第30話 アスタ・サーネス 20歳
諸事情により編集しました。
旧タイトル「アスタ、20歳」
あれから俺の生活は大きく変わった。人と話す度にゴブリンとの戦いを思い出してしまい、人と接するのを避け始めた。両親とは必要最小限で接するようになり、お客さんとは話せず店番が出来なくなり、庭を除いて家から外出しなくなった。太陽の光よりも月の光の方が安心できる。本当に変わってしまった。
そんな生活を送って早くも3年の時が経った。外見は身長は変わらず髪が長くなった程度の変化だが、内面は酷く暗くなっていた。
俺の名前はアスタ・サーネス、20歳。引きこもりだ。
◇
星暦2032年、冬の42日、闇の日、昼
以前まではあの戦いの記憶のせいで部屋から出たくなく、毎回部屋の前に料理を持ってきてもらってきた。だけど今では多少落ち着きを取り戻して部屋から出るようになって、テーブルの上で母さんと一緒に昼食をとるようになった。
「ねえアスタ、今日の料理どうかしら?今日は気分が変わるようにちょっと味を変えてみたのだけど・・・どう、おいしい?」
母さんは毎回話しかけてくれるが俺は返答しない。返答しないと言うより無視に近い。何が楽しいのか母さんは毎日料理を工夫して話す話題を作ってくる。確かに料理はおいしいが話すほどではない。内心ほっといてほしいのだがそれも言葉にしたくない。いつからか知らないが両親が嫌いでもないのに何故か話したくないという感情が俺の口を動かさなかった。
「今日も夕方頃に花の世話をするの?お母さんが先に水あげっちゃったからあまり水をあげないでね。」
新たな日課で太陽がある程度沈むと庭に出て花の世話をするようになった。本当は庭にも出たくないが、それでも花が見たかった。花を見ている時、花の世話をしている時が、俺に安心感をくれる。綺麗な花たちが嫌な事を忘れさせてくれる。
料理を食べ終わった俺は食器を片付けて2階に上ろうとした。その間母さんとは目を合わさず黙々と向かう。
「アスタ、夕食が出来たらまた呼ぶからね~。」
これに対しても俺は無視をした。ゆっくりと階段を上って、静かに扉を開けて閉めて自室に入る。そのままベッドに倒れるように横になり、夕食になるまでボーっとする。やはり1人になっている時が一番落ち着く。
因みに店番は俺の代わりに父さんがしてくれている。朝から夕方まで毎日してくれている。何で街の店じゃなくうちにいるのかと言うと、街に建てた店を売ったからだ。
何故売ったのかと言うと、3年前に俺の重傷を治してくれた治癒師オンさんに急遽の依頼の報酬として8桁の大金を請求されたのだ。治癒師とはその高度な回復魔法により予約で常に殺到しているらしく、それでその予約した人へ遅れた謝罪料としてその額になったらしい。当然うちにそんな大金はすぐに用意できなかった。少しの時間を待ってもらって父さんはその出稼ぎ先の店を売って用意したそうだ。父さんが買ってから内装が綺麗にされていたとこもあって、買った時よりも高値で売ることができた。しかしそれでも当然足りずにペレーハ村のみんなや遠い所に住んでいる親戚からお金を借りてようやく支払うことができた。今のうちはいろんな人から借金をして暮らしている。
父さんが自分の店を売ることになったのは・・・俺のせいだ。あの時俺が独断で一人勝手に大怪我したせいで・・・父さんが自分の店を売ることになった。・・・自分が憎い。結局第2の人生でも親に迷惑をかけてしまい、果てには引きこもりになってしまった。もう嫌だ・・・こんな人生。・・・やり直した・・・。
ベッドの上でうずくまり、ただ自分の人生に後悔する。何度か死んでしまいたい時もあった。だけどそれでは結局また両親に迷惑をかけるだけ。何よりせっかく助けてくれたこの命を無駄にすることになる。両親の役に立ちたい。だけどあの記憶のせいで人と話したくはない。俺は自分自身に嫌いだ。
◇
星暦2032年、冬の42日、闇の日、夜
ベッドの上で過ごしていくうちにあっという間に太陽は沈み、空が暗くなり始めていた。それに気付き部屋から出て庭に行った。行く際に1階にテーブルに座っていた両親がいた。両親は俺に会話を求めるが、俺は無視した。両親は深く追求せずに俺を庭に行かせた。
ガチャッ
扉をゆっくり閉めて庭に着いた俺は自分が育でている花たちを見ていた。商品の質を高めているというのなら俺は店の手伝いをしているのだろう。だけど俺自身は手伝っているように思えなかった。これはただ単に自己満足、誰かのためでもない。自分自身のためにやっていることだから。
その後、しばらくの間花たちを見続けた俺は冬の寒さで家に戻った。タイミングよく入った時に母さんは夕食の準備を始めていた。俺は母さんの指示に従いそのまま風呂に入り、出たら家族3人で夕食を食べた。当然その間も俺は一言の話さず、黙々と済ました。それでも関係なく両親は俺に話題を振る。
「今日はかなり儲かったぞ!何か嬉しいことがあったのかチョーダさんがたくさん買ってくれたんだ!これもアスタの育でてくれたおかげだな!」
「本当にすごいよね~。魔石を使わなくてもあんなに鮮度や質が高いのだから。きっとアスタは花屋が天職なんだわ。・・・そういえば今日うちの屋根裏に泊まる人がいるのだけど・・・アスタは大丈夫?」
両親は俺が目線を合わせず黙々としているのに楽しそうに話しかけてくる。あの日以来両親の俺への対応も変わった。
3年前突如俺が叫びだしたあの日、結局両親は扉を壊すのをやめてそっとするようにしてくれた。その後は1日1回は部屋の前に立って話をかけたり、3食分の料理を置いてくれたりとかなり丁重に扱ってくれた。その際に“店を売ったことは気にするな。また建てればいい”と励ましの言葉をくれるが俺の心は揺るがなかった。食事もあまり喉を通らなかった。飲み込んでも吐いた事もしばしばある。生々しい記憶が毎回食欲を消してくる。そのせいで俺の体型は少しやせ気味だ。そして数十日前にやっと部屋から出るようになると、両親の反応はまさに歓喜そのものだった。口がきけないことは気にせず、とりあえず俺の姿を確認できただけで嬉しかったようだ。しかしそんな両親の反応とは逆に、俺は深く後悔した。こんなにも自分を大切にしてくれるのに、俺は心配させるようなことしかしていない。あの時すぐに謝りたかった。だけど謝れなかった。両親と対面してそう思った後に、またあの恐怖がよみがえったのだ。結局その日は謝罪の一言すらいえずに、こんな生活が続いたのだ。夕食を食べ終えて食器を片付けて自室に戻ろうとした。
「アスタ、おやすみ。」
「おやすみなさい、アスタ。」
毎回無視しているのに父さんと母さんはまた声をかける。俺の耳には確かに入ってきているが、返答はせずにそのまま自室へと向かった。
ガチャッ
部屋に入った俺はふと月の光が見たくなり、カーテンを全開にして月光を部屋の中にいれた。外はもう夜中。ベッドに座って窓から見える月を見ながら、ただボーとした。
ずっとこんな生活を送って行くのかな・・・。両親には悪いけど、この恐怖を克服することはできない気がする。人としてクズになったな。この先ずっと・・・こんな生活が・・・。もしなったら・・・本当に生きていく価値なんてないよな・・・。
もう考えるのも疲れてきた俺はそのままベッドに横になり、静かに眠ろうとした。すると1階から何やら話し声が聞こえてくる。
「じゃあ今日はゆっくりしていってね。布団とかはもう置いてあるから。」
「いろいろとありがとうございます。確か3階の屋根裏ですよね?」
話声が聞こえて思わず起き上がってしまった。片方は母さんだとすぐ分かった。しかしもう片方は誰だか分からなかった。分かったのは女の人の声というだけ。先ほど母さんが言っていた今日屋根裏に泊まる人なんだろう。しかし何故なのか、俺はその声に妙な懐かしさを感じた。
「うん、そうだよ。・・・アスタのこと、本当に頼んでもよかったの?」
「・・・任せて下さい。私が何とかしてみせます。」
話の内容は全く理解できなかった。ただ俺に関することなんだろう。しかしそんなことはどうでもいい。何故俺はこの声に懐かしさを感じたのか気になってしまう。
・・・だれ?村の住民・・・ではない。うちに泊まるということは外から来た人か。だけどさっきの声・・・俺は何故か知っている?本当にだれ・・・。
今すぐにでも部屋から出て確認をしたいのだが、ドアノブを握るとまたあの記憶を思い出してしまう。鮮明な記憶がいるはずもないのに扉の向こうにゴブリンがいると思い込んでしまう。呼吸は荒くなり、視界が揺るぎ始める。
トンットンットンットンッ
誰かが2階に上がってきた。母さんなのか父さんなのか、それてもあの女の人なのか。部屋に入っている俺には当然分からない。屋根裏までの道のりは2階に上がると俺の部屋、続いて両親の部屋の前を通ってから3階までの階段がある。つまり今日泊まる人は必ず俺の部屋の前を通らなきゃいけない。迫りくる足音に俺は知らない人が来るという恐怖に襲られ始める。ドアノブから手を放して、一歩また一歩と後ろに下がった。
来るな・・・来るな・・・来るな・・・!
立ったまま硬直して俺は扉に向かってそう念じ続けた。そのおかげか足音は俺の部屋の前を素通りしてそのまま3階への階段に向かっていった。足音の正体は泊まる人だったようだ。泊まり人はそのまま3階に上がると何やらゴソゴソと音を出している。恐らく荷物を整理して寝る準備をしているのだろう。しばらくすると音は止まった。
・・・寝たのか?
クミル叔父さんとは違ってその人は静かに眠りだした。そう思った俺は硬直した体が動き始めてベッドに脱力して座った。しかしそれでも俺の中では安心できなかった。知らない人がいるという恐怖はまだ続き、心の中に不安が残っていた。声のこともありなかなか消えなかった。
きっと・・・大丈夫・・・。母さんたちがそう思った人なんだ。きっと大丈夫・・・だよな・・・?何も心配することはない、・・・早く寝よう。
自分にそう言い聞かせて俺もベッドに横になって眠ろうとした。しかし知らない人が自分の部屋の上にいることを意識してしまい、寝ようにも眠れなかった。眠気はあるのだが頭がどうしても考えてしまう。
天井突き破ってこないだろうか?うちの金銭盗まれないだろうか?本当に俺たちの害はないだろうか?
くだらない妄想をしてしまう。そんな考えが始まって数分後ようやく呼吸も落ち着き始めて、いつの間にか眠っていた。だけど俺は気付いていなかった。その知らない人を意識し続けたおかげで、3年ぶりにあの日の記憶を気にせずにぐっすりと寝られたということに。
◇
星暦2032年、冬の43日、火の日、早朝
またもカーテン全開にして寝たせいで朝日の光で目覚めた。こんなこと数年前にもあった気がする。だけどあの時とは違って今回はやけに目覚めがいい。心なしか気分もいい。久々のいい起床をした。
だけどせっかく早起きしても俺には動くことはない。やることはあるのだがやりたくない。両親に何か役に立ちたいのだが何もできない。今日も今日で情けない一日が始める。俺はベッドから立ち上がって、窓に近づいて窓を閉めようとした。太陽の光はより部屋を暗くした方が、少しでも頃気持ちが和らぐから。
コンッコンッ
「もしも~し、起きてますかぁ~?」
ノックする音が聞こえて扉の方へ振り向くと、扉越しで女の人が俺を呼んだ。声から察するに屋根裏に泊まった人だろう。昨晩は気になっていたが寝起きのせいか頭が働かず、今はもうどうでもよく俺なんかほっといてほしかった。俺は返答せずに無視した。
「・・・ん?起きてるぅ~?もう朝だよ~。」
コンッコンッ
しかしそんなことは関係なく女の人はしつこく呼び掛けてくる。
そもそも何しに来たんだこの人は?母さんたちから聞いていないのか?まあいい、黙っていたらどっか行ってくれだろう。
コンッコンッ、コンッコンッ
コッコッコッコッコンッ
「・・・はぁ。」
まさかのノックの連続。予想外な行動とあまりのしつこさに思わずため息をついてしまった。それ程大きな声で言っていないはずなのに、扉の向こうにいる女の人の耳に入ったようだ。
「ああ~、やっぱり起きてた!もぉ~、何で無視するの~!・・・部屋に入ってもいい?」
「入らないでッ!」
女の人の言葉に思わず返答してしまった。数年ぶりの人との会話だ。まさか両親以外で話すとは思わなかった。せっかく口が動いたのだ、このまま流れで自分の意思を伝えよう。
「・・・誰かは知りませんけど、もう・・・関わらないでください。俺は・・・一人がいいんです。」
扉越しでそう伝えた。自分で言うのもあれだが意外にはきはきと言えた。女の人は拒絶されたことに悔しかったのか今後は向こうが黙った。俺にとっては好都合。そのまま何処かへ行ってくれと願う。
「・・・あっそぅ。・・・ねぇねぇ、扉の前から離れてて・・・アスタくん。」
「えっ・・・。」
俺のこと君付け、それにあの言い方は・・・まさかッ!?
バコーン
女の人は力強く部屋の扉を蹴り破った。扉はそのまま勢いよく俺の方へ飛んできて、俺は咄嗟に横に飛んで回避した。かなり危なかった。思わず“うわあッ!!”と叫んでしまった。横に飛んだ俺はそのまま壁に激突してしまい、肩から強く打って下に倒れこんだ。重症ではないがかなり痛い。
「うわぁぁぁ、ごめんアスタくん!ケガしていない!?」
女の人はそう言いながら俺の部屋に入って来た。というより女の人の行動はほぼ侵入に近い。
・・・いてぇ。心配するなら最初からするなよ・・・。どんな怪力女だよ。
そう思いながら顔を上げて近づいてきた女の人の顔を見た。その瞬間、俺の心臓は大きく鳴った。
肩まである髪。見た事のある容姿。知っていた声色。俺の視界に映っているのは前世の俺の初恋の人、その人だった。
何でこの世界に・・・いや、違う。
目の前にいる女の人の顔をよく見ると、最後に見た初恋の人と少し違った。女の人の髪色は綺麗な赤色で、その容姿も少し大人っぽかった。そして何より、女の人からただよらせるその雰囲気は全くの別人だった。
俺はこの人を知っている。何故すぐに気付かなかったんだ?・・・そうだ、ここ数年あの記憶のせいで忘れていたんだ。そのせいで声だけで気付かなかったんだ。でも自分の眼で見てわかる、この人はもう何年も前にこの村から離れたあの子だ。髪色に話し方、間違いない・・・。
俺はその女の人の名前を口にした。
「・・・ナエナちゃん?」
「うん。久しぶり、アスタくん!」
女の人はそう言いながら、にっこりと笑った。彼女の名前はナエナ・マーシェナ。この世界で唯一の親友だった女性だ。
不自然な点があれば、是非ご指摘してください。




