召されて
港近くの駐車場に車を止めて。
彼女のスカートを弄ぶ風と共に歩く。
はしゃぐ彼女の声に応えるように。
大通りの木から落ちた葉が宙を舞い。
地面を駆けずり回る。
彼女が連れてきたのは。
アーケードが続く商店街だった。
「ねえ? 優さんに服を選んで欲しいな」
「僕が?」
「うん。予算は一万円」
「なるほど」
僕は改めて彼女の装いを見る。
白とピンクのスニーカー。
オフホワイトのダッフルコートを羽織っている。
インナーは……
キャラメル色のニットに。
焦げ茶色のミニスカート。
肌がむき出しの華奢な足を見て。
口の端が緩んでしまった。
彩音に言ったことがあった。
「寒くないの?」
と。
「もう。女心が分からないんだね。寒いに決まってるでしょ」
って。
笑っていた。
「優さん? 何がおかしいの?」
「ん? ああ、寒くないのかなって」
彼女は僕の手を引っ張って。
腿に触れさせる。
「ちょっと」
その肌は冷たくて。
僕の熱を奪っていく。
「わかった、わかった、歩きづらいだろ」
僕が手を引いて、姿勢を戻すと。
彼女は肩をすくめる。
「寒いに決まってるでしょ? 全く乙女心が分からないんだから」
口を尖らせ僕を見上げる彼女。
「ははは、そうか。じゃあ心音。その乙女心を教えてくれよ。この甲斐性なしに」
「女の子はね、かわいく。きれいになるためには努力は厭わないの」
「なるほどね」
「特に。それを見せる相手がいて……」
「ん? 相手がいてなんなの?」
「ああ、もう。優さん? 本気?」
「え? うん。分からない」
じーっと目を細めて。
僕を睨む。
やがて視線を逸らして。
つないだ手をぐっと引っ張って立ち止まる。
顔を上げた彼女は微笑んで。
ぴょんと小さく跳び跳ねて。
僕の唇に一瞬の温かさを残した。
「それが、好きな人なら。なおさらなんだよ」
「あっ」
僕の腕にしがみついて歩き出す彼女。
参ったな。
僕は心の動揺が収まらないまま。
でも。
彼女の軽やかな足取りが。
それを打ち消していく。
「ところでさ優さん?」
「なんだい?」
「かいしょうってなに?」
「は、ははは」
「なによー」
膨れる彼女。
「ごめん。そうだな。乙女心が分からない。人の心が分からない僕みたいな人間のことかな」
「ふーん。でも。違うよそれ」
「ん?」
「だって、人の心なんて分かるはずないでしょ?」
「まあ、確かに」
「あっ。優さんこのお店、見てみよ」
僕は苦笑いを浮かべ。
彼女が指差した店舗に付き従った。
店内はカラフルな服が所狭しと陳列され。
めかしたマネキンが、ファッションモデルのようにポーズを決めている。
僕の手からすり抜けた彼女は。
次々と手にした服をあてがいながら。
「どう?」
と、見せてくる。
正直、どれも似合うと想う。
「心音が好きな色は?」
「うーん。青も好き。ピンクも黄色も好きかな」
「そんなにあるの?」
「え? もっとあるけど」
「そっか。どんな、そのデザインとか好み?」
「かわいいのがいい! 女の子らしいの。でも、優さんが選んでくれたやつなら、なんでもいいよ」
「そっか」
女性に服を選んだことがない僕にとって。
右も左も分からない状況。
とりあえず、彼女が口にした色で探す。
ゆっくりと品定めしながら歩いて。
その間も彼女は服を手にとっては、僕に見せてくる。
どれもかわいく見える。
寒色の並びの中に。
クリームイエローが目についた。
僕はハンガーを掴む。
引き抜くと。
ワンピースだった。
肩の辺りが膨らんでいて。
長袖の袖口にフリルがあしらわれている。
肌触りも柔らかくなめらか。
「わっ。いいかもそれ」
「そう?」
「うん。試着してみる」
彼女に連れられるがまま。
試着エリアに。
スニーカーを脱いで。
振り返る彼女。
「一緒に入る?」
「なんで!?」
「冗談だよ」
ぼそぼそっと呟いて。
しゃーっと。
カーテンが閉まる。
僕は通路の壁にもたれた。
今日の彼女は積極的というか。
活力を感じる。
「優さん」
カーテンの隙間から顔だけ出した彼女。
「ん?」
僕が近づくと。
「背中のファスナー上げて」
「あ、はい」
彼女はカーテンをゆっくりと開けて。
くるりと僕に背を向けた。
肌着からのぞく。
露出した背中。
透き通るような白い肌。
触れてはいけない、神聖なものに想えて。
僕は慎重にファスナーを滑らせた。
「はい、これでいいかな」
「ありがとう」
うつむきながらこっちを向いた彼女。
「ねえ、どうかな?」
スカートの両端を摘まんで。
上目遣いに僕を見つめた。
服のデザインの細かいことは分からない。
けど、女性らしいフォルムで。
とても良く似合っていた。
「すごく。かわいいよ心音」
「へへ。ありがとう。じゃあこれにする」
「あ、あのさ」
「ん?」
「よかったら、そのプレゼントするよ」
「え!?」
「初めてのデートのお祝いに」
「ありがとう」
彼女は、すーっとぼくの腰に腕を回して抱きついてきた。
彩音の影がちらつきながらも。
僕の中にそっと芽生えた感情に戸惑いながら。
小さな柔らかい体を抱きしめていた。
けれど。
あたたかくて。
大きな安らぎをもたらすものだった。
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