目覚めなかったはずの朝の始まり
畳が擦れる音がして。
人の気配がする。
ハッと目を開ける。
顔の前に彼女の顔があり瞬きをする。
「ふふふ、お寝坊さんだな、お兄ちゃんは」
髪を手で押さえながら微笑む彼女。
「あの、どうやって部屋に?」
「ん? 鍵かかってなかったよ」
「あっ……」
確かに忘れていた。
彼女は掛け布団を剥ぎ取るように立ち上がる。
「さっ、支度してよ。朝ごはん食べてデートだよ」
彼女はスカートを翻し部屋の入り口へと向かう。
昨日は、気にも留めていなかったが、今日の彼女の装いは年相応な華やかさと明るさを纏っていた。
「じゃ、あとでねお兄ちゃん」
彼女は、顔の脇で片手をパクパクさせて扉を閉めた。
彼女は朝食に姿を見せなかった。
食堂の客は僕一人だけ。
時計の針は8時半を回ったところ。
彼女との約束の9時までに部屋に戻ればいい。
半ばかきこむように食事を進めていた。
アジの干物に納豆。
冷奴に味噌汁。
「芹沢さん、娘の心音が、お世話になるそうで、ありがとうございます」
ふいに彼女の母親が声を掛けてきた。
「あ、いえ、特に予定はないですし、観光案内もしてくれるそうなので」
その場凌ぎの言葉を口にした僕。
母親は、はにかみながら向かいの椅子に腰を下ろした。
「芹沢さんは、お優しい方なのですね、娘があんなに楽しそうにしているの、久しぶりに見ました」
「いや、僕は優しくなんてないですよ」
「そうですか? そうは、見えませんけど。だって、心音は病気のことも話したのでしょ?」
「ああ、はい。伺いました」
母親は何度か頷く。
「週明けには入院するんです。そうしたら、もう……」
瞳は曇り、シワが目立って。
急に老け込んでしまったのではないか?
目を疑いたくなるくらい消沈した面持ちの母親。
ふーっと、吐息をこぼし、顔を上げた。
その瞳には柔らかな光がさして。
肌は艶めいていた。
「お宿代は頂けません。どうかよろしくお願いいたします」
母親は、テーブルに両手をついて頭を下げた。
「いや、それは承知しかねます、お代は払います。見返りが欲しくてするわけではないですし、お気持ちはありがたく頂きますけど……」
僕は箸を置いて、姿勢をただす。
「それに、想いはお金や何かに変えるものではないのかなって。心音さんが知ったら喜ぶでしょうか?」
目を見開く母親。
「あ、ごめんなさい、生意気申し上げました。親御さんのお気持ちは伝わったつもりです。何ができる訳でもないですけど、いい時間を過ごせてもらえたらって想います」
母親は、ぴんと背筋を伸ばした。
「私の方こそ無礼を申しました。この島は、良いところです。芹沢さんも、楽しんで下さいね」
首を傾げて微笑む母親は、そのまま小さく頭を下げて席を立った。
朝食を済ませ部屋に戻ると、彼女は扉に寄りかかって待っていた。
白いダウンジャケットに黒髪が映えていた。
「お兄ちゃん、あと3分だよ。早く支度して」
僕に気づいた彼女は、両手を腰に当て仁王立ち。
「あ、はい、バッグ取るだけだから」
僕は、いそいそと鍵を開けて、部屋の中に入る。
バッグを肩にかけて。
部屋を出る。
彼女は後ろ手に、踵を上げ下げしてリズムをとっていた。
「お待たせしました」
唇を尖らせて。
人差し指を顎に。
じーっと、上目遣いに僕を見つめる彼女。
「どうかしたの?」
「あの。設定忘れてるでしょ?」
「いえ、覚えてますよ」
「じゃあ、なおさらダメだ」
「ん?」
彼女は大きくため息をついて肩を落とす。
「あの。ちゃんと呼んでください。名前」
「ああ、そういうこと」
「うん」
彼女が大きく頷くと、長い髮が宙を踊る。
「じゃあ、行こうか、心音」
「うーん。固いけど、いいよ。その感じね」
後ろ手に覗き込むように微笑む。
その仕草や言い方は――
彩音そのものにさえ見えてしまった。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。




