえず寝床だ!」
寝床づくりを始める。
森の中は蛇が出そうなので砂浜に枯れ葉を敷いて、そこを今夜の宿とした。
星々の輝く夜空を眺めながら、考える。
「砂浜のベッドとか罰ゲームだろう。これなら、社畜のほうがマシだ。寝床と飯には困らないしな」
ぐぅ~~~、ぎゅるるるぅぅ~~~~~。
不満を鳴らす腹の虫。スルメジャーキーだけでは空腹を満たせない。
それどころか、塩気のある物を食べたので喉が渇く。
飢え渇きを我慢して寝た。
◇ 街
スマホの目覚ましアラームで起床。
社畜の性というべきか、二度寝することなく起きた。
「痛い……主に全身が……」
全身をバキバキ鳴らしながら、起き上がる。
昨日のあれが夢なら良かったのに……。そう思いつつ、旅支度。
最後の食料――栄養ドリンクを飲み干して、スマホで位置確認。
海沿いに北上すれば目的地に着く。どれほどの距離があるのか表示されない辺りに、女神のポンコツ具合が反映されている。
「あとで絶対に文句言ってやる。そんでもって、恩恵をたかる! アパートの契約が終わったら、即行でニート生活突入だ。絶対に引きこもってやる!」
愚痴を零しながら、目的地を目指した。
森の中で拾った枝で、草をペシペシ叩きながら歩く。
「あー、腹減ったなぁー。肉食いてぇー」
街道っぽい轍のついた道を見つけた。
「車輪の跡だ! 文明の匂いがプンプンするぞ!」
轍からして、軽自動車みたいな車幅だ。おまけに轍は細い。
「リヤカー、トゥクトゥクの類か? まあいい、人が通った形跡なのは間違いない。この轍を辿っていけば街に行き着く!」
安心の道しるべ轍! そこを歩く。
目的地まで残り半分というところで、旅人らしき一団を発見した。
こっちに向かっているようで、徐々に一団の姿形がハッキリしてきた。
一団は毛皮の服を着たおっさんたちだ。
昼間だというのに飲んでいるらしく千鳥足だ。おまけに物騒な斧やら槍を担いでいる。
なーろっぱ的な香ばしい匂いがした。
山賊や追い剥ぎの類だろう。
現代社会に生きるエリート社畜、チー牛のメンタルを持っていた頃の俺だったら、ビビって道を空けていただろう。だが今は違う!
頼もしい〈社畜アーツ〉と名刺がある。仕掛けてきたら返り討ちにしてやろう! そして金目の物を……。
「おっと、これじゃあ俺が追い剥ぎだな。でもまあ、勇者じゃあるまいし、そこまで世間体を気にしなくてもいいだろう。多少の役得は許してもらえるはず。なーろっぱじゃ、追い剥ぎをコロコロしても現代社会みたいに犯罪者にはならないからな。それどころか懸賞金をもらえるはずだ」
とたんにおっさんたちが札束に見えてきた。
ジャージのポケットに手を突っ込み、名刺を握り締める。
舌舐めずりしながら、悪人顔を意識して道を進む。
無論、警戒は怠らない。
おっさんたちが仕掛けた来たら、その時がチャンスだ!
殺しても正当防衛が成立するので、俺の良心は傷つかない!
相手は三人だが、樹木を貫通する名刺があれば恐るるに足りない。チュートリアに相応しい敵といえる。
そうこう考えている間にも距離が縮まり、札束たちの顔が鮮明になってきた!
一人はアイパッチをしていて、もう一人は口のまわりに髭を生やしている。三人目は頬に走る傷痕。
現代社会じゃなくても通報確実の悪人面。
間違いない、追い剥ぎだ!
距離が十歩ほどになると、おっさんたちが通せんぼするように横一列に並んだ。
きやがった! ぶっ殺してやる!
名刺を握る手に力が入る。さぁ、かかってこい!
「おめぇ、見かけねぇ面だな」
「着てる服もここらのモンじゃねぇ。どこから来た?」
「南から来ました」
「嘘くせぇ、なーんか嘘くせぇ!」
「兄貴、こいつ臭うぜ!」
「ああ、プンプン臭いやがる!」
……そういえば昨日風呂に入ってないな。
ジャージの袖を嗅ぐ。そこまで臭くない。若返っているので加齢臭もない。寝ている間に漏らしたのか?
股間に手をやる。湿ってないし、盛り上がってもいない。
なんの匂いだ? もしや、死ぬ前に食べたニンニクマシマシ限界ラーメンか! ニンニクは強烈だという。
慌てて、口臭予防のタブレットを口に入れた。
「おめぇ、一人旅か?」
「そうだ。それが何か?」
おっさんたちは顔を突きあわせてニヤリと笑った。
来るかッ!
身構えていると、おっさんの一人が鈴をくれた。
「ここら辺は熊の魔物がが出るからな、鈴はマストアイテムだ」
「……あ、ありがとうございます」
「なぁに、いいってことよ。困ったときはお互い様」
「じゃあな、兄ちゃん」
ゲラゲラ笑いながら、おっさんたちが遠ざかっていく。
「いいことしたわぁー」
「兄貴は優しすぎなんだよ」
「そういうオメーらも反対しなかったじゃないか」
「へヘッ、ちげえねえ」
「…………」
現代社会の荒波に揉まれ、俺の心は汚れていたらしい。
気の良いおっさんたちを疑った自分が、急に嫌になった。自己嫌悪に陥る。
「俺、知らないうちに汚れてた…………嫌な大人になってた…………。今度会ったらおっさんたちに酒でも奢ろう」
ニートとは別に、やるべき課題ができた。
気を取り直して道を進む。
夕暮れになって、高い壁に囲われた場所に着いた。
石積みの壁は頑丈そうで、それが左右に広がっている。
ぱっと見でも分かる、東京ドーム何個分という規模の壁だ。
「スマホの道案内によると、目的地はここだな。それにしても大きそうな街だな。ここまで来ると都市か……」
俺が引きこもるに相応しい都市だ。よし決めた、ここを拠点にしよう。
いざ壁の中に入ろうとしたら、鎧兜を着た兵士風のおっさんたちに囲まれた。
不審者イベント来るか! 怪しい奴め、と捕まえられて牢屋に放り込まれるんだな! そんでもって、これからお世話になるキャラとで出会うイベント発生! きっとそうに違いない!
急遽、立ったイベントフラグにドキドキしながら、両手を前に出すと、
「街に入るなら、身分証を見せろ」
「身分証?」
「とぼけるな。ギルドカード、もしくは国の発行した国民証だ! 税を納めているのなら持っているはず」
元々この世界の住人じゃないので、そんなもんは持ってない。
とりあえず、財布に入れてあるマイナカードを手渡した。
「見たことのないカードだな?」
「新しい国民証かもしれんぞ」
「またかぁ。この前は戸籍カードをつくったけど、あれ全然つかわれてねーし。税金の無駄遣いじゃねーか」
「しっ、貴族のお偉いさんに聞かれたらしょっ引かれるぞ!」
「そ、そうだったな。この前、新入りのサンチェがうっかり口を滑らせて投獄されんだっけ」
「サンチェかぁ、あいつ今頃どうしてるんだろうなぁ。おまえ、知ってるか?」
「そんなの知るわけないだろう。それよりどうするコレ」
「とりあえず魔道具に通そう」
おっ、異世界定番の魔道具か、一体どんな形をしているんだ?
兵士が取り出したのは、前世では旧式のカードリーダーらしきもの。そのカードリーダーにマイナカードを通す。
現代社会のそれと同じで、ピッと音がした。おいおい、なーろっぱの割には、案外進んでるじゃないか。
「新米平民か……」
平民に、新米も古米もないだろう……。どういう基準なんだここは?
「通行料に五〇バムもらう」
「五〇ばむぅ?」
「銅貨五枚だ! いい歳して、そんなことも知らんのか!」
荒い語気。明らかに無能に投げかける言葉だ。心が痛い。
異世界初心者に、非常識だと遠回しに言われても困る。だって知らないんだもん……。
言い訳したいが、素性を隠すため無能を装うことにした。
「すみません、ド田舎に住んでいたもので……」
金貨と銀貨は持っているが、銅貨は持っていない。お財布から十円玉を五枚とって渡した。
「見たことない銅貨だなぁ」
「俺にも見せてくれ。……なんだこれ硬いぞ!」
「どうする?」
「どうするって、こんなん初めてだぜ」
兵士たちは相談した後、別の硬貨を出すよう求めてきた。
銀貨を一枚手渡す。
「こっちは馴染みのあるやつだな。持ってるんなら最初からこっちを出せ」
お釣りに銅貨五枚をもらった。
銀貨一枚=銅貨十枚だと判明した。
銅貨が一〇バムなので、銀貨は一〇〇バムだ。分かりやすい通貨単位だ。
大層な門を潜る前に、宿泊施設の場所を聞くことにした。
「あのう、お聞きしたいことが……」
「なんだ?」
「この街にホテルはありますか?」
「ホテル? なんだそれは」
ホテルが無いだと! どういうことだ、これはッ!
とりあえず別の単語を出す。
「あー、俺の故郷の方言でして、ここら風に言うと宿ですね」
「宿か、宿といってもたくさんあるぞ。どんな宿だ?」
「できれば風呂付きで、食事の出るところを」
「風呂付きかぁ。だったら、道を真っ直ぐ進んで右手に出てくる〈豚の蹄〉亭だな。あそこは良心的だぞ」
「左手にある〈豚の尻尾〉亭には入るなよ。あそこはぼったくりで有名だからな」
「ありがとうございます」
「なぁに、俺たちは街を守る兵士だからなッ!」
「領民も守ってるぜッ!」
だったらぼったくりの店をどうにかしろよ……。
兵士のおっさんたちから、やる気は感じられない。どうも投げ槍で、いざって時に頼りにならない感がある。
この世界、大丈夫か?
ああ、それにしても腹減った。なんでもいいから飯を食いたい。




