第1話 捨てられた倉庫番と、折れた短剣
神谷直人が前線志望を諦めたのは、一年前だ。
正確には、諦めたのではない。諦めさせられた。
「悪いな、神谷。お前に探索者の才能はないよ」
管理局の適性検査室でそう言われたとき、直人は思わず聞き返した。
「……ない、って、どの程度ですか」
「どの程度も何も、戦闘適性が一般人以下。魔力量も少ない。身体強化の伸びも薄い。現場に出したら一階層で死ぬ」
検査官は淡々としていた。
慰める気も、取り繕う気もない声だった。
その場で前線研修の継続は打ち切り。
配属先は、ダンジョン管理局・資材保全部門。
もっと分かりやすく言えば、倉庫番だ。
ダンジョン災害が日常になった今、探索者は人気職だ。
レイド攻略、ダンジョン配信、スポンサー契約、企業案件。
S級ともなれば、もはや芸能人に近い。
そんな世界で、直人の仕事は前線から戻ってきた装備の仕分けだった。
折れた剣。
ひしゃげた盾。
亀裂の入った胸当て。
魔力導線の焼き切れた籠手。
欠けた護符。
使い捨てられた下級ポーションの空瓶。
勝者が持ち帰った戦利品ではない。
誰にも見向きもされない、壊れた残骸ばかりだ。
「おーい、神谷。そっちの廃棄品、今日中に分類しとけよ」
倉庫の入口から、鼻にかかった声が飛んできた。
管理局の職員、三田村だった。現場上がりらしいが、今は事務側でふんぞり返っている男だ。
「はい」
「返事だけは元気だな。まあ、お前にはそのくらいしか取り柄ないもんな」
乾いた笑いが続く。
周囲の職員も、止めはしない。
直人が前線志望から落ちてきたことを、皆知っていた。
だから扱いが雑になる。
倉庫番に回された人間なんて、だいたいそうだ。
直人は何も言い返さず、台車を押した。
第五倉庫。
通称、墓場。
回収された装備のうち、修理コストが見合わないもの、持ち主不明のもの、あるいは完全に価値なしと判定されたものが、ここに積み上げられる。
金属と油と、古い血の匂いが混ざっている。
薄暗い照明の下で、棚に並んだ箱のラベルを確認しながら、直人は仕分けを進めた。
武器類。
防具類。
魔導補助具。
完全廃棄。
素材転用候補。
今日はレイド帰りの回収品が多い。
大型ボス戦の後は、壊れた装備が山のように出る。
「……ひどいな」
箱の中から、一本の短剣を取り上げる。
刃の半ばから先がきれいに折れていた。
柄の革も擦り切れ、鍔には焼け焦げの跡がある。
安物ではない。何度も研ぎ直され、大事に使われてきたのが分かる一本だった。
廃棄ラベルにはこうある。
――回収地点:第十二層中継路
――状態:破損大
――査定:再利用不可
直人はその短剣を見下ろして、なんとなく胸の奥がざらついた。
自分と似ている、と思ったのだ。
前線を夢見て、届かなくて、役立たずとして奥に積まれる。
「……せめて、お前くらいは」
何気なく、折れた刃の断面に指を沿わせた。
次の瞬間だった。
ぱき、と乾いた音が鳴る。
「え?」
直人の指先から、淡い光がにじんだ。
白ではない。銀に近い、薄い光だ。
折れた断面を中心に、短剣全体へ細い線が走る。
まるで刃の内側に隠れていた導線が、一斉に繋がり直していくみたいに。
「な、んだ――」
思わず手を離しそうになる。
だが短剣は光に包まれたまま、ゆっくりと形を取り戻していった。
折れていた先端が、まるで最初からそこにあったように再生する。
欠けていた刃も埋まり、焼け焦げは消え、鈍っていた金属の色まで戻っていく。
数秒後、光はすっと消えた。
直人の手の中には、一本の短剣があった。
折れる前どころか、見違えるほどきれいな状態の。
「……修理?」
いや、違う。
修理というより、もっと根本的に『壊れる前の正しい形』へ引き戻された感じだった。
直人は慌てて倉庫の簡易端末を起動し、装備の反応を測る。
廃棄品には残留魔力がほとんどないことが多い。だから期待していなかった。
だが、画面に出た数値を見て息が止まった。
「……は?」
攻撃補正値が、記録されていた旧データより高い。
耐久値も上がっている。
しかも、魔力伝達効率の欄まで改善していた。
「元に戻ったんじゃない……上がってる……?」
おかしい。
こんなこと、あり得ない。
壊れた物を直すだけでも異常なのに、性能まで上がるなんて。
直人はもう一度短剣を見た。
柄を握った感触まで、さっきまでの“廃棄品”とは別物だ。
倉庫の中は静かだった。
遠くで換気扇が回る音だけが響いている。
心臓が妙にうるさい。
「……俺が、やったのか?」
何が起きたのか分からない。
でも、自分の指が触れた瞬間に光った。
偶然では説明できない。
直人は周囲を見回し、誰もいないのを確認してから、近くの棚にあった欠けたバックラーにも手を伸ばした。
縁が大きく割れ、使い物にならない小盾だ。
触れる。
また、光る。
「っ……!」
今度ははっきり見えた。
表面の傷だけじゃない。
内部の歪みまでほどけるように消えていく。
金属のきしみが収まり、魔力の流れが整っていくのが、感覚として分かった。
数秒後、盾は完全な形を取り戻した。
端末の簡易測定結果は、やはり元データ以上。
直人はごくりと唾を飲み込んだ。
頭の中に、ひとつの言葉が浮かぶ。
【修復】
修理でも、整備でも、補修でもない。
そんな生ぬるいものじゃない。
壊れた価値を、元へ、あるいはそれ以上に引き戻す力。
まるでスキル名みたいに、その言葉がぴたりとはまった。
「おい、神谷。終わったかー?」
三田村の声が近づいてきて、直人は慌てて短剣を布で包んだ。
「ま、まだです!」
「手ぇ止めてんじゃねえぞ。廃棄品なんて手早く回してナンボなんだからな」
「……はい」
足音が遠ざかる。
直人は息を吐いた。
誰にも言えない。
今のところは、絶対に。
管理局に申告すれば、検査だの登録だの独占管理だの、面倒なことになるのは目に見えている。
最悪、自分の手を離れる。
しかもこの力は、ただの便利スキルではない。
壊れた装備の価値を、根本からひっくり返す。
直人は布越しに短剣を握りしめた。
さっきまで“ゴミ”だったものが、今はまともな現役装備以上かもしれない。
そんなものが、この倉庫には山ほどある。
「……これ」
薄暗い棚の奥に積み上がった、廃棄装備の山を見る。
折れた剣。
ひび割れた胸甲。
焼けた魔導具。
欠けた指輪。
誰も見向きもしない、負け組の残骸。
だけどもし、この全部に価値が戻るなら。
「捨て装備の方が、当たりなんじゃないか……?」
その瞬間、第五倉庫の景色が、直人には少し違って見えた。
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