11話 肉づくし①
三番目の調味料はハバネロだった。
舐めた直後に、頭が爆発しそうなパッションを感じた! 滾るような情熱を全身を使って表現する。
「んごあぁぁあああああぁぁああぁぁああああーーーーッ!」
「大丈夫か、ヤシロッ! 傷は浅いぞ! さあこれを飲め」
ルディスが水の入ったコップを突き出してきたので、疑いもせず一気飲みした。
とたんに、喉に、食道に、胃に、激痛が走った。
「おごわぁぁあああああアアアアーーーー! 腹がぁ、胃袋がぁぁぁーーーーーー燃えるぅぅぅ!」
「ここまで薄めても、まだ効くのか。恐ろしい悪魔の調味料だ」
「お……おまえ、俺で……試したな! よい子が真似したらどうするんだッ!」
「安心しろ、私はよい子だ。真似したが何も起きないぞ」
「俺が言っているのはそうじゃなくてぇ…………胃がッ、胃がぁぁあああーーー!」
想像を絶する激痛に、全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出した。
いいだろう。この仕打ち甘んじて受けよう!
俺は、異世界で名を残すニートになる男。美談だけではクズニートと蔑まれてしまう。
ニートが如何に過酷な職業かを知らしめるためにも、不遇な時期は必要。
挫折や苦難は物語のアクセントとなるだろう。そこらへんは酒場で弾き語る吟遊詩人が、上手く脚色してくれるはず。
俺に続く後輩ニートたちも尊敬の眼差しを向けてくれるに違いない!
が、それと現在進行形で襲ってくる激痛は別の話。
もし、過去に転生できたなら、ハバネロを生みだした人物を闇に葬ろう。
この調味料という名の悪しき化学兵器が世に出る前に……。
なんとか激痛を乗り越え、備え付けの食材のチェックに移る。
「で、食材は? ランプートさんから、ある程度は置いてあると聞いてるけど、どこにあるんだ」
「どこって、そこだ」
「そこ?」
「本当に常識が無いのだな。食材といえば木箱だろう!」
「……す、すみません」
「貴様、一体どういう教育を受けてきたのだ。親の顔が見てみたいものだ」
異世界初心者で常識知らずは認めるが、かなり失礼な物言いだ。
いい歳をした女が男とガチのケンカとか、ルディスも大概だよ……。
「い、田舎者なんでつい……」
弱味を見せたとたん、もみあげロールのツンツン娘はドヤ顔で俺を見下した。
「ほーう、田舎者か……やはり私の睨んだ通りお上りさんだったわけだ……」
「……さ、さーせん」
「謝罪の言葉を口にするか……なるほど、私のほうが上だと認めたのだな」
ぜんぜん、これっぽっちも認めてません。
気に食わないが、下手に出てこの世界のキッチン事情を教えてもらった。
この世界の一般家庭に冷蔵庫がないと知る。
とても高価なアイテムらしく、貴族でも勝ち組の家にしかないと聞いた。
やはり金か! 世間体とかどうでもいいから金がほしい!
そして引きこもってゲーム三昧の日々を送る。食っちゃ寝込みでなッ!
そのためにも資金を稼がねば。
金策も必要だが、ここは腹ごなしを優先させよう。
世知辛い現実から逃避して、食材探しに打ち込む。
木箱の中身は気合の入っていない野菜がほとんどだった。
どれもこれもシワっていて覇気がない。
ジャガイモは婆さんみたいにシワシワで、ニンジンは釣り竿みたいにしなる。
ネギの類は最悪で、先のほうが黄色くなっている。
スーパーのおつとめ品ワゴンに取り残された、処分間近の野菜みたいだ。
「この野菜って、購入しているのか?」
「いや、商人からもらっている。売れないと踏んで、腐る前に処分したいのだろう」
「それって、ただのゴ……」
「ゴミではない。まだ食べられる!」
肉に合う野菜をチョイスした。
根性のなさそうな薄緑色のホースラディッシュ。よく見れば芽の出かかっているニンニク。力を入れて握り締めるとヘコみそうなレモン。こいつらを選別した。
肉に対抗するには心許ない野菜たちだが、一応の陣容はととのった。
本音を言うならコメがほしいのだが、この辺りでは栽培していないらしい。なので、コメ抜きだ。
固くなったパンもあったが、男飯と言えばコメ! ガッツリ系の肉料理でパンなどありえない!
軟弱なチー牛以下の食事だ! ああいうのは、手軽にすますサンドイッチとハンバーガーだけでいい。
今夜はなぁ、就職祝いも兼ねて豪勢に行きたいんだよ! コメがないとか拷問じゃねーか!
それにしてもコメが手に入らないのは痛い。
この世界ではあまりメジャーな食材ではないので、行商人も滅多に運んでこないという。
せっかくタマネギとショウガがあるのに、これでは主食のギュウメシが食えない。
引きこもる前に生活環境をととのえる必要が出てきた。
幸いなことに商業ギルドに勤めている。社畜スキルで成り上がろう!
そして、この世界の経済を牛耳るのだ!
すべてはコメのために!
新たな目標ができたところで、クッキングタイム。
今日の晩飯は豪華な肉づくしだ。
タン塩レモンを前菜に、ニンニクの利いたハラミステーキ、カルビのタタキ、端材のハンバーグでフィニッシュだ。食後の口直しにレモンスカッシュと、独身男子にしては家庭的な献立となっている。
肉を適当な大きさに切ったところで問題が発生した。
調理器具だ。
現代社会日本のそれと異なって、変なデザインをしている。
原始的な薪で火を熾すタイプではないものの、使い方が分からない。
俺は恥やプライドに価値観を見いだせない男なので、素直にルディスを頼ることにした。
コンロらしき物体を指で差す。
「これどうやって使うんだ?」
「なんだ、魔道具コンロも知らないのか?」
おっ、異世界系定番の魔道具の登場か。
使い方とかマジで知らんし、説明してもらおう。
「自慢じゃないが、知らん」
「ふっ、これだから田舎者は困る」
ルディスの態度がでかくなった。
腰に手を当て、有るのか無いのか分からない胸を反らす。もちろんドヤ顔で、完全に俺を見下している。
そういえば、お上りさんとか言ってたな。
ふんッ、中世の田舎者め! 俺はなぁ、最先端の科学技術がいっぱい詰まった大都会で生活してんだよ。
そんじょそこらの田舎者とは違うんだよ。
などと正体をバラすわけにもいかず……。
「はい、田舎者の賎しい庶民です。すみませんが使い方を教えてください、ルディス様」
「ほう、身の程を知ったか。仕方ないな、今回だけ特別に教えてやろう」
とまあ、こんな具合にチキンな態度でへりくだってしまった。
実際、知らないことを知っていると嘘をついても、俺に得るものはない。教えてくれるのなら、素直に頭を下げるべきだろう。
プライドマシマシの無知ほど滑稽なことは無いしな。
それにしてもムカつく女だ。ここまで人を見下す女だったとはな。
ルディスは女神の次に嫌いなタイプだ。
俺は話の分かる大人だが、ルディスに不安が残る。
こいつ、教えてほしければ靴を舐めろとか言わないよな……。
不安は見事に外れ、高飛車に思われたルディスが親切に魔道コンロの使い方を教えてくれた。
「魔道具コンロにダイヤルとボタンがあるだろう」
「あるな」
「ボタンで着火と消化、ダイヤルは火力調整だ」
「ほうほう、ちなみにだが、火力は微調整できるのか?」
「ダイヤルを回して調整する。弱めすぎると火が消えるから注意しろ」
レトロなガスコンロみたいな操作方法だな。
ちなみに燃料はガスではなく魔石だ。
この魔石は支給されず、個人で購入するとのこと。
ついでに、ほかの家事用魔道具について尋ねる。
「コンロ以外の魔道具は?」
「無い、魔道具は高価だからな。よその借家は風呂すらついていない。コンロがあるだけでも良いほうだぞ」
もっと便利な家事用魔道具があると思っていたのに、コンロだけか。
そういえば冷蔵庫は貴族クラスのアイテムだって言ってたな。
貧富の差の激しさに絶望した。
初日から職場の先輩に借りを作るのはよろしくないが、肉を食うためだ。靴ペロを覚悟して頼み込んだ。
卑屈モードで全開で揉み手をしながら、頼み込む。
「あのう、魔石、貸してくれませんか?」
「なんだ持ってないのか?」
「恥ずかしながら……」
揉み手に営業用スマイルもプラスした。
「仕方ない奴だな、同僚のよしみだ。私の使い差しをくれてやる」
「へへっ、ルディス様、ありがとうございます」
ニチャァ、と笑みを浮かべると、ルディスは一歩後ろにさがった。
どうやら、俺の笑みは汚いらしい。
「気味の悪い奴だな。さっさと夕食をつくれ」
気を取り直して、熱したフライパンに牛脂を放り込む。
フライパンに脂の艶が広がると、熱い男のオーラが立ちのぼった。
肉を焼けとフライパンが叫んでいる。
ガッツリヤキニクを堪能したいところだが、まずはカルビのタタキだ。
まずは食中毒にならぬよう、大胆に周囲を削ぎ落とす。ケチらず、大胆に!
削いだ肉は包丁で細かく刻んで、ミンチにした。牛肉一〇〇パーセントのプチハンバーグだ。
それが終わるとハラミのタタキだ。
フライパンでジュージュー焼いて焦げ目をつける。ほどほどに熱を通してから皿に移動。一番のお楽しみは丁寧に。
お次はタン塩。
下味なんて女々しいことはしない。男の料理は大胆に……。
厚めにスライスしたタンをフライパンに叩きつけてやった!
奴らが灼熱地獄で悶え苦しんでいるところに、コショウと塩を振りかける。
良い具合に反ってきたら、こちらも皿に。まだレモンは搾らない。
ここでレモン汁をかけると冷めてしまうからな。




