第3話 S級探索者は倉庫で頭を下げた
第五倉庫に人が来ることは珍しくない。
だが、その日集まった視線は明らかにいつもと違った。
「……え、あれ本物?」
「S級の《氷槍》だろ」
「なんで倉庫なんかに?」
「三田村さんが呼ばれたって……」
ざわめきが入口から広がっていく。
直人も書類整理の手を止め、そちらを見た。
自動ドアの向こうから入ってきたのは、長い黒髪を後ろで束ねた女だった。
無駄のない長身。冷えた刃みたいな目。
管理局の貸与ジャケットの上からでも分かるほど、全身に前線の緊張感が染みついている。
雨宮玲奈。
国内でも上位に入るS級探索者。
通称、《氷槍のレイナ》。
ボス級単独討伐、深層到達、企業レイドの指揮。
ダンジョン配信を見ない人間でも、一度は名前を聞いたことがあるレベルの有名人だ。
そんな人物が、よりによって第五倉庫にいた。
三田村がへこへこと先導している。
「雨宮さん、こちらです。例の品はまだ倉庫内に……」
「話はあとで。先に見せて」
よく通る声だった。
冷たいのに、妙に無駄がない。
三田村は慌てて直人を手招きした。
「神谷! こっち来い!」
「……はい」
倉庫の中央作業台に、一本の長槍が置かれていた。
ただし、まともな状態じゃない。
穂先の付け根から大きくひびが入り、柄の内部導線は焼き切れている。
表面の魔力刻印は半分以上が死んでいた。
素人目にも致命傷だ。
「これ……」
直人は息を飲む。
見た瞬間、分かった。
高級品どころの話ではない。レイド用の専用装備だ。
しかも、相当使い込まれている。
「昨日の第十五層レイドで壊れた」
雨宮が槍を見たまま言う。
「代わりはある。でも、これが一番馴染む。修理班にはもう無理って言われた」
横で三田村が補足した。
「昨日、小田切の件があっただろ。あの短剣の話を上に回したら……まあ、その、再査定候補の中に変なのがあるかもしれないって話になってな」
変なの。
その言い方に少しだけ腹が立ったが、今はそれどころではない。
直人は槍へ手を伸ばしかけて、止まる。
周囲の視線が痛いほど集まっていた。
倉庫職員。
事務員。
たまたま顔を出した探索者。
皆が“倉庫番の神谷”を見ている。
この場で失敗したら終わる。
いや、成功しても面倒になる。
それでも――。
「神谷くん」
雨宮がまっすぐ直人を見た。
「小田切が使った短剣、あれを見た。あの切れ味は、ただの再査定品じゃない」
そこで一度言葉を切る。
「あなた、何をしたの?」
倉庫の空気が張りつめる。
直人は少し迷ってから、正直に答えた。
「……分かりません。触れたら、直ったんです」
「直るだけ?」
「たぶん、元より上がります」
ざわっ、と周囲が揺れた。
三田村が目を見開く。
誰かが「は?」と小さく漏らした。
だが雨宮だけは、黙って槍を見ていた。
「やって」
短い一言。
直人は頷き、槍に両手を添えた。
重い。
ただ重さだけじゃない。
この槍が積んできた履歴の重みだ。
凍結系魔力の残滓。
連続使用による内部摩耗。
無茶な出力上昇。
何度も死線を越えてきた痕跡。
触れた瞬間、それらが一気に流れ込んできて、直人は思わず奥歯を噛んだ。
「っ……!」
次の瞬間、銀の光が走る。
ひび割れた穂先が震え、表面の刻印が一つずつ浮かび上がる。
柄の内部で、焼けた導線が白い筋となって繋がり直していく。
倉庫の蛍光灯が、一瞬負けるほど強い光だった。
「お、おい……」
「マジで光ってるぞ」
「何だこれ……」
周囲の声が遠くなる。
直人には今、槍だけが見えていた。
この槍は、まだ終わっていない。
壊れて捨てられるような装備じゃない。
持ち主の魔力に食らいつき、限界まで応え続けてきた相棒だ。
だから戻る。
いや、戻す。
本来の形へ。
本来の強さへ。
積み上げてきた分まで、取り返すように。
光が収まった。
長槍は、最初からそこにあった完成形みたいな姿で作業台に横たわっていた。
表面の傷は消え、穂先には冷たい光沢が宿り、死んでいた刻印が淡く脈打っている。
直人はふらつきそうになる足を踏みとどまり、端末へ視線を落とした。
「……やっぱり」
数値が、修理前の記録を超えていた。
耐久値、魔力伝達率、出力安定性。全部だ。
三田村が端末をひったくるように覗き込み、言葉を失う。
「な……なんだこれ……」
周囲が静まり返る。
雨宮は一歩前に出て、槍を握った。
軽く振る。
空気がひやりと鳴った。
彼女の目が、初めて大きく見開かれる。
「……軽い」
もう一度、今度は少しだけ魔力を流す。
穂先に薄い氷の膜が走り、すぐ消えた。
「導線の詰まりがない。出力の立ち上がりも速い。前より馴染む……いや、前より深く通る」
雨宮はしばらく無言だった。
そして、槍を抱えたまま直人の前に立つ。
倉庫中の視線が集まる中で。
S級探索者・雨宮玲奈は、深く頭を下げた。
「助かった。ありがとう」
直人は、固まった。
三田村も固まっている。
倉庫職員たちも、誰一人声を出せない。
昨日まで直人は、誰も見向きもしない倉庫番だった。
前線から落ちた、才能なしの負け組。
壊れた装備と一緒に、奥へ積まれる側の人間だった。
それが今は、国内有数のS級探索者に頭を下げられている。
「これからも、頼める?」
顔を上げた雨宮の視線は真剣そのものだった。
「もちろん対価は払う。正式な手続きも通す。でも私は、あなたの力が必要」
必要。
その言葉が、胸の奥に強く刺さった。
才能がないと言われた。
前線にいらないと言われた。
倉庫で黙って廃棄品を数えていろと、そういう顔をされてきた。
でも違った。
戦えなくても。
剣を振れなくても。
俺には、最前線の連中が必要とする力がある。
直人はゆっくり息を吸って、頷いた。
「……はい。俺にできることなら」
その返事に、雨宮は小さく笑った。
その瞬間、第五倉庫の景色が完全に変わった気がした。
壊れた装備は、もうゴミじゃない。
倉庫番は、もう負け組じゃない。
戦えない俺でも、最前線に必要とされる。
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