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白い雨  作者: ぽんこつ


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11/23

理由とはどうでもよかったりすること。

道路の雪はアスファルトを黒く染め上げ消えていた。

気温が上がらないのか、晴れている割には屋根や歩道は白いまま。

適度に流れる黒い道を車はゆっくりと進む。

僕の心の中は、彼女の言う音の旅を続けていた。

彩音の声が鼓膜にこびりついて。

離れない。

声が――

笑顔も。

仕草や声も。

あの惨劇さえも。

連れてくる。

「お兄ちゃん、お昼は素麺だよ」

呼ぶ声が一瞬だぶって耳に届いて。

少し息を吐いて。

我に返った。

「……素麺?」

「素麺は夕凪島の名産品なんだよ」

「そうなんだ」

確かに、昨日の夕食で食べた。

喉ごしが良かったような気がする。

「これから食べに行くお店はね、私の後輩の家なんだ」

「そうなんだ」

「その子、くりっとした黒い瞳で、かわいいんだよ」

「そうなんだ」

「もう、ちゃんと聞いてる?」

「え? 聞いてるけど……でも……」

「なぁに?」 

彼女は組んだ手をとんとんと膝の上で上下させていた。

「心音のピアノ本当に上手だった」 「へへ、ありがとう。でもね、ネタバレすると、あの二曲しか弾けないんだ」

「え? そうなんだ?」

前の車がブレーキランプを灯す。

信号待ちのようだ。

僕は、ゆっくりとブレーキを踏んだ。

「うん。習ってたのは、小さい頃の数年間だけだから、独学で覚えたんだ……そっか。そんなに気に入ってくれたんだ」

彼女は合わせて両手の指先で。

顎の下をつんつんとつついていた。

「歌も上手だったし、その聞いてもいいかな?」

「もう、聞いてるよ。なぁに?」

そのままの姿勢で首をかしげて。

瞳だけをこっちに向けた。

「あの二曲には何か意味はあるの?」

「意味? 気になるの?」

「いや、答えたくないなら……」

僕の方を見て。

頬を上げた彼女。

唇の下を人差し指でとんとんと叩いていた。

「『Bestfriend』は、今は島を出ちゃった親友のこととか、家族とかを想ってかな」

「そっか……親友はその知ってるの病気のこと?」

彼女は黙って首を振る。

「正確には、病気なのは知ってる。でも、入院して治るって想ってるかな」

「そう……」

「それから、『let it be』はメロディがきれいだったから。YouTubeで上手に弾いてる人がいて。それを真似しただけ」

前の車が動き出す。

ハンドルを握り、アクセルを踏む。

「あとから歌詞を知って。いい歌だなって。練習したの」

「そっか」

「それだけだよ」

町中を抜け、長い峠道を一つ越える。

下り坂の向こうに、濃い青い海が見えた。

「私も聞いてもいい?」

「どうぞ」

「どうして夕凪島だったの?」

「何が?」

「うーん。そのさ天国に行こうと想って。選んだ場所」

天国か。

彩音や両親は天国だろうけど。

自分は――

「ああ、それは、たまたまかな……」

「そっか。でも、あの展望台は止めて欲しいな」

「え?」

「私の好きな場所なんだ。それに――」

「……それに?」

「お兄ちゃんと出会った場所だから」

「……そっか」

「引き留めちゃった私が言うのも変だけどさ」

「いや、まあ、わかったよ」

淡い水色の空の下。

道は真っ直ぐ伸びる。

まあ、場所にこだわっているつもりもない。

この島に来たのは。

両親が彩音の療養を考慮していた時。

全く知らない土地で。

新たに家族で生活していこう。

僕と父と母。

三人で選んだのが夕凪島だったから……

決め手は、海や山もあって。

気候も穏やかだったから。

「お兄ちゃん、あそこ見える?」

「ん?」

彼女はフロントガラスを除き込むように。

左前方の山肌を指差していた。

白い斜面にまだらに木々が顔を出している。

その頂き近くに建物が見える。

「なんなのあれ? あんなところに誰か住んでるの?」

「ふふふ。素麺食べたら行く所ね」

「ということは、お寺?」

「ピンポーン! 私が天国に行ったらあそこのおじゅっさんが、面倒みてくれるんだ」

「おじゅっさん? て誰?」

「ん? おじゅっさんはおじゅっさんだよ。お経をあげてくれる」

「ああ、お坊さんね」

「え? おじゅっさんって言わないの?」

声が一段大きくなった彼女。

「少なくとも、僕ははじめて聞いた」

「そうなんだ」

「じゃあ、そのおじゅっさんは、病気のことは知ってるんだ」

「ううん。知らないよ」

「そうなの? もしかして、病気のこと知ってるのって……」

「そだよ。家族とお兄ちゃんだけ」

明るい声。

清々しい程の迷いのない言い草。

「どうして……」

思わず漏れた言葉。

「今のはナシ。ごめんな」

僕は片手を彼女の方にかざした。

「ううん。別にいいよ。んー。みんなに話さないのは、ありきたりだけど悲しんで欲しくないし。心配して欲しくないから。かな」

「だってさ、私は、楽しみたいのに。病気のこと知ったらそうもいかなくなるでしょ?」

僕は黙って、前を見据えていた。

「それから、お兄ちゃんに話したのは、死のうとしていたからかな~。悲しみを知ってる人だと想ったからかも」

ハンドルを握る手に力が入る。

「それに……私のこと忘れてくれる人だから。かな」

「……そっか」

「あっ、だからって死ぬのを急かしたりしてないから。悪いとさえ想ってる。けど、そんなお兄ちゃんなら、私のお願い叶えてもらえるかなって。私の勘が告げたの」

彼女は腕を組みながら。

顔のそばで、人差し指をぴんと立てていた。

謎解きを終えた、名探偵のように。

彩音に似ている。

その雰囲気に揺さぶられながらも。

心地の良さを覚えたのは。

彼女は僕の行為を否定していない。

むしろ、僕が死ぬという決心を変えないと。

分かっているような。

尊重しているような。

そんな節を言動や態度が物語っている。

僕のしていることが。

独善だろうが。

偽善だろうが。

欺瞞だろうが。

亡き彩音にしてあげられなかった、兄らしいことの一つでも。

全身全霊で世界を楽しんでいる彼女に――

「心音、お兄ちゃん腹減った」

どんな反応をしたかは分からない。

「うん! 私もペコペコだー!」

少し笑いを含んだ声と共に。

彼女の気配を連れてきた。

「ふふふ。さっきの呼び方良かったな。もう一度呼んでみて」

「は?」

彼女は僕の方に身を乗り出したまま。

チラリと見えた瞳は真っ直ぐ見据えていた。

「まったく、相変わらずわがままだな心音は」

「そうだよ。お兄ちゃんだけにだよ。わがまま言うの」

車は緩やかな坂を上る。

峠をまた一つ越える。

白に染まった山や町が。

光を跳ねさせていた。

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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