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東京テロ・ハンター 警視庁公安部外事第4課  作者: 中央国家安全委員会主席
第1章 異教の毒霧

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第23話 青海

東京都江東区 青海

制圧班員らが迅速に倒れたテロリストの死亡を確実に確認し、AK74小銃やマカロフPM拳銃を足で遠ざけていく。影山巡査長は射殺された男の1人に傍らに膝をつき、その首筋を検分した。

「……三日月型の傷、確認できず。カラスではありません」

影山の報告を聞きながら、班員の一人がコンテナの背後、床の一角に不自然な影を見つけた。

「床面に開口部を発見!」

制圧班員たちが、銃口とともにタクティカルライトの強烈な光を向けると、厚い鉄板と木材で隠されていた、直径1メートルほどの暗い縦穴が口を開けていた。日光の届かないその穴の奥からは、カビ臭い湿った冷気が吹き上がってくる。

後に公安部の捜査で判明することだが、この穴の下は1980年代のバブル期、臨海副都心開発の先駆けとして、ある業者が、監督官庁と十分調整せず先走って開削した共同溝の跡だった。平成不況の煽りを受けて計画は頓挫し、現在東京都港湾局や建設局が保管している図面には存在しない「忘れられた地下通路」である。

「マルヒ、逃走の可能性。地下に逃げ込んだようです」

ライトの光が、地下へと続く錆びついたタラップを映し出す。影山は拳銃を構え直し、底の見えない闇の深淵を凝視した。敵の首魁、「カラス」を取り逃がしたかもしれないという焦燥が、制圧完了の安堵を塗りつぶしていった。

ドック内の制圧が完了しつつあったその時、平穏を装っていた東京湾の海面に不気味な震動が走った。


全長1570メートルの岸壁と5つのバース、多数の付属施設からなる広大な青海コンテナ埠頭、公共埠頭のドライコンテナ置場に整然と並べられた無数の色とりどりのコンテナ群。海上輸送でごく一般的な40ftドライコンテナの1つで異変が起きた。緑色に塗装された鋼材の天井が機械音とともに2つにせり上がり、コンテナ内から4機の大型クアッドコプターが、空気を切り裂くハミング音を発しながら浮上した。

機体は重力に抗うように垂直に急上昇し、高度300メートルの空域で静止し、機体下のポッドに納められている、とある装置をフル稼働させ始めた。その直下、コンテナから今度は数十機の黒い単プロペラのマイクロドローンが、弾丸のような初速で射出される。まるで、2025年、ウクライナ保安庁が遠隔操作で開口する偽装コンテナに仕込んだFPVドローン群によりロシア空軍の爆撃機基地に甚大な被害を与えた、「蜘蛛の巣作戦」を彷彿とさせる光景だった。

そのコンテナは、何者かに書き換えられた電子データによればアメリカの大手オンライン小売事業会社が荷主であるとされていた。今回の警察による大騒ぎがなければ、数時間後に練馬区内にある同社の大型物流センターへ向け、都内の小規模な運送会社のトラックで搬出される予定になっていた。トラックの運行経路では、ちょうどオフィスビルから外に出てくる人々も多い昼休みの時間に新宿、渋谷、大手町の中間付近の地点を通過する予定であり、そして――。

機体の内部に充填されているのは、一呼吸で生命を刈り取るノビチョクの高粘性エアロゾル。陽光を浴びて煌めく数多のプロペラが死の霧を抱えたまま四方へと加速を開始する。東京を未曾有の地獄へと変えるカウントダウンが、蒼穹のなかで無慈悲に刻まれ始めた。


江戸川河口の遥か上空、高度数千メートルをゆったりと旋回する航空宇宙自衛隊、青森県の三沢飛行場から飛来してきた飛行警戒監視群第601飛行隊の早期警戒機、E-2D「アドバンスド・ホークアイ」。その背に冠した直径7メートル超のロートドーム、|アクティブ電子走査アレイ《AESA》方式の円盤型レーダーが静かに、東京湾の全域を電磁波の網でスキャンしていた。

機体後部のお世辞にも広いとは言えないキャビン。機上兵器管制幹部と機上警戒管制員、3人のオペレーターが向き合うコンソールには、最新鋭の窒化ガリウム素子を用いたAN/APY-9レーダーで捉えたデジタル情報が、高精細な輝点として表示されている。

「ルックダウン機能、最大出力」

機載コンピュータが海面やビル群からの乱反射(クラッター)を瞬時に演算・除去し、地表近くを這う極小の標的を炙り出していく。E-2Dの真骨頂は、この圧倒的な「ルックダウン(見下ろし)」能力にある。地上付近の標的が背景に紛れる従来のレーダーとは一線を画し、海面スレスレを飛ぶ巡航ミサイルや、都市の谷間に潜む小型ドローンさえも逃さない。

「お台場付近、目標捕捉。……4つです。4つの編隊に分かれました。各群、およそ10機から20機」

オペレーターの視線の先、透過型ディスプレイには、お台場から見て内陸方向、つまり東京の心臓部である人口密集地域へ向かって扇状に散開する4つの群れが鮮明に投影されていた。

「高輝度の電子妨害(ECM)を確認!……」

機上警戒管制員が息を呑んだ。

「テロリストがジャミングだと!?厄介な……」

4機の大型ドローンからは、目に見えない高出力の広帯域雑音妨害バレッジジャミングが四方へと放射されていた。警視庁機動隊の迎撃ドローンや地上からの制御乗っ取り企図を無力化する、電子の鉄鎖。お台場上空に、物理的な壁をも凌駕する強固な「電子の傘」が形成され、数十機の小型ドローンはその電子の結界の真下を飛んでいるのだった。


地上では、警視庁の無人航空機対処部隊(I D T)が即応する。彼らは2015年の首相官邸ドローン落下事件を契機に、世界に先駆けて結成された「空の機動隊」であり、警視庁機動隊10個隊から隊員を選抜して編成されている。

豊洲の岸壁に横付けされた警察車両のハッチが開き、隊員たちの手によって迎撃用大型ドローンが次々と発艦した。機体は市販のプロ機をベースに警察独自の改修を施した、全長一メートルを超える6発エンジン機(ヘキサコプター)。下腹部には、テニスネット大の捕獲網を射出するカーボン製の円筒ユニットが鈍く光っている。

IDTの迎撃ドローンの戦術は、相手のプロペラにネットを絡ませて物理的に「捕獲」することだ。しかし、高度300メートルから降り注ぐECMの傘が、デジタル信号の糸を寸断した。

「駄目です、同期できません!」

車両キャビン内、地上操作卓のモニターが激しい砂嵐に覆われ、テレメトリデータが消失する。空中の迎撃機は、電子の濁流に平衡感覚を奪われた鳥のように激しく身悶えした。機体制御を司る慣性計測装置(I M U)が異常値を吐き出し、自己診断プログラムがフリーズ。

1機の迎撃ドローンが、断末魔のようなプロペラ音を上げて反転した。姿勢制御を完全に失った鉄の塊は、重力に引かれるまま豊洲のコンクリートへと叩きつけられ、無残な火花を散らして沈黙した。


豊洲6丁目公園の広大な芝生広場に埼玉県の朝霞駐屯地から急行し、展開を完了させていたのは陸上自衛隊電子作戦隊、第101電子戦隊の精鋭たちだ。彼らが運用する|ネットワーク電子戦システム《NEWS》は、複数の大型トラックに搭載されたアンテナ車や受信車、指揮解析車で構成される、陸自最新鋭の電磁波兵器である。

このシステムは、防衛省・自衛隊が過去数十年にわたって絶え間なく収集してきた中国、ロシア、北朝鮮の膨大な電波情報を蓄積するデータベースを基にその真価を発揮する。本来であれば、北朝鮮の弾道ミサイルが放つ微弱な誘導電波さえもキャッチし、信号を偽装して進路を日本側の意図する方向へ書き換える——つまりミサイルを「乗っ取る」ことすら可能とする、国防の隠し玉であった。

しかし指揮車内に満ちているのは、かつてない焦燥だった。

「解析不能! 全帯域にわたって重畳的なノイズを検知! 標的の制御プロトコルが特定できません!」

オペレーターの絶叫が、電子機器の冷却ファンの音をかき消す。今回のECMは、NEWSが長年蓄積してきた「露華鮮」のパターンとは根本的に異なるアルゴリズムを持っていた。後に警視庁公安部と防衛省情報本部が突き止めることになるが、この妨害装置(ジャマー)は、世界最強の電子戦能力を持つイスラエルに対抗すべくイラン革命防衛隊が極秘裏に開発しており、イランの政情不安の際に流出した新型の軍事技術だったのである。

「駄目です、ハイジャックのための干渉波が弾かれます!」

日本の電子戦能力を象徴するNEWSの巨大な指向性アンテナが、虚しく空を仰いでいた。


中央防波堤の南側、東京湾の重苦しい湿気を含んだ海上で、5機の鉄の死神がホバリングを続けていた。

千葉県の木更津駐屯地から東京湾を渡ってきた、陸上自衛隊東部方面航空隊、第111飛行隊。編隊の先頭に立つのは純国産の観測ヘリコプターOH-1「ニンジャ」だ。宙返りすら可能な高い運動性と操縦性を備えるこの細長い機体は、メイン・ローターマスト下方に取り付けた索敵サイト--可視光カラーTV、赤外線センサーとレーザー測距離装置を一体化し、昼夜問わず標的を監視できる--で、お台場上空に居座る不気味な4つの影を凝視している。

その背後には、4機のAH-1S対戦車ヘリコプター「コブラ」が、海面を叩きつけるローター音とともに翼を並べていた。

コブラは、正面から見ればわずか約1メートルという極端にスリムな胴体が特徴だ。敵の対空火器からの被弾面積を最小限に抑えるための洗練された戦闘美。側面にはスタブウイングと呼ばれる小翼が張り出し、左右それぞれに、対戦車ミサイル「TOW」4発のランチャーと、25メートルプールの一面に相当する範囲を1発で破壊可能な70ミリロケット弾を19発装填した蓮根のような形状のポッドが、毒針のように備えられている。

2番機の前席に座る射撃手(ガンナー)の3等陸尉の視界では、機首下部の旋回式3連装20ミリガトリング砲が、ヘルメット装着式サイトの動きつまりガンナーの視線と連動して不気味に首を振っていた。このガトリング砲は頑丈な軍用装甲車すら破壊し、人体など近傍を掠めただけでミンチに変えてしま破壊力を持つ。本来、武器システムはスタンバイ状態にしておくものだが、今日は違う。都心へ向かう見えない脅威を確実に墜とすため、すべてのスイッチは最初から実戦のポジションへと叩き込まれていた。

「ターゲットの目視確認を完了。だが、撃てない」

第111飛行隊長の苦渋に満ちた声が無線に流れた。

E-2Dからのレーダー情報、電子情報と、OH-1の索敵サイト及び、地上の警視庁機動隊員が持つカメラの望遠レンズで捉えた高解像度画像が、埼玉県、朝霞駐屯地の一角にある統合作戦司令部(J J O C)の大型スクリーンに同期されている。電子の傘を形成している大型クアッドコプターの機体下部には、マイクロドローン群と同様、化学剤を充填したと思われる不透明な大型容器が、見せしめのように括り付けられていた。

「ガトリング砲で容器を破砕すれば、直下の有明・豊洲エリアに化学剤が降り注ぎます。二次被害の予測範囲は……計算不能です」

第111飛行隊長がJJOCに無線で告げた報告は非情だった。直下には高層マンションが立ち並び、数万の市民が生活している。ここで大型機を撃墜、あるいは空中で粉砕すれば、拡散した「死の霧」によって湾岸地区が壊滅することは火を見るより明らかだった。

大泉総理を頂点とする自衛隊と警察の各級指揮官たちは、戦慄とともに決断を阻まれていた。マイクロドローンを野放しにすれば、都心の各地--逮捕されたサイードの供述から推測するに、新宿、渋谷、池袋それに東京駅周辺という、都内で最も人間が密集しているエリア――で想像を絶する被害が出る。かといって、その「母機」であり電子妨害の源である大型ドローンを叩けば、足元の市民が犠牲になる。

朝の陽光にきらめく海面の上でターボシャフトエンジンの高周波が鼓膜を震わせ、メインローターが重厚な回転を続ける中、コブラのパイロットたちは射撃スイッチに指をかけながら、歯を食いしばって滞空を続けていた


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