第21話 警視庁/青海
東京都千代田区 警視庁
警視庁本庁舎13階、モニターや各種通信機器で埋め尽くされた総合指揮所は、「臨海地区テロ事案総合警備本部」という巨大な神経中枢となっている。
壁一面のマルチモニターがよく見える「ひな壇」、本部長席に座るのは、警視総監の鮫島忠雄。
モニターには青海周辺の状況が多角的に映し出され、各機関から派遣された連絡幹部たちが慌ただしくキーボードを叩く音が室内に満ちていた。
警察庁警備局、海上保安庁東京海上保安部、東京消防庁。さらには東京都庁。総務省消防庁及び総合通信基盤局、そして国土交通省関東地方整備局港湾空港部。これら縦割りになりがちな各省庁の連絡幹部が13階に一堂に会しているのは、小林内閣危機管理監と国家危機管理室の奔走による総合調整の成果だった。
鮫島の傍らには公安部長の瀬戸健太郎警視監や、警察庁警備局警備運用部から派遣された百戦錬磨の幕僚団が控え、戦況の推移に対して助言を送り続けている。
一方、現場に近い江東区有明、東京臨海広域防災公園。
首都直下地震などで災害対策本部を設置すると想定されている免震構造の「本部棟」内には、警視庁警備部長の川中俊介警視監が率いる「現地警備本部」が設置されていた。川中は大量の通信回線と緻密な地図が広げられた長机の陣頭に立ち、総合警備本部とオンラインビデオ通話で結ばれたモニターを凝視している。
「総監、こちら現地本部。各隊のリンク、及び海保・消防との周波数統一、すべて完了しています」
川中の声は、リアルタイムで警視庁本庁舎、そして総理官邸へと届けられる。
この現地本部にも各省庁のリエゾンが詰め、現場の微細な変化が即座に各行政機関の判断へとフィードバックされる体制が構築されていた。
総理官邸、地下の危機管理センター。
内閣総理大臣の大泉進太郎は漆黒のテーブルの中央に鎮座し、モニター越しに鮫島総監を捉えていた。大泉の隣には警察庁長官の葛城正義が直立し、総理の意志を鮫島へと繋ぐ導火線の役割を担っている。背後に座る警備局長の安藤泰三や小林危機管理監は、総理や長官への専門的助言という役割を与えられている。大泉は、葛城長官つまり警察庁を通じて警視総監に明確な指示を下す。
一方でその指揮系統の横では、もう一つの太いラインが動いていた。大泉総理から、防衛大臣の中林隆行、そして統合作戦司令部を経て各部隊へと至る、自衛隊のラインである。
自衛隊は、現時点では「災害派遣」の名目で現地に前進配備され、災害派遣あるいは官庁間協力の枠内で可能な行動により、警察を支援する形を採っている。
もし警察力で対処不可能なほど事態が悪化すれば、大泉は即座に「治安出動」を命じる腹積もりだ。陸上自衛隊と航空宇宙自衛隊にまたがるそれなりの規模の部隊を警察官の指揮下に入れる、という法的にも政治的にも危うく運用上も支障が見込まれる選択を避けつつ、実質的に、大泉総理という頂点において、警察を始めとする文民法執行機関と自衛隊という「軍隊」の2系統が統合され、1つの生き物のように運用されていた。
東京都江東区 青海
朝日が東京湾の海面を刺々しく照らし出す午前8時。青海・第4号ドック周辺は静まり返った港湾地区の空気を切り裂くような緊張感に包まれていた。
伊達宗徳警視率いる警視庁警備部警備第1課、特殊部隊第1中隊は、化学兵器の散布が懸念される極限の状況下、濃紺の「18式個人用防護装備」に身を包んでいた。陸上自衛隊が採用する最新鋭の化学防護衣をSAT専用のタクティカル・ブラック、あるいは限りなく黒に近いダークネイビーに染め上げた外見はどこか不気味さをはらむ。両目を1枚のレンズで保護するゴーグル型レンズを備えた新型の全面防護マスクは、以前の00型個人用防護装備に比べてより広い視界――死を厭わないテロリストとの苛烈な近接戦闘ではまさに隊員の生死を分ける――を確保しており、タクティカルベストのポーチ類も防護衣の上から機能的に配置されている。
現場を見下ろす東京港湾合同庁舎や他社の物流倉庫数カ所の屋上には、狙撃支援班も音もなく配置されていた。彼らが構える対人狙撃銃、豊和M1500の照準器は、数百メートル先の倉庫の僅かな隙間を微動だにせず捉えている。
倉庫の側壁には、技術工作班の手によって振動性音響探知装置などの各種精密センサーが押し当てられていた。
「G1、配置完了。倉庫内部に5名の人影、いずれも小銃と思しき長物で武装。北側壁面付近に並んでいる」
技術工作班員が発する骨伝導マイクの音声が、SAT隊員たちのイヤホンに明瞭に響く。図面通りなら単純ながらんどうの倉庫内、遮蔽物の少ない空間に潜む標的たちの位置はリアルタイム壁透視3Dシステムのマイクロ波レーダーによって、制圧班の精鋭たちが確認する携帯情報端末に、鮮明な3次元映像として投影されていた。
倉庫の正面シャッターには爆破口形成用のプラスチック爆薬が貼り付けられてセットされた。制圧1班、制圧2班の隊員たちは、爆風の死角となる位置まで距離を取り、9ミリパラベラム弾30発をバナナ型弾倉に詰め込んだMP5K機関拳銃のストックを肩に深く沈める。防護衣の厚みを感じさせないほど洗練された構えだ。指先は、吸い付くように引き金へ掛かっていた。
伊達は、防護マスク越しに重厚な肺鳴を聞きながら、右手を高く上げた。
この瞬間のために、彼らは血の滲むような訓練を繰り返してきたのだ。
伊達の野太い号令が、潮風を切り裂いて轟いた。
「突入!」
直後、正面シャッターが凄まじい爆音と共に内側へ吹き飛んだ。耳を貫く衝撃波と、網膜を白く焼き飛ばすほどの閃光。その暴力的な光と音の残響が消えぬうちに、制圧班の影が、煙渦巻く地獄へと迷いなく躍り込んだ。




