乱れた心
朝の空気は冷たく張りつめていた。
吹き荒ぶ風が身を縮こませる。
「寒いね~」
助手席に座るなり。
コートを脱いで。
送風口に両手をかざした彼女。
メイクをしているせいか。
アップスタイルの髪型のせいか。
昨日より、どことなく大人びて見える。
服装もニットにミニスカート。
女性らしさを感じさせるものだった。
どこか。
彩音が、成長した姿を見ているようでもあり。
心音という女性の未来を映し出しているようでもあり。
覚めない夢の中にいるような。
不思議な気分だった。
「優さん、今日の私はどうかな?」
しおらしくはにかむ彼女。
「どうって?」
「はぁ。私を見てどう想う?」
吐息をつきながら。
首をかしげ。
横目でこっちを見ていた。
「いいんじゃない」
彼女は、また、ため息をついて。
不服そうにシートに凭れた。
「本当に優さん、彼女いなかったんだね」
「ん?」
「もう。こういう時は、かわいいとか、きれいだねとか。似合ってるね。とか言うんだよ」
「はあ」
「恋人なんだよ。私のこと好きなんだよ。ちゃんと見て」
「はい」
「じゃあ、やり直し」
彼女は顔を付き出す。
「ねえ?」
てかてかした唇をすぼめて。
長い睫毛越しに見つめてきた。
「なんか大人ぽくってきれいだと想うよ」
「そう? ありがとう。優さんも髪型、今日は決まってるね」
特に何をした訳でもないけど。
悪い気はしない。
というか。
安請け合いしたものの。
よくよく考えたら。
そもそもデートというものをしたことがない。
一抹以上の不安がよぎる。
おかしなものである。
死ぬことへの恐怖はないのに。
ん!?
頬に柔らかいぬくもりが触れて。
僕はみじろいで彼女を見た。
するすると何事もなかったかのように。
シートに身を委ねた彼女。
僕は頬に手を添えた。
指先にぬるっとした感触。
「あっ。ごめん」
彼女は僕の手を退けて。
ティッシュで拭う。
「あの、心音。こういうのは、どうかと」
「何が? だって恋人同士でしょ?」
「いや、でも」
「私のお願い聞いてくれるって約束したでしょ?」
「したけど……」
「なら、いいよね? 優さん」
「……それで、今日はどこに行くのかな?」
「瀬田港に向かって。高松に行きます」
「高松に?」
「うん。お買い物デートだよ」
「なるほど」
僕はアクセルを踏んだ。
「何を買うの?」
「うーん。欲しいものはないんだ。本当は島を案内しようかなって想ったんだけど」
「けど?」
「人目を気にしないで。優さんと最初で最後のデートしたいなって」
「……そっか」
キスをされた動揺を誤魔化そうと。
会話を変えたけど。
今まで感じたことのない。
鼓動の乱れと。
心の痛みに戸惑っていた。
道路に沿う凪いだ水面が。
ゆりかごのように。
豊かな光を受け止めていた。
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