乗せられて
高松に向かうフェリーは空いていた。
彼女は迷わず窓際の二人掛けの席に案内する。
「高松までは一時間かかるんだ」
「そっか。心音は行ったことあるんだろ?」
「うん。でも、そんなに多くないかな」
「僕は、はじめてだ」
「ふーん。でも、優さん旅行とかしてるんでしょ?」
「いや、関東から出たことない。今回が初めてだね」
「そっか。初めての旅が、夕凪島だったんだ」
「そうなるかな」
彼女は僕に寄りかかる。
そして。
つないだ僕の手を腿の上に引っ張った。
小刻みな振動がシートに伝わって。
フェリーは動き始めた。
アナウンスと音楽が船内に響く。
「どうして夕凪島にしたの?」
「あ? えーと、いいとこだって聞いたから」
「ふーん。そっかいいとこだから最初で最後の場所にしたんだ」
「そうかな」
「優さん、あったかくて、気持ちいい」
つないだ手はそのままに。
もう片方の手が僕の腕にしがみつく。
「そっか……」
穏やかな海のせいか揺れはほとんど感じない。
暖房が効いてる船内は春の陽気のように暖かい。
彼女の腿の上にある手の慣れない感触。
それこそ。
あたたかくて。
柔らかい。
嫌がおうにも。
意識が手のひらに向いてしまう。
彼女は僕にもたれ。
いつの間にか。
気持ち良さそうに寝息をたてている。
甘いシャンプーの匂いを漂わせながら。
彩音に似ている彼女を「設定」とはいえ。
恋人になる。
しかも好きになれという。
そこまでは考えもしなかった。
ただ、一緒に時間を過ごすだけだと。
デートの雰囲気だけでも味わいたいのかと。
だが、彼女の願い。
本心は量れないが。
本気は伝わる。
まだ、頬に残るキスの余韻。
こぼれた息が微笑みを連れてくる。
彼女の想いにとことん付き合うんだろ。
彩音に何もしてやれなかった僕が。
命の限度を知っても尚。
健気に生を全うしようとしている彼女に。
今さら、何をためらう?
僕がどう想うかより。
彼女が楽しめるかどうかだろ。
確かに。
彩音に似ているが、彼女は心音だ。
「彼氏」らしいことが出来る自信もないが。
彼女の想いに応えると決めたんだ。
それに。
今日一日だけなのだ。
そうだろ。
僕は、手でそっと彼女の頭を撫でた。
「心音、もう着くよ。起きて」
彼女は僕の肩に頬ずりをして。
ゆっくりと頭を起こす。
「優さん、おはよう」
「今日は怒らないんだな、起こせって」
僕は彼女の鼻をつまむ。
ピクッとした彼女の頬がほんのりピンクに染まる。
長い睫毛を瞬かせて。
腿の上の僕の手をぎゅっと握った。
「うん。楽しみで、あまり寝れなかったんだ」
「そっか。じゃあ、想う存分に楽しもう」
「うん!」
唇を噛みしめて。
僕の鼻をつまんだ。
「優さん、好きだよ」
小さな声が囁いた。
僕は小さく息を吸う。
「好きだよ、心音」
目を大きく見開いて。
すぐに細めた。
白い歯を見せた笑顔。
それは、今までで一番のきらめきをまとい。
時が止まったかのように美しかった。




