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東京テロ・ハンター 警視庁公安部外事第4課  作者: 中央国家安全委員会主席
第1章 異教の毒霧

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第18話 青海

東京都江東区 青海

東京湾岸の埋立地、どこか現実味を欠いた広大なグリッド状の街区に潮風が容赦なく吹き抜けていた。北側を望めば、フジテレビ本社の銀色の球体展望室が巨大な単眼のように午後の陽光を鈍く反射し、その足元では、ゆりかもめの高架が巨大な白骨のように未来的な曲線を描いている。センタープロムナードを縁取る瑞々しい緑が視界の端を掠める一方で、南側の海へ目を向ければ、鈍色に光る波が青海コンテナ埠頭の岸壁を静かに叩き、巨大なガントリークレーンの群れが、赤白のキリンのような首を垂れて沈黙を守っていた。

ダイバーシティ東京プラザの巨大な壁面を背に立つ実物大ユニコーンガンダム立像の周辺には、家族連れやカップルに混じり、大きなバックパックを背負った数組の観光客と思しき者たちの姿があった。彼らはスマホのカメラを構え、天を突く白亜の装甲や、夢の大橋の先に霞むパレットタウン大観覧車の遺構を熱心に撮影している。そこから南へ進むにつれ、全面ガラス張りの日本科学未来館が知的な静謐さを湛えて現れ、その先には凱旋門を思わせるテレコムセンタービルの巨大な開口部が、空を四角く切り取っていた。

青海南ふ頭公園の付近では、緑色の銀杏の葉のロゴが入った作業着とヘルメットを身につけた東京都建設局職員と思しき一団が、図面を広げて何事か議論を交わしている。相模結弦は首元を緩めたカジュアルなマウンテンパーカーのポケットに手を突っ込み、隣を歩く丹波陽茉梨の歩調に合わせた。今日の相模は、大きめのバックパックを背負った、どこにでもいる週末のサイクリストのような出で立ちだ。隣の丹波は、機能的なタイトめのスポーツウェアに身を包み、ポニーテールにした艶やかな髪を風に遊ばせている。青海の広大な空間を散策する仲睦まじい「カップル」の目は、至る所に潜む外事第4課の「同僚」達の間を抜けながら、周囲の動向を抜け目なくスキャンし続けていた。


きらびやかな観光エリアの喧騒から遠ざかるほどに、街は商業港湾地区の無機質な色彩を帯びていく。2人は、東京税関本関や東京海上保安部といった行政機関が集結する東京港の表玄関、地上11階建ての東京港湾合同庁舎へと足を踏み入れた。セキュリティゲートを抜け、外事第4課がダミーの視察目的で確保した、南側最上階の一室へと入る。床には無造作に敷かれた防音マットと、三脚に据え付けられた高倍率の光学観測機材だけが鎮座していた。窓際の影に身を潜めた志賀班長が、モニターの青白い光に照らされながら、短くなった煙草を口に咥えていた。

志賀が顎で示したモニターには、暁ふ頭公園のさらに先、波打ち際に立ち尽くす窓のない巨大な鉄筋コンクリート造の倉庫が映し出されていた。潮風に晒されて外壁は剥げ落ち、入り口の重厚なシャッターには、数年分もの汚れと錆がこびりついている。だが、相模は無言で観測用望遠鏡の接眼レンズに目を押し当て、シャッターのレール部分に付着した、ごく新しい機械油の滲みを見逃さなかった。さらに、倉庫の屋上の錆びた排気口の影には、不自然な角度で設置された小型アンテナの先端が、陽光を受けて僅かに光っている。

公安機動捜査隊の技官がタブレット端末を操作し、小型ドローンの赤外線カメラで撮影された熱源データを重ね合わせた。無人のはずの倉庫内部に5つほどの熱源が、時折動き回っている。相模は再び望遠鏡を覗き込み、ターゲットをレティクルの中央に据える。眼下に広がる青海コンテナターミナルの整然としたコンテナの山、時折通り過ぎる大型トレーラー、遠くに見える海の森大橋の優美なシルエット。その平和な風景の断片が、望遠鏡の円形の視界の中では、いつ爆発してもおかしくない極限の緊張感を孕んだ戦場へと変質していく。


ゆりかもめ・東京臨海新交通りんかい線テレコムセンター駅を滑り出した車両が描く白い放物線の向こう側に、東京港の国際コンテナ群が巨大な墓標のように並んでいた。埋立地特有の湿り気を帯びた潮風が、ガントリークレーンの隙間を吹き抜け、古い機械油と腐った海水の混じり合った重苦しい匂いを運んでくる。対岸の中央防波堤埋立処分場へ続く広大な空き地には、春の柔らかな日差しが虚無的に降り注ぎ、時折通り過ぎるコンテナトレーラーが砂塵を巻き上げていた。

テレコムセンター駅。巨大な門構えを思わせる駅舎のガラス壁に午後の鋭い陽光が跳ね返り、周囲の舗装路を白く焼き飛ばしていた。

「中東風の浅黒い肌、顎髭の男1名、ポイントAを通過。青海縦貫線を南下中」

耳の奥で鳴る骨伝導レシーバーの無機質な声が静寂を震わせる。視察拠点―対象の倉庫を眼下に収める古い雑居ビルの一室で、相模結弦は三脚に固定された高倍率光学観測機材の接眼レンズに右目を沈めていた。隣では丹波陽茉梨が、遮光カーテンの隙間から肉眼と双眼鏡を使い分け、周辺の動線を静かに凝視している。

視界の先では、整然とした都市計画の果て、空き地と物流倉庫が交互に現れる荒涼とした風景が広がっていた。かつての賑わいを知る温泉施設の跡地付近は、今やフェンスに囲まれた広大な沈黙の空間へと変質し、その向こうには青海と暁埠頭を繋ぐガントリークレーンの群れがキリンの首のようなシルエットを並べている。

「……マルタイ、青海3丁目交差点を通過。右手のポリ袋、中身は食料品と推測」

経路上の電柱の陰や、路上に停まった偽装工事車両から、各班の報告が重なる。

男は黒のウインドブレーカーの襟を立て、海風を避けるように肩をすぼめて歩いていた。時折、大型のコンテナトレーラーが地響きを立てて横を通り過ぎ、そのたびに舞い上がる砂塵が男の姿を霞ませる。


やがて男は、窓のない巨大な鉄筋コンクリート造の倉庫の前で足を止めた。潮風に晒されて外壁の塗装が大きく剥がれ、露出したコンクリートが病的な灰色を晒している。周囲には錆びついた荷役用のクレーンが、役目を終えた恐竜の骨のように天を指して沈黙していた。

相模は機材のフォーカスをミリ単位で絞り込んだ。

男は周囲を一度だけ、ごく自然な動作で振り返り、人気がないことを確認すると、シャッターの脇にある重厚な鉄製の通用口の前に立った。

沈黙を守っていた鉄扉が、わずかに内側へと引き込まれた。数センチの隙間から、暗い室内の空気が外へと漏れ出す。

その瞬間だった。扉の影から、中東風の男を迎え入れるようにして現れた男の顔を、相模の光学レンズが完璧に射抜いた。

フードを深く被り、逆光の中に沈んでいたその顔。だが、相模の網膜を打ったのは、その男の左頬に刻まれた凄惨な痕跡だった。

耳元から口角にかけて、引き攣れたように赤黒く盛り上がった、獣の爪痕のようなケロイド状の傷跡。

相模は右手の指先に力を込め、録画ボタンを静かに押し込んだ。モニター上のデジタルタイマーが、国家を揺るがす戦端が切り開かれた瞬間を、無機質な赤色で刻み始める。

カラスは買い物袋を受け取ると、視察班の視線を遮るように、再び通用口の重々しいドアを閉ざした。

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