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第4話 底辺倉庫番の価値

 雨宮玲奈が第5倉庫を出ていった後、誰も動かなかった。


 10秒ほど、本当に誰も。


 最初に動いたのは三田村だった。


 「……神谷」


 「はい」


 「お前、何者だ?」


 初めて聞くトーンだった。

 いつも鼻にかかった、からかうような感じがない。


 「……倉庫番です」


 三田村は返す言葉を失ったのか、しばらく唸っていた。

 周囲の職員たちも、ちらちらと直人を見ている。


 視線の質が、昨日までと違った。


 軽蔑ではない。

 かといって、尊敬でもまだない。


 ただ、何かをうかがう目だ。


 こいつは何を持っている。

 どう扱えば得なのか。

 あるいは、どう距離を取るべきか。


 直人は黙って作業台に戻った。


 槍があった場所は、もうきれいに空だ。

 雨宮が大切そうに、けれど迷いなく抱えていった。


 「……普通に戻っていくな」


 小さく呟いて、廃棄品の仕分けを再開する。


 感動は長続きしない方がいい。

 仕事は山積みだ。





 三田村に呼び止められたのは、その日の業務終わりだった。


 「神谷、ちょっといいか」


 いつもと同じ呼び方。だが声の質が違う。


 事務所の片隅、他の職員が帰った後を狙ったようなタイミングだった。


 「あの力、正式に登録した方がいいと思うんだよな」


 「……どういう意味ですか」


 「管理局にスキル登録って手続きがあるだろ。今までお前、何も登録してなかったはずだ。あれだけの修復ができるなら、認定スキルとして届け出た方が——こっちとしても動きやすい」


 こっちとして、という部分が引っかかった。


 「登録したら、どうなるんですか」


 「正式に仕事として受けられる。報酬も出る。探索者からの依頼を公式ルートで通せるようになる」


 「制約は?」


 三田村は一瞬、わずかに目を逸らした。


 「……管理局としての管理下に入るってことにはなるな。でもお前にとっても悪い話じゃないだろ」


 直人は表情を変えないようにしながら、考えた。


 公式化。

 聞こえはいい。


 ただ『管理下』という言葉が、じわりと重い。


 今のところ、【修復】は自分の判断で使っている。

 何に使うか、誰に使うか、どの装備を選ぶかも。

 それが官僚的なルートに乗った瞬間、別の誰かに決められ始める。


 「少し考えさせてください」


 「まあ……急かすつもりはないけどな」


 三田村は珍しく穏やかな調子で続けた。


 「ただ、雨宮さんみたいな人が今後も来るなら、窓口をはっきりさせておいた方がお前も楽になるぞ。今は俺が仲介してるが、上が動いたら話は変わってくるからな」


 ……上。


 その言葉が、後味として残った。


 「分かりました。考えておきます」


 直人は頷き、荷物を持って倉庫へ戻った。


 廊下の蛍光灯が、いつもより白ばって見えた。



 ◇



 翌朝、タブレット端末に通知が入っていた。


 ■送信者:雨宮玲奈

 ■件名:修復依頼について(正式申請)


 開くと、短い文が並んでいた。


 ――昨日は助かりました。改めて感謝します。

  今後も定期的に依頼させてほしいと考えています。

  正式な手続きは私の方から管理局に申請します。

  詳細を話し合いたいので、都合の良い日程を教えてください。

  ——雨宮玲奈


 直人は画面を見つめ、それから周囲を見回した。


 いつもと変わらない倉庫。

 廃棄品の箱。

 仕分け待ちの棚。

 換気扇の音。


 S級探索者からの、仕事の申し込みが来ている。

 第5倉庫に座ったまま、端末1つで。


 「……本当に来た」


 声に出すつもりがなかったが、出た。


 返信は短くまとめた。

 今週中ならいつでも対応できます、と。


 3分後に既読がついた。

 5分後に、日程が返ってきた。


 雨宮の行動は速い。

 決断したら迷わない人間だ、と直感した。


 それが前線で戦う人間の質なのかもしれない。


 昼休み、小田切が第5倉庫に顔を出してきた。


 「神谷さん、昨日の雨宮さんの件、聞きましたよ。本当に頭下げてたって?」


 「……まあ」


 「マジすか。あの人が倉庫で頭下げるって、それ事件ですよ事件」


 小田切は目を丸くして言う。


 「それで、神谷さんは何か変わりましたか。扱いとか、周りの目とか」


 直人は少し考えてから答えた。


 「見られ方は変わった。でも俺がやることは変わってない」


 「……それは」


 小田切は何か言いかけて、止まった。


 「かっこいいですね、それ」


 「違う。単純に、仕事は変わってないってことだ」


 笑うつもりじゃなかったが、少し口元が動いた。


 見られ方が変わっても、仕事が変わらないというのは——本当のことだ。

 ただ同時に、それだけでもないことは、自分でも分かってきていた。


 S級探索者が必要としている。

 管理局が動き始めている。

 倉庫番の直人に、値がついた。


 便利屋として使われるのか、それとも別の話になるのか。

 今の段階では分からない。


 ただ確かなのは、自分の力は前線に届く、ということだ。

 剣を振れなくても、魔力が少なくても。

 第5倉庫の奥から、最前線に繋がることができる。


 それは1年前の自分が一番欲しかった、ものだった。



 ◇



 夜、閉庁時間を過ぎても直人は倉庫に残っていた。


 昼間できなかった仕分けの続きと、雨宮との打ち合わせの準備。

 どの棚に何があるか、もう少し整理しておきたかった。


 壁際の深い棚、ほとんど手をつけていないエリアに踏み込んだのは、8時を過ぎた頃だ。


 古い廃棄品が多い。

 ラベルを見ると、5年以上前の回収日付ばかりだった。


 「こんな奥まで、手が回ってないのか……」


 懐中電灯を当てながら進む。


 そこで、直人の手が止まった。


 棚の奥、木箱の中に埋もれるように置かれた1本の剣。


 サイズはショートソード程度。

 柄の形が珍しく、鍔の金属細工が細かい。

 刃は折れていないが、全体が奇妙にくすんでいる。


 ラベルがない。


 回収日付も、持ち主情報も、損傷記録も。

 何も書かれていない白紙のラベルが貼られているだけだった。


 「……記録ミスか?」


 そっと剣に触れた。


 いつものように、履歴が流れ込んでくるはずだった。


 だが、来ない。


 正確には——何かが来るのだが、うまく読めない。

 流れ込む感覚は確かにある。

 ただ、それが多すぎる。あるいは深すぎる。


 指先がじわりと熱くなった。


 「……何だ、これ」


 光はまだ走っていない。

 修復は起動していない。


 壊れていないから?


 違う。

 壊れているかどうか以前の問題だ。


 この剣は、今まで触れてきた廃棄品と、何かが根本的に違う。


 直人はゆっくりと手を離した。


 心臓が少しだけ、速くなっていた。


 棚の前でしゃがみ込み、ラベルなしの剣を見つめる。


 普通の廃棄品なら、管理局の回収記録に必ず情報が残る。

 ラベルがないということは——最初からここに置かれたか、記録を意図的に省いたか。


 「上が動いたら話は変わる」という三田村の言葉が、唐突に頭をよぎった。


 この倉庫の深部に、管理局でさえ把握していない何かが眠っている可能性がある。

 あるいは、把握していて、あえて触れていない可能性も。


 直人は剣を木箱の中に戻し、懐中電灯で棚の奥を照らした。


 他にも手つかずの箱が、いくつも並んでいる。


 「……急がない方がいいな」


 呟いて、明かりを消す。


 今日はここまでだ。


 だがその剣のことは、頭の片隅に引っかかったまま離れなかった。


 第5倉庫の深部に、何が眠っているのか。

 雨宮との正式な話が動き始めるより前に——それを確かめる必要があるかもしれない。

読んでいただきありがとうございます。

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