第32話 溝打ち、そして誘拐
諸事情により編集しました。
ナエナちゃんが行きたいと言った場所は、緑の草が広がる何の変哲もない、ペレーハ村の草原だった。幼少時代よく2人で遊んだ思い入れのある場所だ。だけど、今の俺はその場所はあまり好んでいない。確かにあそこは俺たちの思い出の場所でもあるが、俺にとって絶対に忘れられない恐怖の場所でもある。3年前、ゴブリンとの戦死闘を繰り広げた場所。今でもあの光景だけじゃなく、あの時感じた恐怖や不安も鮮明に覚えている。ナエナちゃんの一言が今まで忘れていたのに、思い出してしまった。
「い、嫌だ・・・。あ、あそこ・・・だけは、絶対に・・・行きたくない・・・。」
震えながら返答した。声だけじゃあなく身体も震え始めて、抑えるように両手で自身の両腕を掴んだ。立っていられるのがやっとである。
「・・・本当に、無理?」
「・・・ごめん。もう・・・あそこには・・・行きたくない・・・。」
流石のナエナちゃんでも俺の様子を見て少し遠慮しがちな返答をした。本当に申し訳ないが、例えナエナちゃんの頼みでもそれだけは無理だ。今こんな状態であそこに行ったら、俺自身どうなるか分からない。発狂してあの時のように『狂人化』を使ってしまうかもしれない。
「・・・私ね、昨日ペレーハ村に着いたんだ。無計画で来ちゃってさぁ、私が昔住んでいた家に新しい人が住んでいて、泊まる場所がなくて困っていたんだ。そんな時にね、アスタくんのお母さんとたまたま会ったんだ。本当ビックリしたんだ。おばさん昔と変わらずすごい綺麗だったんだから。でね、私が泊まる場所がないから困っているって話したら、“じゃあ今晩うちに泊まったら?”って誘ってくれたんだ。本当に嬉しかった。おばさん、昔と変わらず優しくて、何か安心したんだ。」
・・・急に何の話をしているんだ・・・。
視線を下げている俺に対して、何故かナエナちゃんは昨日の出来事を語りだした。最初はどういう意図で話し出したのか分からないが、彼女の口調はさっきの明るい感じのと違って落ち着いた感じだ。とりあえず話を聞き続けた。
「何より嬉しかったのは、またアスタくんに会えることなんだ。またあの時みたいに一緒の楽しく話せるのかなって楽しみにしていたんだ。・・・でもアスタくん、おばさんから聞いた話だと、草原でゴブリンに殺されかけたんだってね・・・。そのせいで外が怖くて、あまり部屋から出ないんだって。だから草原に行きたくないのも分かる・・・。」
やはり母さんから事前に聞いていたようだ。話の内容はほとんど合っている。何も否定はしない。この話の流れ的に諦めてくれるようだ。
「・・・だからこそ、今日一緒に草原に行こう!行ってそんな過去忘れようよ!あそこは私たちの思い出の場所、全然怖い場所じゃあない!だから行こう、アスタくん!」
ナエナちゃんはそう言いながら俺の右手を取り、両手で握った。
・・・この人マジか。そこまで知っていてなお連れて行こうとするなんて・・・考えられない。
ナエナちゃんの訴えは俺の心を少しも揺らすことができなかった。確かに彼女の言うことも一理ある。だけど、どうしても無理なんだ。頭にある記憶が鮮明しすぎて、今でもあの草原にまたゴブリンが出てくるって思ってしまうのだ。こんな俺にここまで構ってくれるナエナちゃんには申し訳ない、俺は右手に掴まれた彼女の両手を振り払った。
「いい加減して・・・本当に!ナエナちゃん、俺は・・・本当に怖いんだ・・・!あそこが・・・またゴブリン出そうで・・・怖いんだ・・・!」
そいうと俺は顔ごとナエナちゃんとの視線を逸らした。間違いなく嫌われた。そう思いながら今からでも、走って自室にこもりたくなった。
「・・・あっそ。ここまで言っても、そういう態度をとるんだ。」
ナエナちゃんは起こり気味でそう言った。
こわっ・・・。ナエナちゃんのそんな顔初めて見た、これは嫌って怒っているのか?・・・もしそうだったら何で少し笑っているんだ?もしかして・・・何か企んでいる?
不気味に笑うナエナちゃんに嫌な予感を感じたが、見事に的中だった。彼女はそのまま自分の左手を俺の右肩に置いた。
「フンッ!!」
「グホイッ!?」
次の瞬間、ナエナちゃんの右手が無防備の俺の腹に一撃入れた。まさかの溝打ち、俺は一撃でダウンした。四つん這いになった俺は何故こうなったのか考える余裕はなく、ただ痛みに苦しんだ。
「な、何でこんなこと・・・。」
【スキル:筋力強化】
「もう~、アスタくんが悪いんだからね!私の言っていることが正しいのにまたそうやってうだうだと考えて!全く・・・ちょっとお腹失礼するよ~。・・・よいっしょっと!・・・アスタくんって見た目のわりに重いね・・・。」
ナエナちゃんはそう言いながら、うつ伏せになっている俺を軽々と片手で持ち上げて肩に乗せた。引きこもっている全く運動していないが俺は食が細く、1日3食食べてはいるが今日のように完食することはなく毎回残していた。だから体型も他の人と比べれば細い方かもしれない。それでも体重60キロ近くはあるはず、女性にこんな荷物感覚で持ち上げられわけがない。
「それじゃあ草原に行ってみよう~!」
「え!?」
まさかこのまま行くの!?いやいやいや・・・無理だよね?まず何で平然と成人男性を持ち上げられるのか問い詰めたいけど、・・・流石にこのまま行くのは無理だよね?・・・ってかヤバい、マジ腹痛い・・・。
ナエナちゃんの肩の上でそう思う中、彼女の行動が始まった。俺を抱えたまま草原に出られる西門の方へ向かって、人ではありえないくらいの高さまで跳ねるように飛んだ。3階建ての一軒家の屋根に乗ったナエナちゃんはまた上へ跳ね上がり、また別の一軒家の屋根に乗ってまた跳ねての繰り返しで西門へ向かって行った。彼女は笑いながら移動しているが村の住民は普段空を見上げることがなく、誰一人俺たちに気付かない。ちなみに俺は彼女の腕に必死にしがみついていた。こんな状態でもし暴れたりして飛んでいる最中に下に落とされたら、確実に命に関わる重症になる。せっかく大金払って治癒師に直してもらったのにそれはまずい。だから俺は何も抵抗せずに、終始無心無言だった。腹の痛みを我慢してかなり踏ん張った。
◇
家の庭から飛び跳ねて数十秒後、西門に着いた。ナエナちゃんは門番に見つからずそのまま西門の上に飛び移って、最後にそこから飛び跳ねて村の外に出た。村の門を越えるとすぐに草原が見えてきた。ゴブリンが現れてから村の住民は、ここは危険だと感じたのか、あの日から草原に来る人はほとんどいなくなった。子供から老人までペレーハ村の住民が好んでいた草原は今では誰もいなかった。それをちょうどいいと思ったナエナちゃんはさらに草原に着地するともう一度飛んである場所へと着いた。目的地に着くとナエナちゃんはゆっくりと俺を下ろす。
「どうだったアスタくん、楽しかった?冒険者になるとこんなことができるんだよ!」
「・・・腹が痛い・・・。」
「まださっきのパンチに痛がっているの?もぉ~、男のくせに弱すぎない?」
「違う・・・着地する瞬間の衝撃・・・!もっと丁寧に運べなかったの・・・!?」
移動の際にナエナちゃんは俺が苦しまないように屋根に飛び乗る瞬間、膝を曲げて衝撃を和らげてくれていたことは俺でも分かっていた。だけどそれでも痛かった。ナエナちゃんが着地の瞬間、彼女の肩が俺の腹にぐいぐいと入ってきて苦しかった。しかもさっき朝食食べたばかりだからいろいろと口から出そうにもなって苦しさ倍増だった。
「あはははは、ごめんごめん!だって人を運んだのは初めてでさぁ~、まさかそんなに痛がるものなんて思わなかったんだよ!」
ナエナちゃんは謝っているがまるで反省の色がない。あぐらで座りながら俺は立っているナエナちゃんを睨んだ。
「あはは・・・本当にごめん。・・・でもね、どうしてもここのこの景色、アスタくんと一緒に見たかったんだ。昔みたいに。」
そう言いながらナエナちゃんの視線につられて俺も視線の先を変えると、昼間の太陽に光で緑色の鮮やく草が視界いっぱいに映った。ここは丘の上、この草原を一望できる唯一の場所。そしてナエナちゃんのお気に入りの場所でもある。
久々に見た・・・いや違う、見ようとしなかったんだ、今まで。すぐ目の前だったのに、ナエナちゃんと違って何時でも見られたのに、俺は・・・あの日の出来事がもう一度起こると思って、来ようとしなかったんだ・・・。
この景色を見た瞬間、まるで今まで心を縛っていた何かから解かれたかのように、俺の心は解放感と満足感で満ち溢れた。この数年間による表現できない心の傷みがなくなり、精神的な癒しに俺は涙ぐんだ。
「アスタくん・・・これを見てもまだ怖い?」
この光景をずっと見つめ続けた俺に、ナエナちゃんは自分も静か座って問う。すぐには返答できなかった、もっとこの景色を見たかったから。草全体は風で左右に揺れる。風が快晴もあって少しあったかく感じる。そして太陽の光はそれほど強くなく視界を遮らない。草原であるすべての光景が、俺が今まで思ってきたこと全てをどうでもよく思わせた。
「・・・ねぇ。」
「なに?」
「まだここ・・・好きなの?」
「好きだよ。これからもずっと。」
「モンスターが出たんだよ?しかも1体や2体じゃなく10体も?」
「私は冒険者になったんだよ?もし出たら倒す。次また出たら倒す。そして次もまた出たら倒す。アスタくんが守ったように、今度は私が守る。それぐらい好きだよ、ここ。」
その静かな返答でナエナちゃんが真剣にこの地を好んでいることが分かる。それに対して俺の気持ちはまだ曖昧だ。確かのこの景色は好きだ。ずっと見ていたいくらい愛おしい。だけど、視界の奥に見える森、またあそこからゴブリンの集団がやってくるのではないかと思ってしまう。またあの時の記憶を思い出してしまう。しかし、何故だろう、今その記憶を思い出しても全く恐怖や不安がよみがえってこない。実際に見ているこの草原の美しさが俺の気持ちを和らげてくれているのか、それとも彼女が隣にいるのだからだろうか。
昔はあんなに接触するのを嫌っていたのに・・・今では一緒にいたいって思うなんて・・・。本当に人生って何がどう転ぶのか分からないな。神様にあったり、記憶を持ったまま転生したり、自分の初恋の人と同じ顔の人と会ったり・・・本当に・・・分からないな・・・。
「・・・やっと笑ってくれた。でも何で今なの?何か面白かった?」
気持ちに余裕ができたのか、俺はいつの間にか笑みをこぼしていた。数年ぶりの笑顔、何故か気分も少しずつ良くなっている気がした。
「いや・・・なんでだろう、俺も分からない?」
「何それ、変なの。・・・ふふ。」
何も面白いところがないのに、俺たちはこんな状況で笑い合った。彼女のおかげなのか、それともこの景色のおかげなのか、理由のない俺の対人恐怖症が自然と治っていた。この数年間の人の声、人との接触はあの日の記憶の次に恐怖を感じていた。だけど今この時間は、間違いなく楽しかった。
「・・・そういえば、何でナエナちゃんこのペレーハ村に来たの?」
「ん~?アスタくんに冒険者になれたよって言いに来たの!でもさぁ~、アスタくん引きこもっていて言うタイミングが分からなくて~・・・。」
「それは・・・ごめん。ってか冒険者になれたんだ、おめでとう。」
「へへへ~、どう?すごいでしょ!学校卒業してすぐになったんだよ!」
そう言いながら腰に掛けてある剣を見せつける。あえて触れていなかったが、やはり冒険者としての武器らしい。
「うん、本当にすごいよ・・・。」
俺たちの談笑はまだまだ続いた。冬の寒さは気にならず、まだまだこの丘の上で談笑を続けた。
◇
星暦2032年、冬の43日、火の日、夕暮れ
時間は本当にあっという間に流れて、太陽は沈み始めて空はもう赤くなっていた。気温も少しずつ下がり、普段ならもう帰りたくなる頃、でも俺たちはまだここにいたかった。王都での出来事、学校での出来事、冒険者になっての出来事など、この草原の美しさを見ながらナエナちゃんからの話題は途絶えることなくずっと話し続けてくれた。
「へぇー、貴族の人からの求婚・・・すごいね。」
今は学校の思い出で、男に告白されたことを話している。話すというよりナエナちゃんの愚痴に近い。
「全っ然嬉しくない!本当にしつこかったんだよ!断っても何度も何度も“妻になれ”って言われて、本当に剣の訓練に集中できなかったんだよ!」
相手はなんでも妖精族の貴族で、ナエナちゃん曰くかなり偉そうで嫌な奴だそうだ。俺としては初恋の人に似ているナエナちゃんが他の男と結婚するのは正直心苦しい。しかもそんな奴と結婚なんて、個人的にすごく嫌だ。
「今もその人にされているの、求婚?」
「いいや。確か5年生の時、そいつから決闘を仕掛けられて、その時にボコボコにして“もう2度と関わらないで”って言ったの。だから卒業以来、約束を守って私の前に現れなくなったの。」
うわ~、なんてえげつない事を・・・。それ絶対に観客とかいたよね?観衆の中でボコボコにしたんだよね?その人たぶん約束を守っているんじゃあなくて、プライドとかズタボロにされてもう会う気力がなくなったんだろうなぁ。ヤバい、容易に想像ついちゃったよ。でも自業自得・・・いやでもやり過ぎるな気がするけど。・・・まあ、ナエナちゃんがそうしたかったんだし、別にいいか。
ナエナちゃんがその妖精族をボコボコにする光景を想像すると、思わず苦笑いをしてしまう。彼女の怒った様子を見たことがないはずなのに、何故かその時の様子を容易に想像できた。
「ねぇねぇ、次はアスタくんの話し聞かせてよ!」
「俺の?」
ずっと喋りっぱなしで疲れたのかここに来て俺に質問してきた。もう数時間ずっと話したのだから疲れるのも仕方がない。
「いいけど、何が聞きたいの?」
「もし良ければだけど・・・ゴブリンを倒した時のことを教えてほしいな~・・・なんて。」
ナエナちゃんは遠慮しがちで聞いた。やはり冒険者だから気になるのだろうか。どうやって独学の者がゴブリンの集団を倒したのかを。己の好奇心よりも気遣いが少し上回ったせいか、彼女の態度はかなりよそよそしかった。でも俺はもうあの時の記憶を思い出しても恐怖や不安は感じない。ナエナちゃんが今までの出来事をすべての話してくれたように、俺もすげて話そう。
「うん、別にいいよ。」
細く笑いながらそう言うと、ナエナちゃんは分かりやすいくらい歓喜した。
そんなに気になっていたのか?まさかそこまで喜ぶとは・・・。さっきに貴族をボコボコにしたと言い、もしかしてナエナちゃんって戦闘狂に目覚めた?・・・もしそうなら今後自分の言語には気を付けなきゃ。
「まずはどこから話そうか・・・。そうだな・・・まずあそこの森見えるでしょ?村の住民からあの森でゴブリンが出たって聞いて俺は1人で確認しに・・・ん?」
説明で草原の奥にある森に指をさすと、森からうっすらと人影が見えた。ここからかなりの距離があるせいか良く見えないが、間違いなく何かいる。しかも森から出て来たのはその1体だけではない。その者をついて行くように後からぞろぞろと森から現れてきた。その光景を見て思わず立ち上がった。
「・・・アスタくん、あれって・・・。」
俺に続いてナエナちゃんも立ち上がる。
「う、うそだ・・・なんで・・・。」
まだ空に残っている太陽に光がそいつらを照らした。緑色の体、間違いない、森から出て来たのはゴブリンだ。そしてその後ろに続いていたのは魔獣たちだった。ゴブリン一行は真っ直ぐペレーハ村の西門へと向かって来ている。
何で・・・なんでなんでなんで!?あの時倒したのが全部じゃあなかったの!?しかも何で魔獣たちまで!?魔除けの魔石は!?なんであいつらに効いていないんだ!?ヤバい・・・。ヤバいヤバいヤバいヤバい!!どうする・・・どうする・・・!?
立ち上がった俺の身体は震え始めて、両手で自身の両腕を掴む。ステータスウィンドを見るまでもなくパニック状態になっている。あの集団を見て、俺は3年前の出来事の恐怖を思い出し、どうすればいいのか分からなかった。
「アスタくん・・・!」
震える俺の横にいたナエナちゃんが俺を呼んだ。ゆっくり彼女の方へ向くと、ナエナちゃんは急に俺の両頬に強く両手を当てる。
「さっき私が行ったこと覚えている?“もしまた出たら倒す。アスタくんが守ったように、今度は私が守る。”って。」
ナエナちゃんはじっと俺の眼を見てそういった。彼女の瞳はこんな状況でも全く揺るがず、真っ直ぐだった。ナエナちゃんは両手を離して魔物魔獣の方へ歩き出し、そっと腰にある剣に手を添える。
「えっ、ちょっ、ナエナちゃん・・・!?」
「アスタくん、見てて。私を・・・冒険者になった私を・・・!」
振り向いてそう言ったナエナちゃんは笑っていた。虚勢でもただの勢いでもなく、自信に満ち溢れていたものだった。
不自然な点があれば、是非ご指摘してください。




