13話 顔合わせ
翌朝、例によってスマホの目覚ましアラームで起きた。
起床時間は六時にセットしてある。
社畜の悲しい性か、解除を忘れてしまった。
前世では、たまの休日もこれで起こされたっけ。
ああ、早くニートになって目覚ましアラームの無い生活を送りたい……。
寝足りない気もするがベッドから身を起こす。
身体が痛い、主に全身が……。
「寝具は〈通販〉でお取り寄せだな」
昨夜、日当の銀貨五枚のうち、一枚を換金してプールした。〈通販〉で支払える貯蓄の増額だ。
前世では、朝起きたら洗面所で顔を洗って、それからコップ一杯いの水を飲んでいた。
セットしてあるコーヒーメーカーのスイッチを入れて、出来上がるまで営業用の情報収集――経済新聞を読むのが日課だった。
こっちの世界では、他社のお偉いさんと顔を会わすことがないので、のんびりできそうだ。
気軽な内勤万歳!
洗面所で顔を洗って、サッパリしてから共同キッチンへ足を運ぶ。
ギルドの勤務時間は朝八時から、昼の食事休憩を挟んで夕方の五時までとホワイト勤務。
しかし、ノルマはある。朝一番に振り分けられた仕事はその日のうちに終わらせなければならない。
弱肉強食の世界――能力主義の職場ともいえる。
昨日は初日だったので定時に帰ることができたが、今後はどうなるか分からない。これからは力を隠して、手を抜こう。デキる職員だと思われたら仕事を増やされそうだからな。
キッチンで日課のコーヒーを淹れようとしたら、備え付けの飲み物に粉が無かったのを思いだした。
昨夜、ルディスにからコーヒーは流通していないと聞いた。
遠く離れた別の国にあるそうだが、恐ろしく苦く人が飲むものではないとも言っていた。
コーヒーの偉大さを知らないとは、この世界の住人は損をしている。
コーヒーは働く男の必須アイテム。無いと知ると余計に飲みたくなるのが人情。
そんなわけで、ペーパードリップの安いコーヒーセットと粉を〈通販〉で購入した。
今回は送料も考えてセットでの購入。それでも五千円が飛んでいった。
スマホ決済を終えると、即座に目の前に現れる。
おまけで付いてた計量スプーンで粉を計り、セッティング。
ルディスからもらった魔石でお湯を湧かした。
数日ぶりのコーヒーを飲んでいると、寮の住人がやってきた。
ツンツン系高飛車の先輩は、身なりに拘るタイプらしく、ビシッと決めていた。
その証拠に、縦ロールのバネ強度が昨夜より強くなっている気がする。
ルディスと一緒にやってきた連中は、オス二匹だ。
一人は成人男性で、右足を引きずるようにして歩いている。
もう一人は小柄な少年だ。たぶん未成年だろう。それでいて一人暮らしをして間がない。ぼさぼさの髪とパジャマから容易に想像がつく。
新人歓迎が無かったのは、この界隈では一人暮らしは外食が定着しているからだという。
彼ら、彼女ら独身貴族が言うには、自炊は金欠のすることらしい。
ニート生活は質素堅実がモットー。自堕落ではあるが清貧である!
この世界の住人と相容れない存在だと再認識した。
気持ちを切り替え、自己紹介を兼ねた挨拶をする。
「おはようございます。新しく入ったヤシロ・チクマです。お二方は?」
成人男性が先に答えた。
「俺はファッツ。元冒険者だ。魔物と戦っているときに、運悪く膝に矢を受けてな……いまはギルドの用心棒って肩書きの苦情受け付けよ」
少年は眠たそうに目を擦ってから、
「アレクシオ、法律担当」
無愛想に言った。
「ファッツにアレクシオか、よろしく頼む」
握手を求めた。
普通は、お互いに自己紹介をして終わりだが、あえて握手を求めた。
握手は無料のコミュニケーションツールだ。
互いに手を握り合うと親近感が増すらしい。そう心理学の本に書かれていた。
よほど変わった価値観の人でない限り効力を発揮する不思議なおまじないだ。
ファッツは俺の差し出した手を固く握り締めた。俺を同僚と認めてくれたようだ。
この調子でアレクシオにも親近感を持ってもらおうとしたが、アレクシオ少年は露骨に嫌な顔で拒絶した。
その憎たらしさときたら、まるで吠える直前のチワワだ。
可愛くないガキである。
俺との挨拶が無かったかのように、アレクシオは野菜の入った箱を漁りだした。
差し出した手が虚しく空を掴む。
しばしニギニギやっていると、ルディスに肩を叩かれた。
「気にするな、アレクシオはああいう男だ」
「それくらい分かっているさ」
「ではなぜ突っ立っているのだ?」
「傾向と対策を考えていてだな……」
「そういうことにしておいてやろう」
ルディスがニヤつきながら俺の肩を叩く。
くっ、言い返せない!
それからコーヒーをがぶ飲みして、クソ固いパンを胃袋にぶちこんで出勤した。




