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東京テロ・ハンター 警視庁公安部外事第4課  作者: 中央国家安全委員会主席
第1章 異教の毒霧

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第17話 本牧/警視庁

神奈川県横浜市中区 本牧

かつて米軍住宅が広がり、今は広大なコンテナターミナルと古い倉庫、そして新興のオフィスビルが混在する本牧の街に、異様な静寂を孕んだ集団が散っていた。

神奈川県警察警備部外事第2課、そして警視庁公安部の各課から派遣された私服捜査員たちによる「ローラー作戦」が展開されている。


「お忙しいところ恐れ入ります。山手警察署刑事課の者ですが、この付近で自動車窃盗事件が発生しまして。防犯カメラの録画を貸していただけないでしょうか?」


捜査員たちは公安警察特有の鋭利な殺気を消し、どこにでもいる所轄の刑事になりきっていた。店舗のレジ裏、工場の詰め所、物流事務所の受付。彼らは一軒一軒のドアを叩き、腰を低くしながらも、その眼光は防犯カメラのハードディスクへと向けられていた。

だが、3週間という月日の壁が、捜査員たちの前に立ちはだかった。


「3週間前? うちは1週間で上書きしちゃうよ。容量が足りないからね」

「このカメラ、飾りみたいなもんでね。録画機能は壊れたままなんだ」


本牧の古い倉庫街では、防犯意識の低さや機材の老朽化が顕著だった。最新のオフィスビルであれば1ヶ月程度の保存は当然だが、小さな町工場や個人商店の防犯カメラは、数日から10日程度でデータが消去されるのが常態だ。

捜査員たちは焦燥を押し殺しながら、データの残滓を求めて奔走した。上書きされたディスクを専門の機材で復元できるか、あるいは死角を補完する別のカメラがないか。潮風に吹かれながら、気の遠くなるような「」の回収作業が連日続けられる。

それでもなんとか回収された膨大な数のハードディスクとSDカードは、直ちに桜田門の警視庁本庁舎へと搬送された。

捜査支援分析センター(SSBC)の解析室。数百台のモニターが並ぶ暗がりのなか、解析官たちが目を血走らせて映像の海に飛び込んでいく。解像度の低い粗い映像、夜間のノイズ、逆光。悪条件の重なる記録を、最新の画像鮮明化技術と、執念の「目視」で繋ぎ合わせていく。


「……31番、止めて」


1人の分析官が短い声を上げた。

本牧埠頭へと続く臨港道路沿い、老朽化したガソリンスタンドの軒先に設置された、古びたカメラの映像だった。

日付は3週間前。時刻は21時35分。

画面の端、雨に濡れたアスファルトを真っ赤に染めながら、1台の車両が横切った。

白い4トントラック。本牧の倉庫で「空振り」に終わった際に追っていた、あの車両だ。

だが、今回は違った。トラックは山下埠頭方面へ向かう直進車線を外れ、Uターンするようにして、再び首都高速湾岸線の入り口へと向かっている。


「ナンバーを読み取れ。……画像、鮮明化」


キーボードを叩く乾いた音が解析室に響く。

粗いドットが収束し、泥で汚れたナンバープレートの数字が浮かび上がった。立川の倉庫で確認されたものとは異なるが、リアゲートの歪み、そしてテールランプの亀裂が一致した。


「ビンゴだ。……対象、横浜を離脱。羽田を経て、大井ジャンクションを北上している」


志賀班長がモニターを覗き込み、手にした缶コーヒーの空き缶を握りつぶした。

「カラス」は横浜に潜伏していたのではない。横浜を単なる「中継地点」として使い、追跡を煙に巻くための複雑な航跡を描いていたのだ。


「奴らの本当の狙いは、もっと近くにある」


SSBCの大型モニター群に映し出される、鮮やかな色の首都高速道路のデジタルマップ、その中を動き続ける赤い点。

横浜本牧を離脱した白い4トントラックは、横浜市鶴見区の大黒ジャンクションから湾岸線を北上し、首都高速道路湾岸線・1号羽田線・中央環状線を結ぶ東京都品川区、大井ジャンクションへと差し掛かっていた。


「対象、大井ジャンクションを通過」


次の瞬間、トラックは有明へ向かう湾岸線の本線を外れ、急激な車線変更で首都高中央環状線(C2)――山手トンネルへと吸い込まれたのだ。 


「山手トンネルに進入! 追跡、困難になります」


全長18キロメートルに及ぶ日本最長のトンネルは、Nシステムの空白地帯だ。SSBCは即座に、首都高速道路株式会社が運用する、トンネル内の道路監視カメラ映像へのアクセスを開始したが、並走する数多の車両と排ガスによる視界不良が、解析の精度を著しく低下させる。


「五反田、大橋、西新宿……出口はいくらでもある。奴ら、網の目を分かっている」


志賀班長が苦々しく吐き捨てた。15分後、トラックは富ヶ谷出口から一度一般道へと降り、渋谷の雑踏へと消えた。SSBCは周辺のオンライン接続された防犯カメラ――コンビニ、パーキング、街頭カメラの映像を総当たりで解析、フレーム単位の照合により、渋谷区神泉町付近を平然と走行する対象を再捕捉した。

しかし、獲物は止まらない。トラックは再び首都高3号渋谷線に入り、都心環状線(C1)の内回りへと合流。港区、浜崎橋ジャンクションから一ノ橋、谷町と、迷路のような都心の心臓部を3周にわたって周回した。追跡するNシステムが同一車両の不自然なループを検知しては「失尾」と「捕捉」の警報を繰り返す。

トラックは銀座、京橋付近の複雑な分岐を利用して幾度となく監視の目を振り切り、そのたびにSSBCと公機捜は周辺一帯の防犯カメラ映像数千時間を一斉検索しては、執念でその輪郭を掴み直した。

トラックは中央区、佃大橋を渡り、晴海通りを南下。江東区豊洲を経て、有明地区へと足を踏み入れた。


「対象、有明2丁目交差点を左折。……有明テニスの森、および臨海副都心エリアに進入」


東京臨海副都心の一角をなす有明地区は、ゆりかもめの高架や巨大な倉庫群、広大な空き地が点在する埋め立て地だ。トラックは、有明から更に、首都高湾岸線・有明ジャンクションを通過して青海の埋め立て地へ入った。お台場海浜公園の脇を通過し、臨海副都心出口から一般道へ、ダイバーシティ東京プラザや日本科学未来館、テレコムセンター駅を横手に見ながら青海縦貫線へと南下し、海沿いの倉庫街が密集する「第4号ドック」周辺の死角へと滑り込む。

そして、それが「最後」の記録となった。


「……消えました。青海地区の全出口、Nシステムを照合中」


解析官の指先が止まった。青海から車両で外部へ抜けるルートは限られている。沖合いの中央防波堤へと続く青海縦貫線の海底トンネルの他は、首都高湾岸線への入り口である臨海副都心出口、有明へと続くあけみ橋、のぞみ橋、それにレインボーブリッジにつながる、首都高速11号台場線 。SSBCはこれら全てのポイントのカメラログを精査したが、白い4トントラックがこの地区を「出て行った」形跡は、どこにも存在しなかった。


「青海だ!部隊を用意しろ!」


警視庁公安部、警備部、警察庁警備局は一挙に高揚感に覆われた。

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