照らして
西龍寺からの山道を下り。
町中に入る。
まだ、屋根の上や地面には白さが残っている。
彼女のナビで同じ瀬田町にある。
『ロイヤルビレッジ夕凪島』というホテルの駐車場に向かった。
それは、海に面した小高い丘の上。
何十台と車が止められる広大なスペースが広がっていた。
太陽が沈む方向に向けて車を止めた。
「どう? きれいでしょ?」
「確かに」
空と海の間。
遠く遠くの山並みの上で黄色い光を放つ太陽。
水面に金色の道を真っ直ぐにこちらへと伸ばし。
さざめく瞬きが揺れている。
太陽の周りは炎のように。
いや、血のように赤い……
想わず目を伏せ。
首を振った。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや、太陽が目に入って……」
目を覆いながら。
さりげなく目頭を拭う。
「夕陽と朝陽って、空も海もおんなじ色なのに、気持ちが違うんだよね」
「……そういうもんなの?」
「ん? お兄ちゃん朝陽や夕陽見たことあるでしょ?」
「あるけど、特に何も感じたことはないかな。一日が始まるとか終わるなぐらい」
「ふんふん。そうだね。私だけなのかなぁ」
口を尖らせ、その唇に指を押し当てていた。
「心音が感じたこと教えて?」
「へへ。しょうがないなぁ」
腕を組んで。
首をかしげた彼女。
「朝陽はみんなを照らす。夕陽は私だけを照らしてくれるって感じかな」
「なるほどね。心音は面白いことを考えるんだな」
「そう?」
「おじゅっさんも言ってたよ。心音はおじゅっさんのこと、信頼しているんだね」
「ん? うん。だって、おじゅっさんは私として接してくれるから。面白いでしょ? おじゅっさん」
「そうだね、不思議な人だった」
視線を麻霧山へと移すと、頂き辺りの一角が光って見えた。
それは、西龍寺のお堂のようだ。
「ねえ? おじゅっさんと何話してたの?」
「ああ、心音のことかな」
「え? 私のこと?」
「人生とは失っていくもの。心音はいつそんな想いを抱くようになったんだい?」
「それか……もちろん病気だって分かった時だよ」
「そっか」
「私は何のために生まれたんだろうとかね、考えたよ」
「……」
「生まれた瞬間からカウントダウンは始まってて、得られるものもあるけど、この世の中で存在が消えることは決まってるでしょ?」
「確かに、そうだな」
「それが、遅いか早いかだけだもん」
顔を付き出して。
目を細めて。
にっこりと微笑む彼女の笑顔を夕陽が染め上げていた。
微笑みを返した僕を見つめる瞳が鈍く光った。
僕は眉をひそめる。
「あのさ……」
「なんだい?」
しばらく見つめ合って。
視線を伏せた彼女。
膝の上で組んだ指先で手の甲をなぞっている。
「心音?」
僕は出来るだけ口調を押さえた。
「ううん。何でもない」
「ん?」
彼女は、上目遣いに夕焼け色の頬を上げた。
「お腹空いたから帰ろ」
「ん……ああ」
弾けんばかりの微笑み。
僕はふと想った。
自らの病気のこと。
それが原因なのか。
彼女は命を絶とうとした。
いずれ人は死ぬ。
自身の境遇を受け止めたとて。
ここまでの笑顔を見せることが出来るのだろうか……?
「心音の笑顔は夕陽より眩しいな」
本当にそう見えた。
手をかざして。
僕は笑っていた。
「ふふふ。どう? かわいい?」
「あ、えーと、かわいいと想う」
「ありがとう」
小さく頭を下げる。
そして――
やはり、笑顔のまま。
無理して笑っているのか。
とても、そうは見えない。
ごく自然に。
心のままに。
にじみ出たものに感じる。
「今日の夕食は、オリーブ牛のしゃぶしゃぶだよ」
袖口を握ったまま。
両手首をこするようにして。
はしゃぐ声をあげる彼女。
その見覚えのある動きに。
僕の中で。
ある記憶が不意に息を吹き返した。
家族四人で過ごしていた、あの季節を。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




