10話 肉とショウユ
暴力女に半殺しにされてから、肉屋へ行った。
この世界に部位という概念はなく、なんの肉かで値段が変わる。
肉の相場は、牛>豚>鶏と前世と同じだ。
ただ、現代社会日本では手に入りにくい肉もある。
馬、羊、ヤギ、それにダチョウ。
この世界では、ダチョウは乗り物として存在し、そして食糧だった。
過去に何度か食べた馬肉や羊肉の味を思いだし、再チャレンジしてみたかったが、宿屋で食べたヘモグロビンの味が邪魔をする。
前世での思い出は綺麗なままで残しておこう。
無難に牛肉を選んだ。
ちょっとお高めな肉なので売れ残りが多く、おかげで相場より安く購入できた。
選んだ部位はハラミ。あの柔らかく肉の味の濃い部位が好きだ。結婚してもいいと思えるほどに。
それ以外の部位も買った。タンだ。牛一頭からとれる量の少ないタンが、ここではクズ肉として扱われていた! アレを捨てるなんてとんでもない! この世界の住人が無知だと判明した。
上手くいけば、これから毎日破格でタン塩やタンシチューを食べることができる。
当分は、タンの美味さを秘密にしておこう。
ハラミとタンだけだと偏るので、カルビも購入した。
一キロ近く購入して、お値段銅貨四枚。
この世界における銅貨は日本円で約千円。肉の代金が四千円ということになる。
物価安万歳! この世界が気に入った!
これでコメがあれば完璧だ!
帰り道、なぜか俺を半殺しにしたルディスに謝られた。
「すまない。強く殴りすぎたようだ。本当に反省している……許してくれ」
殊勝な心懸けだ。
しかし、ツンツン女が急にペコペコしだしたのは腑に落ちない。理由を聞こう。
「なんで、いまになって謝るんだ?」
「いや、その……捨てるようなクズ肉を買うなんて信じられないのでな……私が強く殴りすぎたとしか思えなくて。…………その、ええっと……本当にすまない」
タンはゲテモノ扱いなのだろう。
ルディスは憐れむような目を向けてきた。
それもかなり重症な子を見る目だ。
学校にいる、クラス最底辺をぶっちぎりで進んでいる痛い子を見る目つきを思い出す。
「…………」
言い返したいところではあるものの、食い気が勝った。
昨日の宿屋で食べたクソマズ飯が尾を引いている。
まともな料理を食べたいとい願望と、安く肉を仕入れられた希望で自分を誤魔化しているものの、現在の俺は食に飢えている。
早く飯を食いたい! それも俺が好む味の飯を!
寮に戻ると、一直線で共同キッチンを目指した。
彼女いない歴=実年齢だった俺に死角はない!
独身生活が長かったので、炊事、洗濯、お掃除となんでもござれだ!
ちょっとばかし強気になったが、こっちの世界では黙っておこう。
うっかり口を滑らそうものなら、モテないことがバレる。
恋愛弱者は社会弱者。弱肉強食の世界で弱味を見せてはならない。
本音を言うと、恋愛強者の女子に食べられたいが、ああいう逞しい女はすぐに男を捨てる癖がある。
何事もほどほどだ。
ガッツかず、しれっと大人なキャラで通そう。
そのほうが女神の望む隠者らしいだろう。
恋愛強者のフリをして、ニートを目指さなければ……経験ゼロだけどな。
考えていて虚しくなってきたので、調理にかかる。
クズ肉扱いされていたタンは、肉のおじちゃんに下処理してもらっている。胃袋がご機嫌になるハラミもだ! スーパーで売っている安物みたいにスジが無い! 肉のおっちゃんは、この世界における父である。今後も贔屓にしよう!
まずは共同キッチンに常備されている調味料のチェックだ。
逆さ吊りにされた小洒落たハーブや、原料そのまんまの粒コショウ。ちいさな壺に入った塩。
砂糖は高級品なので置いてない。その代わりに水飴の入った壺がある。
最低限の調味料は揃っている。が、何か物足りない。ほかにも無いか聞いてみよう。
出来合いの串焼きを貪っている、ルディスに尋ねた。
「調味料はこれだけか?」
「ほかにもあるぞ」
あまり使われないのか棚から調味料らしき物体をいくつか取り出す。
トウガラシと、いくつかの原材料が入った壺。
壺は三種類。
中身は正体不明のドロリとした粘液、ミソとおぼしきウ●コ色の半固形物、それと見るからに辛そうな赤い液体だ。
「人気のない調味料だ。好きにして良いぞ。……ただ、その茶色いのはやめておけ、人間性を疑われる」
「人間性って?」
「どう見ても馬糞にしか見えんからな。スプーンで掬う時に手に伝わるもったりした感触といい、乾いた部分の割れ方といい」
「おい、これから料理しようって人に、そんなこと言うなよ」
「すまん。だが人として道を外さぬように注意しただけだ」
まあ、言わんとすることは理解できる。ミソを知らない人からすれば、まさにウ●コだからな……。
とりあえず、スプーンで掬って味見する。
「まずはこのドロリとした調味料から……」
口に入れようとしたら、ルディスが俺の肩を掴んだ。
「ヤシロ! 初手でそれを試すのかッ!」
「いや、だって味をたしかめないと」
「好奇心ネコを殺すと格言がある。馬糞を外したのは良い判断だが、戸棚に仕舞ってあった調味料だけはやめておけ」
「…………」
「忠告はしたからなッ!」
かなりヤバイ調味料らしい。が、置いてあるということは人体に影響は出ないはず。
ビビりながらドロリを舐める。
脳を直接殴ってくるような奇妙な味がした。
健康に良いが、喉が飲み込むのを拒否する味! こいつの正体を俺は知っている!
「これ、プルー●じゃねーか!」
「プルー●とはなんだ?」
手短に説明した。味や効能、現代社会での地位まで事細かに。
「言い得て妙だな。その調味料を置いていった商人も同じことを言っていた」
「ところで、これ売れるのか?」
「健康食品という触れ込みなので、味覚音痴の高齢者に売れるらしい」
「…………」
気を取り直して、ミソの味見に移る。
今回はミソにスプーンを突っ込もうとしたら、強引に腕を掴まれた。
「ヤシロッ! おまえ、ニンゲンを辞めるつもりなのか? その覚悟はあるのか?」
ルディスが、俺を揺さぶる。
「今からでも遅くはない。壺に蓋をするんだ」
「…………」
「私はおまえのためを思って言っているのだぞ。いまならまだ引き返せる。それだけは口にするな」
人のことを散々殴っていた割に、世話焼きな女だ。
しかし、その表情は真剣そのもの。
俺のことを心配してるのだろう。
案外、いいとこあるじゃ…………。
思考が強制終了させられた。
「何かあったら私が虐めたと思われる」
そっちかよ!
「安心しろ、俺はこれに似た調味料を知っている。」
「おまえ……馬糞を食ったのか!?」
「勘違いするなこれは馬糞ではない、れっきとした調味料だ!」
ルディスを無視して、ミソにスプーンを突っ込む。
ヌチャァァァッ!
「や、やわい!」
かき混ぜる。どうも水っぽい。もしかすると!
「おい、このミソは何年物だ?」
「知らん」
「大体でいい、覚えてないか?」
「馬糞のことなど覚えていない」
壺からミソを掬い、スプーンを握った手を振りかぶる。
「いいから言えよ。じゃないと投げるぞ」
「待て、落ち着け。冷静に話し合おう」
「で、どれくらい古いんだ?」
「私が寮に入る前からあったから、最低でも二年は経っている。それよりも過去のことは知らん。これでいいだろう。その物騒な物を下ろせ」
あまりにもルディスが怯えるので、フォームを解いてやった。
「ということは熟成されているってことだな」
水っぽいミソを取り出し、布巾で包んだ。そして、用意した受け皿の上で力一杯絞る。
「馬糞を絞るなんて……貴様、気でも触れたかッ!」
ピチョン。
黒色の液体が受け皿に落ちた。
皿に落ちた液体を指につけて……。
「戻ってこいヤシロッ! いまならまだ間に合う!」
ギャーギャーうるせぇ女だな。無視して、液体を舐める。
「ヤーーシーーローーッ!」
愛すべきショウユの味がした。




