第26話 お台場
「マル被制圧! 繰り返す、マル被制圧!」
「マル被は死亡と見られる!救急隊と鑑識の臨場を要請する!」
警察無線の周波数を許可を得て傍聴している第101電子戦隊の指揮通信車でも、モニターを埋め尽くしていた凄まじい電子ノイズが、嘘のように消え去った。
「ジャミング消失! ターゲットのスペクトラム、クリーンに確認できます!」
これまでテロリスト「カラス」が展開していた広帯域雑音妨害は、2.4GHzから5.8GHz帯にわたる広大な周波数領域を、デシベル値の限界まで跳ね上がった白色雑音で埋め尽くしていた。しかし、電子戦システム「NEWS」の解析要員は、このノイズの海に潜む不自然な規則性を逃していなかった。
ジャミングの出力に同期してミリ秒単位で明滅していたのは、敵のコントローラーが放つ擬似ランダム・周波数ホッピング信号だ。NEWSは、妨害電波の背後に隠された信号の立ち上がりをナノ秒単位でサンプリングし、敵が使用している暗号学的擬似乱数生成器のアルゴリズムを、機上のビッグデータ解析エンジンによって既に割り出していたのである。
「制御信号のホッピングパターン、完全同期! NEWS、割り込み送信開始します!」
ジャマーの電源が遮断され、電磁波の凪が訪れた刹那を、システムは見逃さなかった。
「インカージョン・パルス、照射! マスター・オーバーライド実行、C2リンクを強制確立!」
車体上部の高利得フェーズドアレイ・アンテナが、ドローン群へ向けて指向性の鋭い高出力電波を一点集中させた。敵のコントローラーが次のホッピング先に遷移する瞬間に、NEWSが先回りして「より強力な信号強度」で偽の制御パケットを送信する。ドローン側の受信機は、信号対雑音比(SN比)で圧倒するNEWSの信号を「正当な親機」として認識し、テロリストとの認証を物理的に上書きさせた。
「マイクロドローンの指令周波数、確保! 操縦権、完全にこちらに落ちました!」
戦術コンソールの画面上で、都心へ殺到していた無数の赤い輝点が、一斉に自衛隊の管理下を示す青色へと反転した。
レインボーブリッジの主塔を越え、東京の心臓部へ手をかけようとしていた死の霧が、まるで意思を持った巨大な鳥群のように空中でピタリと静止した。
「全機、方位1-8-0。高度30まで降下。処分海域へ誘導せよ」
オペレーターがジョイスティックを力強く叩き込むと、数十機のドローンは一斉に180度の機首転換を見せ、東京湾の中央防波堤外側、海上保安庁の規制によって人影も船影もない廃棄物処理場周辺の無人海域へと誘導されていく。
「全機、緊急降下コマンド……送出!」
一斉に海面へと没していくドローン群。水しぶきと共に、致死性の霧は深い海へと封じ込められた。
「ターゲット、全機ロスト。処分完了しました」
その報告が無線を通じて流れた瞬間、指揮車内、警察、自衛隊、消防や海保の前線指揮所、そして息を呑んでモニターを注視していた総理大臣官邸に、安堵と、極限の緊張から解き放たれた重い沈黙が流れた。




