12話 肉づくし②
タン塩のお次はメインディッシュだ!
塩とコショウでお化粧した厚切りのハラミステーキ様をじっくり焼いた。
自称料理好きは、ニンニクの香りや風味を油に移したがるが、あれは愚の骨頂。
ニンニクの秘めたポテンシャルを殺す愚かな行為だ。
俺ほどのエリート社畜になると、軟弱なニンニクでは物足りない。おろしニンニクのライブ感を楽しまねば!
脳を揺さぶるワイルドな味は、昨今の草食男子が忘れかけた野生を目覚めさせてくれる。
物事を知らぬ女子は、おろしニンニクを臭いと非難するが、とんでもない! あれは社畜にとっての儀式なのだ。たった一人でブラック企業で戦い抜くため、必要な英気を養う崇高な儀式。
最後にプチハンバーグを焼いてフィニッシュ。
持論を展開している間に、ビーガン発狂間違い無しの肉のフルコースが完成した。
いざ実食!
「開幕は前菜のタン塩だ!」
タン塩に搾りたてのレモン汁をかける。
むわんとレモンの香りが立ちこめる。
深呼吸したら、フレッシュな香りが鼻腔をくすぐった。
美食家の好みそうな複雑で奥深い香りではなかったが、これぞタン塩! というストレートな勢いを感じる!
「こういうのでいいんだよ!」
昨今の日本経済は物価高騰傾向、それゆえ豪華な肉を我慢してきた。だが、今日は腹一杯肉が食える!
贅沢にタン塩の重ね食いをした。
厚切りにしたこともあるが、タンそのものに力強い歯ごたえを感じる!
生前わんぱくに育ってきた牛さんなのだろう。パワフルな食感だ!
それでいてサクサク噛み切れる。
味も濃い。わんぱくな味が口いっぱいに広がった。
牧場で飼い慣らされている軟弱者の牛ではこの味は出せないだろう!
「う、美味い! なんだこの美味さは! 大手フランチャイズ店の肉なんか比べものにならない美味さだぞ!」
気にしていた嫌なヘモグロビンの臭だが、まったく感じなかった。肉本来の臭いくらいだ。
しかし、それすらも高貴な肉だと思わせる良い香りに仕上がっている。
鮮度が良いのだろう。
臭いが少ない理由はほかにもある。肉のおっちゃんによる丁寧な下拵えだ。
牛を絞めた際に、ちゃんと血抜きをしているのだろう。
タンをスライスする際、まな板がほとんど汚れなかったのがその証拠。
名前を知らない肉屋のおっちゃんだが、彼のファンになった!
あっという間にタンを平らげる。
そして、ニンニクを利かせたハラミステーキだ。
こちらはシンプルな味付けなので想像の域を出なかったが、それでも柔らかく濃厚な肉々しい味は極上。
A5ランクの牛肉を何度か食べたことがある。あれは確かに美味いが、脂が強すぎて多くは食べられない。
だが、このハラミならいくらでも食べられる!
コメがあれば無限に食えるだろう。そう錯覚させるほどの中毒性のある仕上がりだった。
唯一残念な点は、コメを用意できなかったことだ。もし、悪魔がコメと引き換えに世界を差し出せと取り引きしてきたら、喜んで応じるだろう。それくらいコメに飢えている。
「コメさえあったらな……」
肉オンリーでモリモリ食った。
お次は、本日一番のお楽しみカルビのタタキだ。
俺は道徳的な人間だと自負しているが、今日だけは衛生基準法を無視した。リスク無くして美食無しだ!
本当は生肝を食いたかったが、あれは当たると死にしそうなのでタタキにした。
周りを焼いて休ませておいたカルビを薄切りにする。
外はこんがり、中身は生に近い激レアの仕上がり。ほのかな熱で溶けた脂が艶っぽい。
こちらはゴマ油を発見したので、それを贅沢にまわしかけた。
ひとつまみの塩をふりかけ、香り付けのショウユを数滴。肉のおっちゃんの腕を信じて食す。
ゆっくりと咀嚼する。この上ない美味が口の中いっぱいに広がった!
口内で、ゴマ油と牛さんのセクシーな脂、生肉の甘さが渾然一体となり、信じられない美味さを演出している。
「こんな美味い肉食ったことない!」
不覚にも涙を流してしまった。
ぼやけた視界の端に、もの欲しそうに指を咥えているルディスが映ったが、無視して食べ尽くす。
レアのタタキを半分食べたところで、腕を掴まれた。
「さっきから美味い、美味いと言っているが、生焼けの肉がそんなに美味いのか?」
ルディスを見やると、口の端が光っている。光の正体は涎だ。
凜とした脳筋だが、花より団子タイプらしい。要するに食い気が勝っているじゃじゃ馬娘ってことだ。
食い気が爆発寸前のルディスだったが、ショウユと卸したホースラディッシュを見た瞬間萎えた。
悲しそうに眉尻をさげる。
そして残念な子を見るような目を向けてきた。
「それ馬糞の汁だろう。そんなものをかけて食べるのか?」
「馬糞じゃないショウユだ! ショウユはれっきとした調味料だぞ!」
「でも、馬糞の……」
「馬糞じゃない、ミソだ! いい加減覚えろよ!」
「…………」
今度はジトッとした目を向けてきた。
無視して、タタキを食べる。
ショウユとホースラディッシュがいい仕事をしている。あっさりとして、かなり食べたあとなのにガンガン入る!
追加のタタキを最後の一切れを食べようとしたところで、
「あ、あぁぁ……」
女々しい声が耳に入ってきた。
振り向くと、涙目のルディスが涎を垂らしつつ、半開きになった口を波打たせている。
あれほど、ショウユを馬糞の汁だと非難していたくせに、食べたくて仕方ないらしい。
「なんだ。これがほしいのか?」
無言でコクコク頷く。
「おまえの大嫌いな馬糞の搾り汁をつけるんだ。要らんだろう」
「そ、そんなことはない。一口くらいなら味見をしても……いいかなと」
「そうか。俺は味見してくれとは頼んでいない。だから無理に馬糞の搾り汁を口にしなくてもいいぞ」
最後の一切れを口に持っていこうとすると、
「あああぁぁ……」
また情けない声を出した。素直になればいいのに。
俺も鬼ではない、これからともに仕事をしていく社畜友達だ。
それに魔石をもらった恩もある。
最後の一切れをあげることにした。
「しゃーねーな。食ってみな、飛ぶぞ!」
「飛ぶだとッ!」
「ほれ、あーん」
ひな鳥にするように、最後の一切れをルディスの口に運ぶ。
ツンツンした女が、素直に口を開いた。
「あー……」
なかなか良い眺めだ。屈伏させた感がある!
ルディスの口に、カルビのタタキを入れてやった。
「もぐもぐもぐもぐ…………」
結構長い間、もぐもぐやって最後にゴクンと飲み込んだ。
「感想は?」
「……美味い。残念だが認めよう、馬糞の搾り汁は美味だと!」
「おい、それもうやめろよ。次からはちゃんとミソの搾り汁って言え、っていうかショウユって言え」
「分かった善処しよう! だから、その……手つかずのそれも味見をさせてくれないか?」
ツンツン系らしくない、おずおずとした態度でプチハンバーグを指さす。
おまけで作った一品だが、丹精込めて作ったグレイビーソースをかけている。間違いなく美味いはず。
素直にくれと言えばいいものを……こいつプライド高過ぎだな。まったく素直じゃない奴め。
ルディスををツンツン系高飛車女に認定した。
腹もだいぶ膨れてきたし、魔石をもらった礼もある。くれてやろう。
「ほらよ」
「あー……モグモグ」
「美味いか?」
「んーーーー…………♡」
ルディスは満面の笑みで親指を立てた。
◇
勤務初日は気疲れしたので早めにベッドインした。
経理の仕事は簡単だった。会社で受けさせられた適正試験みたいな計算だ。
しかし、それが丸一日となると疲れる。
なんせ呆れるほどの量の書類を片づけないといけないからな。
初日から計算間違いとか恥ずかしいので、本気で計算しまくった。
おかげで腹が膨れると眠い眠い。
そんなわけで、仕事終い特有の達成感に包まれながら心地良い眠りに落ちた。




