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白い雨  作者: ぽんこつ


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15/23

つかれて

一日中。

運転をしたからなのか。

疲労が溜まっていた。

もしかしたら。

誰かと時間を過ごすという行為が。

久しくなかったからなのかもしれない。

なにせ、関東からここまで運転をしたのに比べたら。

大した距離は移動していないし。

でも、体は正直重い。

僕は何年か振りに湯に浸かった。

旅館の風呂は温泉だと彼女が教えてくれた。

気がつかなかったが。

脱衣所の壁に効能書きが貼ってあった。

ちょろちょろと流れ出す湯の音だけが響く。

白く曇った窓ガラスが黒い闇をぼんやりと映し出していた。

からから。

脱衣所のガラス戸が開く音がした。

どうやら、女湯の方らしい。

シャワーの音がして。

湯船に浸かる音まで響いてくる。

天井部分のわずかな空間が吹き抜けのようになっていた。

「お兄ちゃんいる?」

反響する彼女の声。

「ああ、いるよ」

「お風呂出たら、部屋行くから、

寝ないでね」

「え?」

「ほら、明日のデートの打ち合わせしたいし」

「ああ、わかった」

そこに。

からから。

またガラス戸が開く。

そして。

賑やかな声が聞こえてきて。

すぐに。

男湯の戸が開いて。

男の子を先頭に親子が入ってきた。

水音が弾けて。

家族の会話が飛び交いはじめる。

その中に彼女の声も混じる。

話している内容は違えど。

既視感を連れてきた。

この親子のように。

いや、壁の向こうにいる家族とのやり取りが。

僕にもこんな普通の時間があったことを呼び覚ます。

だから。

なんだと言うのだ。

お湯をすくって。

顔にかける。

暖かさが顔を包み。

流れる滴。

僕はもう一度、顔に湯をかけて。

ザバン。

立ち上がる。

ガラス戸を閉めて。

脱衣所に。

バスタオルのごわつきで。

頭を拭く。

そのまま、顔を覆った。


見もしないテレビをつけて。

ただ、時が進むのを待っている。

ガチャ。

「ヤッホー」

不意に扉が開くと共に、陽気な声が飛んできた。

ご機嫌なのか。

びょんぴょんとスキップしながら入ってきた彼女。

鼻歌交じりで。

音符が跳ねるように。

彼女はテーブルを挟んで。

僕の向かいに、ふわりと髪を舞わせてしゃがむ。

膝の上に顎をのせて。

モコモコの上着のポケットに突っ込んでいた両手を引き抜く。

その手には缶ビールとジュース。

それを顔の脇に持って。

口の端をきゅっとあげる。

「今日も一杯いかが?」

茶目っ気たっぷりの言い回しに。

自然と僕は微笑んでいた。

「一杯だけね」

「へへ」

首をかしげながら。

真っ直ぐ伸ばした腕を差し出した。

「ありがとう」

僕が缶ビールを取ろうとした時。

袖口の中。

細い手首の傷痕が目に入った。

僕の視線に気づいた彼女。

「中学の頃、いじめられてたんだ」

すっと。

手を引っ込めて。

そっと。

傷痕を指先で撫でた。

その瞳は慈しむように優しく。

清流のように澄んでいた。

ふっと。

息を漏らした唇は艶めいて。

はにかみながら。

プルタブを開けた。

「そっか」

何を言える訳でもなく。

僕も後に続く。

「じゃあ、乾杯しよっか心音」

「うん」

彼女はもぞもぞと座り直す。

「かんぱーい!」

コン。

僕は喉を鳴らした。

彼女は大事そうに両手で缶ジュースを持ちながら僕を見つめていた。

「どした?」

「美味しそうに飲むね」

「そう?」

彼女はこくりとうなずいて。

はらりと揺れた髪を耳にかけて。

ジュースをあおる。

「ふー。風呂上がりのジュースは最高だね」

「心音の飲みっぷりもなかなかのもんだよ」

ペロッと舌を出して。

おどけて見せた彼女。

「あっ。おつまみもあるんよ」

ポケットから出てきたのは。

柿の種。

ウズラの卵。

チョコレート。

「どれでも好きなの食べて」

「さしずめ、魔法のポケットだな」

僕はウズラの卵の袋を手に取った。

「まだね、部屋にあるから足りなかったら言ってね」

「ああ、そういえば、さっき方言出たよね?」

「そう?」

「普段は方言なの?」

首をかしげる彼女。

「学校だったらそうかも。でも、お母さん東京出身だし、家は旅館でしょ。だから標準語かな」

「そうなんだ。なんか新鮮だった」

「ふーん。そうなん?」

彼女はチョコレートを口に放り込んで。

鼻根にしわを寄せた。

僕はウズラの卵を口に放り込む。


「それで、明日の予定はどうするの?」

「ん。そうそう、それが大事なんよ」

彼女は背筋をしゃんと伸ばし。

何かを企むような視線を投げる。

「明日は、私の彼になって欲しいん」

口に含んだビールを吹き出しそうになり。

慌てて口を塞ぐ。

ごくりとやけに大きい音が鳴る。

そんな僕をよそに。

彼女は、柿の種の袋を開けて。

ぽりぽりと食べ始めた。

「設定は恋人ってこと?」

「うん。私さ今まで彼氏って、おったことないやんか」

「まあ、分かったよ」

「じゃあ、じゃあ。なんて読んで欲しい?」

テーブルの上に身を乗り出す彼女。

みじろぐ僕。

「心音の好きなようにしていいよ」

「どうしようかなぁ」

ごくごくとジュースを飲み干して。

いたずらっ子のように笑う。

「優さん」

聞き慣れない響きに。

唖然とする。

「それでね、付き合いはじめて。半年位のカップルってどうかな?」

両手で頬杖をついて。

目をパチパチさせている。

その設定にどういう意味があるのか。

それともないのか。

「なるほどね。設定はそれだけ?」 

「ラブラブなカップル!」

「ラブラブね」

「でね、明日は高松に行こう。フェリー代は私が払うから」

「そうなの? まあ、心音がそうしたいなら」

「ありがとう……よし!」

彼女は、テーブルに両手をついて立ち上がる。

「明日も9時出発だから、よろしくね」

膝を曲げて。

ウインクをする彼女。

「はい」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

軽やかに跳び跳ねるようにリズムをとりながら歩いて。

入り口の扉の前で振り返る。

「また明日」

顔の横で手をパクパクさせて。

微笑みを残して部屋を出ていった。

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