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白い雨  作者: ぽんこつ


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13/23

おじゅっさん

「お兄ちゃん、おじゅっさん紹介してあげる」

彼女は僕を引っ張って歩き出す。

ぴょんびょんと跳ねるように。

髪を舞わせて。

「滑らないように、気をつけて」

「はあい」

下の境内に続く階段に差し掛かると。

彼女は繋いでいた手を離した。

「おじゅっさんに、嘘はつけないんだ」

「そっか、分かった」

住職は僕たちが来るのを階段下で、微笑みをたたえ待っていた。

「心音さん、久しぶりですね」

少し高く柔らかい声色。

目尻に寄る深いしわ。

柔和な眼差しが人柄を物語っているようだった。

「ご無沙汰してます、おじゅっさん。紹介するね。うちのお客さんの芹沢さん」

「初めまして、芹沢です。心音さんに島を案内してもらっています」

「そうですか。不破龍応ふわ りゅうおうと申します。折角ですから、どうぞこちらへ」

住職は僕たちを本堂へと案内した。


本堂の中は外と変わらない寒さ。

住職はヒーターのスイッチを入れた。

「今日も冷え込みますね、どうぞ暖をとられて下さい」

線香や蝋の匂いが染み付いた空間。 

「どの辺りを周られたの?」

「えーと。エンジェルロードと松寿庵で素麺食べて、ここに来たんだ」

「そうですか、よくお越し下さいました」

住職は僕を見ながら、小さく頭を下げる。

「いえ、心音さんが是非にと案内してくれました。山の上にお寺があるのが不思議で、それに景色もすごかったです」

「そうですか、ありがとうございます」

「そうだ、おじゅっさん。あの、えい! ってやってもらえたりします?」

パチン。

彼女は手をたたく。

「いいですよ。じゃあ、お二人並んで下さい」

僕は彼女にならって。

本堂の奥を見据える。

仏像は見当たらない。

住職は、一段高い座敷部分に上がって。

細長く分厚い本のような物と仏具を手に僕たちの前に戻って来た。

「じゃあ、はじめましょう」

隣の彼女は目を瞑り。

手を合わせた。

僕も同じように。

すぐに、住職がお経を唱え出した。

とても耳障りのいい声が耳に届く。

頭の中で反響する読経――

棺の中の彩音の安らいだ顔を呼び起こした。

合わせた手が、微かに震えている。

住職の声が正面から右側。

彼女のいる方に移って。

何やら呪文の様なものを口ずさんで。

「えーい!」

突然の大声にビクッとした。

そして、僕の真後ろから読経がはじまる。

背中に何かが当たる。

仏具だろうか。

コート越しにも分かる感触。

何かを描くように動く。

「えーい!」

軽い衝撃が背中に走って。

優しく背中を撫でられたようだった。

「いかがでしたかな」

「今日も、スーっとしたよ、ありがとう、おじゅっさん」

「ええ、不思議ですね」

確かに、心の中に風が抜けたような気がした。

「じゃあ、ちょっと私、お手洗い行ってきます」

彼女は住職と僕に目を配り。

本堂を出て行った。


「芹沢さん、でしたかな」

「はい」

「島は初めてですか?」

「ええ、はい」

「どちらから、いらしたんですか?」

「えー、埼玉です」

「そうですか、それはそれは遠路はるばる、ありがとうございます」

どこまでも物腰の柔かな表情と声色。

「いえ……」

「心音さんは、面白い子でしょう」

「ああ、確かに」

住職は二度三度うなずいた。

「私は仏法の教えを説く身で日々精進しておりますが、彼女から教わることもあるのですよ」

「そうなのですか?」

「ええ。いつでしたか、人生って失っていくものなんですね、と話しておりました」

宙を見据え微笑んでいる住職。

「失っていくもの、ですか」

「どうして、そう思ったのか、彼女に聞いてみました」

「それで、彼女はなんと?」

「結局、死んでしまうでしょ。というのが答えのようでした」

「なるほど……」

「ですが、失うことを受け入れてこそ、得られるものあります。短い人生という世界で」

「それは?」

「私とあなたがこうしているように。つまりは出逢いです」

「なるほど」

がらがら。

引き戸が開いて。

「ただいま、おじゅっさん。トイレの水が流れにくかったよ」

「それはいけませんね。寒さのせいでしょうかね、見てきましょう」 

「じゃあ、私たちも行きましょうか」

「そうですね」


住職とは、本堂の前で別れた。

雪に音が吸われたかのように。

僕たちの足音だけが響く境内。

黙ったままの彼女。

はぁーっと。

両手に息を吹きかけている。

山門をくぐると、斜陽の眩しさが襲う。

手をかざし、長い階段を下りはじめた頃。

彼女は、僕の手を握ってきた。

僕より少し暖かかった。

「よし、次は夕陽見せてあげるね、お兄ちゃん!」

差し込む光が染めた彼女の顔は少し色付いていた。

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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