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白い雨  作者: ぽんこつ


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思わぬ提案

彼女は夕食の時間に誘いに来ると、どういう訳か、僕と一緒に食事をした。

食堂は四人がけのテーブル席が二つと二人がけのテーブル席が二つ。

四人がけのテーブルの一つには四人家族がすでに座って団らんのひとときを過ごしていた。

小学生くらいの兄妹。

思わず目をそむけた。

僕と彼女は二人がけのテーブル席。

出てきた料理は大皿に盛られた刺身。

器いっぱいの煮物に茶碗蒸し。

素麺にご飯に汁物。

想像以上に品数も量も多い。

「いただきまーす」

陽気な声で、箸を取る彼女。

「おいしい。芹沢さんも食べてみて。お魚は今朝取れたんだ」

まるで彼女が釣ってきたかのように得意気な顔。

「じゃあ、遠慮なく」

白身の魚はコリコリとした歯応えがあった。

「料理の食材は全部島のもので、地産地消なんですよ」

顎をあげながら、素麺を器用にすすっている。

「ちさんちしょう?」

「うん。土地で作った物で、その土地で消費するって。これお父さんからの受け売り」

顔を付き出して微笑む彼女。

「なるほど……」

「お兄ちゃんこれ食べて」

背後から届く女の子の声。

「なんだよ。またニンジンかよ」

呆れたような物言いの男の子。

「だって、和奏わかな食べられないもん」

「いいけど、ニンジン食べたらかわいくなるらしいぞ」

「ホントに?」

「ああ、クラスで一番かわいい七海ちゃんがいってたから、間違いない」

「お兄ちゃん、紗頼ちゃんが好きなの?」

「いや、それは……」

「じゃあ食べる」

「おう、そうか、和奏も、今よりもっとかわいくなる」

「じゃあ、大きくなったら和奏をお嫁さんにしてくれる?」

家族の笑い声が起きる。

「いいなぁ。兄妹か……」

彼女は、ボソッと囁いて、汁物に口をつけた。

「どうですか? 食事は? お口に合いましたでしょうか?」

彼女の母親が声をかけながら、近寄ってきた。

「ああ、おいしく頂いています」

「家は古いけど食材だけは新鮮ですから」

「いいえ、旅館の佇まいも素敵です」

「あらあら、お上手で。すみませんね、娘が邪魔をして」

「いいえ、お気になさらずに」

「じゃあ、ごゆっくり」

母親は頭を下げると、家族連れのテーブルに声をかけていた。

「そうだ。芹沢さん、お酒は飲めないの?」

「ん? 飲めますよ」

彼女は、ニコッと笑い、箸を置いて席を立つ。

僕は、刺身を口に運ぶ。

わさびが鼻に染みて。

背後からは、仲のいい小さい兄妹の会話。

どこか遠くの、もうずいぶん昔の記憶に重なっていた。


彼女は後ろ手に歩いて来て、テーブルの脇に立つ。

「どうしました?」

僕の問いに、

「ジャーン」

ビール瓶とグラスをぼくの前に置いた。

「私からの奢りです」

「いや、それは……」

「だって、私のお願い聞いてくれたでしょ? でも私、車運転できないし、ガソリン代だって、少しはお小遣いで払えるけど」

彼女は両手で持ったコップを差し出す。

「じゃあ、遠慮なく」

僕がグラスを受けとると、彼女は嬉しそうに唇を結んだ。

「お酌します」

ビール瓶を顔の脇に、小首をかしげる。

「あ、ああ、ありがとう」

彼女はビールをつぎ終わると、瓶を手にしたまま席に腰かけた。

そして、じーっと、僕を見つめている。

その視線を浴びながら、グラスをあおった。

久しぶりのビールの喉ごしが、顔をしかめさせる。

「ふふふ。いい飲みっぷり」

ビール瓶を差し出す彼女。

僕は軽く頭を下げながら、グラスを出した。

「酔っぱらってもいいですよ。でも、私との約束は守って」

「ああ、はい」

結局、お酒はビールだけにした。

飲みたくない訳じゃないし。

飲みたい訳でもない。

ただ、それ以上飲んだら、彼女のペースに流されてばかりで。

酔いつぶれるまで飲む資格は僕にはありもしないのだから。

食事を終えて、部屋に帰ろうとすると、彼女は後ろを着いてくる。

「大丈夫ですよ、部屋分かりますから」

「ん? 私の部屋、芹沢さんの向かいなんです」

「え? そうなんだ」

「それに、明日からのデートの話もしたいし、お風呂入ったらお部屋いきますね」

「え? ああ、分かりました」


それから――

シャワーだけを浴びた。

湯船には、あの日以来浸かれなくて。

この旅館のような、バスタブじゃない、大きな場所なら気分は違うけど。

浴場から戻ると、モコモコとした部屋着をまとった彼女は、僕の部屋の扉に寄りかかっていた。

僕の気配に、いや、足音に気付いて、顔の横で片手でおいでおいでと手招いた。

「もう女の子待たせるってどういうこと?」

「すみません」

カギを開けて部屋に入る。

すでに布団が敷かれていたが、敷き布団ごと畳んで、テーブルを部屋の真ん中に運んだ。

彼女は冷蔵庫から缶ビールとジュースを持ってきた。

「どうぞ」

「いや、もう」

「そうですか?」

「じゃあ、私が飲んじゃおう」

「え?」

「もう、ジュースですよ。芹沢さんって、せっかちだし、案外……」

顔を突き出して、覗き見るように、視線を動かす彼女。

ふわりと匂うシャンプーの香り、

「じゃあ、一本だけ付き合います」

僕の答えに満足したのか、彼女は目を細めて、肩をすくめる。

ブシュ。

プルタブを開けると。

彼女は自分の缶を僕の缶に軽く当てて。

「かんぱーい」

片手を挙げながら、ごくごくと喉を鳴らす。

「ふー。お風呂上がりのジュースって最高です」

屈託ない微笑みに、僕も自然とビールに口をつけていた。

「そうだ」

彼女は胸の前で両手を合わせると、テーブルの上のメモ用紙に何かを書き始めた。

きゅっと口角を上げると、それをスッと僕の前に差し出した。

神林かんばやし 心音ここね』と名前が書かれていた。

線の細い、柔らかい文体。

「芹沢さんは、どんな字を書くんですか? 名前?」

「え? ああ」

彼女が差し出したペンを貰い、そのメモに並べて書く。

「ふーん。優しいに志す。なんか優しすぎる名前だなあ」

「そうかな?」

上着の袖を両手で握った彼女は、それを擦り合わせながら、背筋を伸ばした。

「明日のデートなんですけど」

「ああ」

「ちょっと設定を考えてみたんです」

「設定?」

彼女は首を傾げて微笑む。

「私、一人っ子でしょ」

「ああ、そうみたいですね」

「だから明日は、芹沢さんが、私のお兄ちゃんになってください」

「え……?」

お兄ちゃんという響きが、彩音の声を呼び起こし、視線を落とさせる。

「私、お兄ちゃんが欲しかったんだ。だから兄妹に憧れてるの。ね? いいでしょ?」

覗き込むように僕を見る彼女。

はらりと長い髪がテーブルの上に流れる。

「……はい、分かりました」

「やったー! ありがとうお兄ちゃん」

僕の前で微笑む彼女が在りし日の彩音とだぶってしまう。

「だから、明日は私のこと、心音って呼んでくださいね」

「そういうこと」

「はい、呼んでみて、お兄ちゃん」

「……今?」

うんうんとうなずく彼女。

すっと、髪を耳に掛けて、片手を耳の後ろにあてがう。

「ん、んんっ」

咳払いをする僕。

彼女は、その姿勢のまま、少し身を乗り出す。

「ああ、こ、心音」

名前を呼ばれたほんの一瞬、目を閉じた彼女。

すぐに、にこやかに微笑む。

「うーん。ちょっと固いけど、いい感じです」

「そ、そう……」

「明日は、9時に出発です。行くところは私が考えてますから、任せてください」

「分かりました」

にいっーと口を広げて笑う彼女。

片手をちょんと顔の脇に挙げながら、ぐびぐびと缶ジュースを飲み干した。

「ぷはー。じゃあ明日、お願いします」

「はい」

僕が微笑みを返すと、彼女は身を乗り出して、潤ませた瞳で僕を見た。

「ありがとう。ごめんね」

震える声で、はにかんで、シャンプーの匂いと共に、すっと立ち上がった。

「おやすみ、お兄ちゃん」

顔の脇でピースをして。

扉を閉める時は手を振って。

部屋を出て行った。


僕は、残ったビールに口をつける。

喉を鳴らして飲み干して。

そっと、テーブルに缶を置く。

ん?

メモ用紙がない。

テーブルの下や周りにも見当たらない。

彼女が持って行ったのだろうか?

それにしても――

他人の空似とは言うけど。

顔立ちまでならともかく。

陽気な性格も時折見せる仕草も同じに見える。

彩音は自ら命を断った。

彼女は病で……

僕は――

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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