乞い願って
彼女はゆっくりと立ち上がり。
つないだ手を引っ張って。
僕に立つように促した。
彼女は上目遣いに見つめて。
唇をまっすぐ結んでいた。
僕が首をかしげると。
「あのね……」
「うん。なんでも言ってごらん」
彼女の片手がコートの胸元を握りしめた。
「私を抱いてくれますか?」
一陣の風が心を突き抜けていく。
実際は風なんて吹いていない。
ただ、この刹那によぎる感情が風となった。
彩音に似た心音と関係を持つということ。
彩音は凌辱され命を絶ったこと。
僕の手は復讐を遂げることも出来ずに汚れたままなこと。
そんな自分が――
彼女の覚悟と僕の覚悟。
「わかったよ。心音」
肩の力が抜けた彼女は僕の胸に飛び込んできた。
包み込んだ体は震えていた。
なぜそうしたいのか?
僕には分からない。
ただ、受け止めて。
彼女の想うがままに。
僕は彼女の背中を、ゆっくりとさすっていた。
すっかり日も暮れて。
フェリーの窓の外は宵の中にある。
行きと同じように。
彼女は、僕の肩に凭れて寝息をたてている。
クリームイエローのワンピースが窓ガラスに反射していた。
彼女は美しかった。
触れあう肌のぬくもりに。
半ば溺れるように。
さすがに初めてだという彼女の体は強ばっていたが。
狂おしいほどに
最後には冗談めかして。
「もう、一回して」
と、艶かしい瞳で語りかけていた。
そんな彼女との旅も、もうすぐ終わる。
しかし。
おかしな夢のような話だ。
あの寺の住職が言っていたが。
出逢いとは必然なのかもしれない。
人間。
あらゆる事柄に理由をつけたくなる。
何故か。
それが、自分自身にとって、意味や意義の有ることだと想いたいから。
ご多分に漏れず。
この出逢いに理由をつけるならば。
少なくとも僕には残酷過ぎた。
もちろん。
彼女が悪いわけではない。
ただ、彩音に似ている。
この一点だけが複雑なものにする。
どうしても引き合いになる。
割り切って。
心音という女性だと想っても。
ね。
もし、死というものがそばにいなければ出逢うことはなかっただろうし。
それがあるからこそ、互いに興味を持ったのだろう。
明日には死地を求めて旅に出る。
ただ、こうも想う。
穢れ荒んだ僕に、人らしいことを味合わせてくれた彼女に。
心の底から感謝している。
彼女は二度も死を望んだ。
その二回目の理由のなんと切ないことか。
今の僕に出来る恩返しをしようと想う。
「ん。んっ……」
「大丈夫かい?」
「ふぁ~。よく寝た」
彼女は胸を張って、息を吐いた。
「優さん、ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
「そんなことなーい」
つないだ手を離した彼女は僕の頬に両手を添えた。
「本当にね、幸せなんだよ私」
「そっか」
「優さんは?」
「幸せだと想う」
彼女はくしゃっと微笑むと。
そのまま僕にキスをした。
「お腹空いた~」
「ははは」
「今日の夕食はお寿司なはず」
「そう。そりゃあ楽しみだな」
たった、二日間の間なのに。
目に馴染んだ彼女の笑顔がそこにあった。
光が当たってるわけでもないのに。
まばゆさに目が眩むほどの。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しています。




