『かんかけ』にて
滔々と降りしきる雪の中。
道路に面した駐車場に車を止めた。
ザッ。
地面にうっすら積もった雪。
一歩外に下りると、張りつめた冷気に目を細める。
小さな手提げカバンとボストンバッグを後部座席から取り出した。
そんな僕の様子を見ていた少女は、何も言わず微笑みながら、顔の脇で、おいでおいでと手を動かした。
古い木造の家。
扉のない門をくぐり抜け
少女は僕を一瞥して唇を噛むと、ガラガラと曇りガラスの引き戸を開ける。
「ただいまー! お父さん、お母さん、お客さん連れてきたよ!」
「はーい」
奥から女性の声が飛んできた。
「どうぞ上がってください」
スリッパを並べて置いた少女。
「お邪魔します」
タッタッタッ……
廊下の奥から、髪をアップにした女性が姿を現した。
おそらく、少女の母親だろう。
僕の前で、丁寧に頭を下げる。
「こんばんは、よくおいでくださいました」
「あ、お邪魔します」
「どうぞ、こちらへ」
母親に促され、玄関そばのカウンターでチェックインを済ませる。
「じゃあ、私が部屋に案内する」
少女は、母親に向かって小さくウインクをした。
「あら、そうしたらお願い。お夕飯は6時になります」
「わかりました」
「こっちです」
そう言って、気持ち幅広の階段を上がっていく少女。
きいきい……
足で、踏むたびに床が鳴く。
「古い家だから。お化けも出るんですよ」
少女は振り向いて、両手の甲を見せて、ペロリと舌を出した。
こんな風におどけるところもそっくりだった。
「まさか……」
苦笑う僕に、白い歯を見せる少女。
とても、病気だと想えない。
もしかして、遊ばれているのだろうか?
いや、さっき見せた表情はどこか達観した気配があった。
少女は廊下の突き当たりで立ち止まった。
「こちらが、お部屋になります」
体の前で、伸ばした腕の先の両手を重ねて、首をかしげる少女。
「あ、ありがとう」
部屋に入ってすぐが洗面所。
畳の匂いが立ち込める六畳の和室。
「お茶いれますね」
手慣れた様子で、テーブルの上の湯呑み茶碗を二つ手に取った。
僕はカバンとバッグを部屋の隅に置く。
コートを脱いで壁掛けのハンガーにひっかけて。
敷かれていた座布団に腰を下ろした。
その間も視線が少女をずっと追っている。
一挙手一投足。
全部ではないけれど、彩音に重なって。
「お待たせしました」
少女は僕の前にトンとお茶を置くと、向かい合わせに座った。
手にしたお茶に、フーフーと息をふきかけて、口をつけた。
「あつっ……」
舌を出して、ひらひらと片手で仰いでいる。
とても、愛らしく想えて、思わず笑っていた。
そんな僕に気付いた少女は、目を細めじーっと、こっちを見つめる。
「私の顔に、何かついてます?」
「いや……」
僕はお茶に手を伸ばして、口に含んだ。
「うっ」
熱さにびっくりして、吹き出す訳にもいかず、手で口を押さえて飲み込んだ。
「かわいい」
顔をしかめながら、見た少女は、両手で頬杖をついて笑っていた。
「芹沢さん、もしかして私のこと好きになった?」
「は?」
「違うの?」
「ええ、まあ」
「なーんだ」
少女は口を尖らせ、お茶を飲む。
「あの」
「なんですか?」
「どうしてここにいるの?」
「ん? 私の家だけど?」
「いや、そうじゃなくて」
「私がいたら、邪魔ですか?」
拗ねたように顔をそむける。
「いや、そういう訳じゃないけど」
「じゃあ、教えて。どうして死のうと想ったのか」
「ああ……」
「教えてくれるまで、ここにいようかな」
少女は頬杖をついたまま、逃げ道を塞ぐような真っ直ぐな瞳で、僕を射抜いた。
「参ったな」
お茶を飲んで、視線をはぐらかす僕。
正直、あの日から、全ての景色が変わった。
生きるのと同じで。
死ぬのに意味なんてあるのだろうか。
そう、ただ死にたい。
それが僕の唯一の願いなのだから。
「死にたいからです」
理由はいくらでも言える。
それを目の前の少女に伝えて意味があるとは想えない。
「ふーん。そっか……」
少女はお茶をごくごくと飲み干す。
「じゃあ、後で夕食のお迎えきますね」
テーブルに両手をついて立ち上がった。
「私のわがまま聞いてくれて、ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をして。
その勢いで、長い髪が宙を波打つ。
くるんとスカートを翻し歩きだし。
部屋の入り口で、こちらに振り向いた。
頬を上げて微笑んで。
両目を閉じながら。
投げキッスをして。
扉の向こうに姿を消した。
少女の余韻が笑顔を連れてきていた。
僕は、そのまま天井を仰いで横になった。
終わるはずだった今日。
彩音の命日の今日。
「ごめんな、彩音……」
少しだけ、彩音にそっくりな子に、兄らしいことしてから行くから。
何も出来なかった彩音の罪滅ぼしして。
どこまで独善的なのか。
独りになった途端。
胸のうちに渦巻く黒い感情が僕を包んでいた。
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