表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い雨  作者: ぽんこつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/23

黒く清らかな澱

布団に横になっても、なかなか寝付けずにいた。

思考がどうしても彩音に向かってしまう。


あの夏――

僕は当初、彩音の変化は失恋かなにか、ありふれたものだと想っていた。

部屋にこもりがちになり、学校にも行かず、食事にも顔を出さない。

そんな彩音を見かねてか、母は仕事を辞めて家にいるようになった。

母に彩音のことを聞いても、多感な年頃だからとしか、言わなかった。

小さい頃から、何かあれば、

「お兄ちゃん教えて」

って、話をしに来ていた彩音。


仲良かった親友の瑛菜えなさんや恋人の成瀬くんは、毎日のように心配して家に来てくれていた。

メッセージや電話にも出ないからと。

当の彩音は、その行為を全て拒絶した。


さすがにおかしいと想い、彩音を問いただそうとしたことがあったけど。

僕でさえ拒絶した。

鍵の掛かった扉の向こうで。

「こないで!」

と。

ただ、一言。


顔を合わせる時も。

脱け殻になったような彩音は、以前のような明るさと笑顔は消え失せ、ただ、呼吸をしている。

そんな感じだった。

もちろん、声をかけても言葉は返ってこなくて。

ぼんやりと虚しい笑みがわずかに浮かぶだけだった。


木々が色づき始めた頃。

両親に詰めよって、やっと母が口を割った事実を、僕は飲み込めなかった。

彩音が乱暴されたのだと。

彩音本人が母に話したのは夏休みが終わる直前のことだったようだ。

母は薄々察していたから仕事を辞めたのだと。


事件当日。

帰ってきた彩音の様子で、母は異変を感じたという。

泣きながら帰ってきた彩音は、母の顔を見るなり、部屋に駆け込んだ。

心配した母がすぐに後を追い話かけるも。

「大丈夫」

「ごめんなさい」

と涙声が返ってくるばかり。

でも母は、その日に彩音が着ていた服、さらには下着がゴミとして捨てられていたこと。

いつにもまして長い風呂。

そして、その日から、いくらエアコンを入れるとはいえ、夏だというのに長袖の上下を着こんでいたこと。

それらの変化で、もしやと母は感じていたのだと。


僕はこころの奥底から怒りがわいた。

当然だ。

かわいい妹を弄んだ奴を赦せるはずもない。

犯人を聞き出そうにも両親は知らず、彩音も口にしないと言う。


結局。

彩音の事件は事件にならなかった。

この手の事件は、被害者の告発があってはじめて警察が動く。

母は性被害を専門にする弁護士に相談までしたようだが、彩音がそれを望まなかったようだ。

カウンセラーの先生も彩音は拒絶したらしい。


僕は、怒りの矛先さえ向けられない、もどかしさを覚えながらも。

できる限り、彩音のそばにいるようにしていた。

だからと言って何ができる訳でもなくて。

それしか出来なかったから。


そして――

事件から半年も経たない、あの雪の日。

彩音は旅立ってしまった。

僕は、救い、助けることが出来なかった。

そもそも、守ってやれなかった。

無力だった。

赤く染まった浴槽に寄りかかるようにしていた彩音。

その顔が、いくばくか、笑っているようにさえ見えた。


僕は彩音を赤い海から抱き上げて。

泣きじゃくる母と服を着せた。

その後の事は良く覚えていない。

ほどなく帰宅した父が悲しみを堪えて対応してくれていたから。


覚えているのは――

僕は彩音の部屋にいた。

微かに漂う。

いや、部屋にこびりついている。彩音のシャンプーの匂い。

きれいに整頓されていた机の上に父と母。

僕宛の手紙が置いてあった。

『お兄ちゃんへ』

少し丸みを帯びた彩音の字。

記された文字は、少し震えているようだった。

僕はそれをそっと手に取り。

部屋の明かりをつけた。

どこかぼんやりとした光の中で。

そのまま壁に凭れるように座り込んだ。

手紙の中には便箋が一枚入っていた。

紙が擦れる音を残して。

広げた文面を目にした瞬間。

零れ出した雫たちを止めるものはなかった。

所々。

インクが滲んでいたから。

どんな想いでこれを書いたのか――

『ごめんなさいお兄ちゃん。

苦しくて。

辛いんだ。

でも、これだけは忘れないでね。

お兄ちゃんがお兄ちゃんで良かったよ。

優しくしてくれて、ありがとう。

お父さんとお母さんをよろしくお願いします。

バイバイお兄ちゃん 彩音』

僕は彩音の名前を呼びながら。

泣き。

わめいていた――


冬晴れの風の強い日。

彩音の葬儀は家族とわずかな友人たちが参列し、ひっそりと執り行われた。

瑛菜さんをはじめ仲の良かった友人たちや恋人だった成瀬くん。

彩音の棺に寄り添い涙を流してくれていた。

みんな自殺の理由は知らなかった。

ただ、瑛菜さんや成瀬くんは、僕にある噂を口にした。

彩音が暴行されたという噂。

一時期校内で囁かれていたという。

僕はすかさず、

「それはないよ」

嘘をついて、取り繕った。

みんなを騙せたとは想わないが。

彩音の名誉を守りたかった。

それだけだった。


彩音が居なくなってから。

僕ら残された家族は、深く暗い海溝の底に沈んだ。

母は自分を責め、病に伏して、彩音の後を追うように半年後、この世を去った。

父は踏ん張っていたと想う。

母の死が追い打ちをかけたんだろう。

知らず知らずのうちに酒に溺れて。

ある日、電池が切れたのかのように倒れ、母の死から半年後に亡くなった。


一年半の間に家族全員を失った。

結局、母と父の葬儀もできず、寺の住職さえも僕にかける言葉は見当たらなかったようだった。

何も出来ない僕は、大学を中退して働きだしていた。

やりたかった仕事でもなく。

ただ、この世で生活というシステムを生きるためのだけに。


お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。

また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ