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白い雨  作者: ぽんこつ


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16/23

遂げられなかったこと

敷き直した布団に寝転んで。

天井の木目を見つめる。

誰かと話し。 

誰かと時を過ごす。

もう、ないだろうと想っていた。

しかし。

彼女は逞しく。

生を全うしようとしているかのように見える。

心のうちを無闇やたらに他人が推し量ることではないが。

まあ、それも明日一日。

過ごしたら終わる。

両手で顔を覆う。

不意によみがえった細く冷たい手の感触。

彼女の手は。

それこそ純白の雪。

そのものだった。

その手を僕の淀んだ手で……


――およそ一年ほど前。

彩音が旅立ってから。

三年程が過ぎたある日。

瑛菜さんが、僕を訪ねてきた。

彼女は開口一番。

「彩音が、苦しんだ理由がわかりました。死に追いやった……」

怒気を殺して吐き出した。

唸るような声。

怒りに満ち溢れた血走った眼。

そのどちらも、今も鮮明に焼き付いている。

「犯人は……ここにまとめてあります」

大きな茶封筒をテーブルの上に置いた。

「彩音の気持ち、私は分かります。ひどいです。おそらく事実です。私には勇気がないから、何も出来ないですけど」

瑛菜さんは、気丈に振る舞っていた。

発言から察するに。

瑛菜さんは、彩音が暴行を受けたことを知ったのだろう。


僕は黙ったまま。

茶封筒の中のものを引き抜いた。

一冊の週刊誌とクリアファイル。

ファイルに挟まれた数枚のワープロ書きのレポートに目を通す。

橋詰理子が話した内容を下記にまとめます。

彩音を襲った犯人は同じ学校の同級生の男子生徒。

その後に続く文面を見て。

目を疑った。

瑛菜さんを見ると、うつむいたまま肩が震えていた。

河瀬朔也をリーダーとする、黒川昌弘、石橋海斗の三人組。

犯人は一人じゃない……

その事実に、紙を持つ手に力が入る。

卒業アルバムから転用したのだろう。

一人一人、顔写真が添付されている。

見た目は普通の高校生。

でも、この三人組は、彩音を死に追いやった。


発端は橋詰理子。

もともと、彩音と理子は仲は良かったそうだ。

だが、理子がクラスメイトにしていたいじめを彩音が窘めた。

そこから、二人の関係は微妙なものになっていった。

事件当日。

理子は彩音に謝りたい。

美味しいケーキを買ったからと、自宅に呼んだ。

そこで――


瑛菜さんの補足によると、当の理子本人は悪びれた様子もなく。

彩音が友達のクセに私に説教するから、ちょっと言うこと聞くように、驚かそうと思っただけ。

と、笑いながら語ったという。

「あいつらが、まさかレイプするなんて思わなかったし」

言い訳がましく言った後。

「あの子もさ、やられたぐらいで死なないでよって感じ」

そう、言い放ったそうだ。

「なんか、彩音が黒川を振ったんだって。余計にそういうのも、あったんじゃない」

僕の心から、ふつふつとわき上がる。

怒り。


レポートに四人のプロフィールもおさめられていた。

河瀬は父親が警察官僚のぼんぼん。

小さな悪を重ねても。

親がしつけもせず。

それを揉み消している。

親子共々の下司。

現在は大学三年生。

黒川、石橋は小学校の頃から、河瀬の手下のような存在。

河瀬の腰巾着で一緒に悪を重ねてきた、クズどもだった。

黒川は介護士。

石橋はホスト。

橋詰は大学二年生でITベンチャーの企業社長の顔を持つ二足の草鞋。

そして、滑稽なのが、イジメ撲滅のキャンペーンをしていた。

雑誌の中で笑う理子。

華やかなブランド物の衣装をまとい。

きらびやかなアクセサリーを着けて。


僕は仕事を辞めて。

三人組を一人ずつ訪ねることにした。

謝罪を求めに。

我ながら甘いとは分かっていたよ。

犯人に良心の呵責があるかないかなんて、本来どうでも良かったはずなのに。

目的は復讐だったのだから。

でもね。

予想通り、反省の欠片も微塵もなかったよ。

そもそも、そんなことをする輩だ。

そして、リーダーの河瀬の言葉が僕の心で燻っていた導火線に火をつけた。

「襲った? 言いがかりは止めて下さい。もちろん同意の上ですよ」

「それに、万が一。あなたが言うことが正しかったとして、証拠はあるんですか?」

「そういう、ありもしないことで人を悪人みたいに言うのは名誉毀損ですよ」

僕はその場で、河瀬を殴った。

もちろん、殺すつもりだった。

一般人の余計な善意が入らなければ、僕の手にしたナイフが目的を遂げていただろうに。


警察で聴取を受けたが、起訴はされなかった。

河瀬の父親は警察庁の官僚だった。

僕が起訴されて動機を話したら、息子の不祥事が明るみに出る。

それを嫌がった結果だろう。

子供が子供なら親も親。

こんなことがまかり通る腐った世の中。

ならばと、僕はある予測のもとに、行動した。


同じように残りの二人に鉄槌を下した。

一人はすれ違い様に頸動脈を切りつけ。

一人は格闘になって、僕も怪我を負ったが、相手の腹部と背部を数ヶ所刺した。

残念ながら、仕留めることは出来ず、一命はとりとめていた。

が。

案の定。

事件にならなかった。

おかしな世の中だよ全く。

僕は失うものがない。

この世に未練の欠片もない。

この歪んだ世の中で、彩音は殺されたも同然の扱いを受けたのに。

罪を犯した奴らはのうのうと権力の傘に守られて生きている。

そして、僕は彩音や家族の無念すら晴らせず。

罪を犯しても裁かれない。


橋詰は人生を謳歌していた。

まあ、今の世の中で、こんな人物を潰す方法は至ってシンプルだ。

事実をネットにばらまけばいい。

極論、無根でもいい。

あとは、無垢な善人面した人達が正義という名の油を注いでくれる。

まあ、炎上して当人に利があることもあるだろうが。

心底、悔恨してようが関係ない。

ならばなぜ、葬儀に来ない?

謝罪に来ない?

墓に来ない?

来たところで赦せるわけもない。

許しを乞うたとして。

本心かどうかとて量れない。

僕は彩音の遺書を捏造して。

SNSの至る所に投稿した。

時代の寵児。

いじめ撲滅の女神。

橋詰理子は学生時代いじめをしていた。

これは、反響を呼んだ。

実際に橋詰からいじめを受けていた生徒たちが声を上げ社会問題になった。

そして、面白いのが会社でもいじめをしていた橋詰。

クビにした社員に刺され死んだそうだ。

僕が手を下すまでもなく。


その後、河瀬ら三人の消息は掴めなくなった。

探偵を雇い。

調査したが、海外に出たのではないかと。

この時勢。

SNSにも姿を現さず。

息を潜めて生きているのか。


そして――

成すことが見えなくなった僕は夕凪島へと来ていた。

父と母が彩音の為に。

新しい人生をと選んだ土地。

どんな所なのか、一度目にしてみたかった。

僕の旅立ちにふさわしい。

そう想って――

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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