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白い雨  作者: ぽんこつ


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9/23

無邪気な天使

車の外に出たとたん。

澄んだひやりとする空気が頬を触れる。

吐く息を白く染めては、宙に馴染ませていく。

ちょこちょこと靴音を鳴らして。

ボンネットから回り込んで。

僕の前で気を付けをした彼女。

「お兄ちゃん」

首をかしげて。

右手を襟元に添えて。

はにかんだ。

すーっと左手を差し出した。

細く色白の。

穢れのない清らかさを放って見えた。

僕は拳を握り締める。

本来ならば。

握る資格はない――

汚れてしまった手だから。

今は彼女の想うままに……

そう言い聞かせて。

ズボンで右手をこすって。

その手を握った。

小さくて。

冷たくて。

柔らかかった。

「おい」

彼女は少し足早に僕を引っ張って歩き出す。

跳ねるような足取りで。

リゾートホテルの脇の案内板に『恋人たちの聖地。エンジェルロード』と華やかな文字が笑っていた。

すぐに潮騒が聞こえてきて。

彼女は歩みを止めた。


「ん? どうしたの?」

「お兄ちゃん、目つぶって」

「え? なんで?」

「いいから」

つないだ手を上下に振る彼女。

僕は黙って目を閉じた。

すると、彼女は僕の右腕にしがみついたようだった。

「ゆっくり、歩くから、私が開けていいよって言うまで、目開けないでね」

「はい。わかった」

「うん。よろしい」

いくら、彼女がエスコートしてくれているとはいえ。

分からない場所を歩くというのは心許ない。

自然と摺り足になる。

足元が緩んで。

ざっ、ざっ。

砂を噛む足音。

人々のはしゃぐ声。

合間に波音を挟んで。

そっと、そばにあった温もりが。

手だけを残して消えた。

「いいよ、目開けて」

柔らかい声色。

僕は目を開けた。

明るさに眩んで。

手を翳し。

瞬きを何度か落とした。

ゆっくりと視界が定まって。

真っ直ぐ伸びた砂の道。

その両側に深い青のさざ波。

ゆっくりと寄せては返していた。

道の先は雪をまとった木々。

小さな島のようだ。


「すごい……」

「へへ。驚いてくれて嬉しいな」

「あっ」

彼女はまた僕を引っ張る。

そして、波打ち際でしゃがみこむ。僕も隣に腰を下ろす。

「海、きれいでしょ?」

「ああ、確かに」

透明な海だった。

少し先の水の底でも。

光が揺らめいている。

水の音が絶え間なく響き。

時を刻む。

「お兄ちゃんは、海で泳いだことある?」

「うーん。ないかな、そもそも泳ぎ得意じゃないから」

「そっか」

「心音は?」

彼女は髪をかきあげながら。

僕を覗き込んで微笑む。

「泳いだのは、小さい頃かな。でも、私平泳ぎしかできない」

「一つでも、出来れば十分だよ、僕は出来てもクロールがやっとだから」

「お兄ちゃん得意なものはなんなの?」

「え? 得意なもの? 心音は?」

「あっ、ずるいーっ。質問返しだ」

「いや、そういう訳じゃなくて、心音の聞いたら思い出すかなって」

「ふーん。じゃあちゃんと後で答えてよね?」

「はいはい」

「ふふふ」

彼女はつないだ手を引き寄せて。

膝の上に重ねた。

冷たい肌だった。


そして、僕の手の甲を右手でさする。

「今の感じ。すごくいい。なんか、呆れてるけど、ほっとけない。みたいな」

「そうだった?」

「うんうん」

「そう……それで、得意なものは?」

「得意じゃないけど……」

右手の指先を僕の手の甲で跳ねさせる。

ゆっくりと僕を覗き込む。

どう?

分かる?

そう、言いたげな瞳で。

「ピアノ?」

目を見開いて。

目尻を下げて。

唇を噛む。

「ピンポーン!」

「すごいな、楽器出来るのか……」

「そんな上手じゃないよ。はい、お兄ちゃんの番」

「そうだな……」

改めて思い返しても。

何が得意だったのか……


ちらりと見た彼女は興味津々の眼差しを送っている。

「早口言葉かな」

「へ?」

「かえるぴょこぴょこ、みぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ、むぴょこぴょこ」

彼女は目をパチパチさせていた。

「どう? すごいでしょ? 心音も言ってみて」

「え? なんて言うの?」

僕はゆっくりと早口言葉を口ずさむ。

彼女は頬を膨らませて。

大きく息を吐く。

「かえるぴょこぴょこ、びょこんぴょこん。今日も元気だゲーロゲロ」

「ははは、面白い」

肩を揺すって笑う僕。

拍子に合わせて首を振り。

表情まで変えて言う彼女の姿がおかしくて。

「私も早口言葉得意だったみたい」

「ああ、すごく上手いと思う」

「あれ? 神林、なにやってんの?」

背後から聞こえた男性の声。

彼女はぴくりと肩を揺らした。

ほんの束の間。

視線がぶれて。

瞼を閉じた。

でも。

すぐに開いた瞳には、反射した水面の光を宿していた。


お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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