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第2話 壊れた装備の伸びしろ

 その日の夜、直人は勤務を終えてもすぐには帰れなかった。


 倉庫の隅に設けられた簡易作業台。

 そこに布で包んだ短剣と、修復したバックラーを並べる。


 管理局のルールでは、本来こういう私物化まがいの行為はアウトだ。

 だが、どちらもまだ正式な再査定に回していない『分類待ち』という扱いにしている。

 完全に白ではないが、今は確かめる方が先だった。


 「……本当に、俺の力なのか」


 短剣にそっと触れる。


 もう光らない。

 壊れていないからだ、と直感で分かった。


 代わりに、指先に妙な感覚が残る。

 この短剣がどんな傷を負ってきたのか、どれだけ使い込まれていたのか、うっすらと伝わってくるような感覚だ。


 使い手の癖。

 刃筋。

 無茶な受け方。

 何度も研ぎ直された痕跡。


 直人は眉をひそめた。


 「……情報が、残ってる?」


 記憶が見えるわけではない。

 ただ、その装備が積み重ねてきた『履歴』みたいなものが、指先に引っかかる。


 試しに、別の廃棄箱からひび割れた籠手を持ってきた。

 これは安物だ。量産品の防具で、レイド帰りの高級装備とは格が違う。


 触れる。


 やはり光は走った。

 籠手は修復された。


 だが、測定結果を見た直人は首を傾げる。


 「……上がってはいる。でも、少しだけか」


 短剣ほどではない。


 同じように壊れていたのに、伸び幅が違う。


 次に、溶けかけた魔導ナイフ。

 これは中級探索者向けの品で、短剣より質は良いが使い込みは浅い。


 修復後の数値は、やはり上昇。

 だが短剣ほどの跳ね方はしない。


 「材質だけじゃないな……」


 直人はノートを開き、結果を書き込んだ。


 金属の質。

 魔力導線の密度。

 損傷箇所。

 使用期間。

 持ち主の使用履歴らしき感触。


 共通しているのは、ただ壊れているだけの装備より、『ちゃんと使い込まれてきた装備』の方が伸びしろが大きいことだった。


 「育ってた装備ほど、戻した時に伸びる……?」


 それなら理屈はこうだ。


 【修復】は、壊れた物を単純に直すスキルじゃない。

 その装備が本来持ちうる性能、あるいは使い込まれることで届けたはずの位置にまで、引き戻している。


 もしかすると、壊れたせいで閉じていた『蓄積』まで拾っているのかもしれない。


 だとしたら――。


 「これ、便利とかじゃないな……価値そのものを反転させてる」


 壊れたから捨てられた。

 査定で外れ扱いされた。

 誰も目を向けない。


 でも、壊れた装備の中にこそ、本当は高い価値が埋まっている。


 その価値を拾えるのが自分だけなら。


 直人の背筋を、ぞくりとしたものが走った。


 翌日。

 直人は修復した短剣を、こっそりと『再査定候補』の棚に紛れ込ませた。


 完全に私物化するのは危険だ。

 だったら、誰かに使わせて結果を見る方が早い。


 そして昼休み、案の定それは拾われた。


 「お、なんだこれ。廃棄箱にこんなの混ざってたのか?」


 声の主は、管理局所属のC級探索者・小田切だった。

 雑用ついでに倉庫へ顔を出すことが多い男で、装備に金をかけられないせいか、再利用品の棚をよく漁っている。


 「その短剣、再査定候補です。まだ正式に回してないので、勝手に持っていくのは――」


 「借りるだけ借りるだけ。どうせ俺の予備武器、今ボロいし」


 軽い調子で小田切は短剣を抜いた。


 「へえ、バランスいいな。これ、本当に廃棄上がりか?」


 直人は黙っていた。

 心臓だけが落ち着かない。


 その日の夕方、小田切は顔色を変えて第五倉庫に飛び込んできた。


 「神谷! あの短剣、何だよ!?」


 「え?」


 「何だよじゃねえよ! なんであんな切れるんだあれ!?」


 周囲の職員がぎょっとして振り向く。


 三田村が嫌そうに眉を寄せた。


 「うるせえな、倉庫で騒ぐな」


 「いや聞いてくださいよ三田村さん! あれ、マジでおかしいって! 第七層の硬殻ホーンラビット、普通の短剣じゃあんなに抜けないのに、スパッと入ったんですよ! しかも魔力の通りが軽すぎる!」


 「はあ?」


 「中古どころか、下手な新品より上でした! あの棚、まだ同じのあります!?」


 直人の喉がひくりと鳴る。


 三田村は怪訝そうに短剣を受け取り、しげしげと見た。


 「……確かに状態はいいが。たまたまだろ」


 「たまたまであんな違い出ませんって。昨日まで使ってたナイフと、全然別物でしたから」


 「お前の腕が良かったんじゃねえの」


 「いや、俺の腕で硬殻ラビットがあんな楽に落ちるなら苦労してませんて」


 職員たちがざわつく。


 直人は黙って立っていたが、胸の内側では確信が深まっていた。


 やはり、使えば分かるレベルで違う。

 この力は本物だ。


 そしてもう一つ、分かったことがある。


 修復した装備は、実戦で通じる。


 その日の業務後、三田村は珍しく直人を呼び止めた。


 「おい神谷」


 「……はい」


 「あの短剣、どこから出した?」


 「廃棄箱からです」


 「査定ミスってことか?」


 「かもしれません」


 三田村は露骨に疑っていた。

 だが、完全には切り捨てていない顔でもあった。


 「似たようなの、他にもあるのか」


 「まだ分かりません。壊れ方も材質も、全部違うので」


 嘘は言っていない。

 全部違う。だからこそ、伸びしろも違う。


 三田村は短剣を見ながら唸った。


 「……なら、しばらく再査定候補を拾っておけ。下手に廃棄流しするな」


 「分かりました」


 それだけ言って、三田村は去っていく。


 直人は短く息を吐いた。


 まだバレてはいない。

 だが第五倉庫の空気は、昨日までと少し変わった。


 誰も見向きもしなかった廃棄装備が、『もしかしたら使えるかもしれない物』として見られ始めている。


 棚を見上げる。


 折れた槍。

 割れた魔導ゴーグル。

 焼けた籠手。

 千切れたベルト。


 直人の目には、それらがただのゴミには見えなかった。


 どれが伸びるか。

 どこまで戻るか。

 どんな履歴を抱えているか。


 触れれば少しずつ分かる。


 「壊れ装備の中にも、当たり外れがある……いや」


 直人は静かに呟く。


 「素材と、使われ方と、壊れた経緯で……伸びしろが違うんだ」


 つまり【修復】は、何でも同じように直せる便利スキルじゃない。


 価値を見抜き、

 価値を引き戻し、

 価値を跳ね上げる。


 壊れた物の中から当たりを掘り当てる、価値反転の力だ。


 そしてその力がある限り、第五倉庫は墓場じゃない。


 レア装備の鉱脈だ。

読んでいただきありがとうございます。

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