第24話 治癒師オン
諸事情のため編集しました。
タイトル旧「治癒師オンさん」
星暦2029年、夏の48日、雷の日
気が付いた時、俺は目を閉じたまま横になっていた。背中の感触的に恐らくベッドの上だろう。とても気持ちよく、さっきまでの痛みや疲労が取れそうだ。いや、取れそうというよりもう俺の身体から痛みが感じない。間違いなく重症の左脚のふくらはぎと左手からも痛みが全く感じなくなっている。さっきまであった痛みがまるで初めからなかったかのように消えている。しかし消えているのは痛みだけではなく、身体の感覚もなくなっている。身体は間違いなくあるのだが、思い通りに動かせない。
「・・・先生!俺の息子は、アスタは本当にこれで助かったんですか!?」
視界が暗い中、渋い声をした男の声が大きな声で耳に入ってきた。脳がまだ不覚醒な俺でも分かるくらい男は焦っていた。そして俺はこの声を聞いたことがある。声の主は目を閉じていても分かった。
とう・・・さん・・・?
「本当に大丈夫なんですか!?もう何日も寝たきりなんです!いつになったらこの子は起きてくれるんですか!」
次に女の人の声が聞こえた。この声は毎日聞いていたからすぐに分かった。
かあ・・・さん・・・?
俺の脳は徐々に目覚め始め、耳に入ってくる情報を整理できるようになってきた。
「大丈夫です、2人とも落ち着いてください。息子さんの傷は完璧に治りました。目覚めないのは疲労と魔力切れによるものだと思います。恐らく今日か明日には目覚めるので安心してください。」
ここで初めて聞く声が聞こえた。父さんとは違う若い男の人の声だ。話しの流れ的に両親と話しているこの人が先生なんだろう。
両眼にも力を入れられるようになり、ゆっくりと重たいまぶたを開いた。最初に目に入ったのは、見慣れた部屋の天井。どうやらここは俺の部屋のようだ。次に声がする方を見ようと身体を起すが、そこまで身体は思うように動かなかった。首すら曲げられず、ただ小さく揺れるだけ。しかしそんな僅かな動きに見た両親は、俺が目覚めたことに気付いた。
「「ア・・・アスタぁぁぁぁぁ!!」」
両親は俺が眼に見える所まで近づいてくれた。父さんは俺の右手を握りながら泣き、母さんは両手と額を俺の頬と額に当てながら泣いた。両親は先生という人の前でも関係なく大きく泣いた。そんな2人の顔を見て、俺も思わず涙を流した。
「ごめん・・・なさい・・・。ごめんな・・・さい・・・。」
理由がない謝罪と共に、俺の涙は大きくなっていった。舌も上手く動かせないが、俺は精一杯両親に謝った。
「ううん。あなたは何も悪くないわ。何も悪くないわよ。」
「そうだぞアスタ。俺たちは、お前が無事ならそれでいい。」
母さんと父さんは俺の謝罪に対し励ましてくれた。優しく対応してくれた両親に俺は声を上げて泣き始めた。今はただ、この2人に甘えたかった。
◇
しばらく経つと俺たちは泣き止んだ。17歳の男子が人前で堂々と泣いたことに今になって恥ずかしく感じる。
「目覚めてよかったよ、アスタくん。・・・気分はどうだい?」
先生は俺の視界に入るため両親の後ろに回り、俺に声をかける。声から察した通り、やはり初対面の人だった。銀色の髪を持っており、村でも見たことはない顔だ。その格好はまさに医療に関わっていそうな白い服を着ていた。
「大丈夫・・・です。・・・あなたは・・・?」
身体は動けないが、気分は悪くはなかった。そして返答した後、俺は先生に問い返した。話しを聞いて先生だと分かっているが一応聞いてみた。
「僕かい?僕は治癒師をやっているオンです。君のお父さんに頼まれてきたんだ。」
ち、治癒師・・・!?
俺はオンさんの話を聞いて驚き、そして同時に納得をした。この世界“ファンタスタ”は前世で俺がいた世界と比べて医学がかなり遅れている。科学すらこの世界では存在価値はそれほど高くなくあまり探求しないため、それに比例して医学もそれほど発展していない。手術などはなく、精々あるとしたら輸血や縫合の技術程度だ。
当然医学がそこまでしか進んでいないから病気による死者が続出するのだが、この世界では病気による死亡はかなり少ない。理由は単純、この世界には魔法があるから。回復系の光魔法のおかげで、骨折、炎症、外傷などを治すことができる。そしてもう一つ、上位魔法である『治癒魔法』は光魔法と比べて医療に長けており、前世の世界ではできない治療も難なくこなせる事ができる。逆に失敗例が少ないぐらいだ。だから俺はあれ程の深い傷なのに、痛みが全く感じないのを納得した。
そしてそんな治癒魔法の使い手は数少なく希少と同時に重宝されており、世間では治癒魔法は使い手を治癒師と呼ばれ、ファンタスタ中から引っ張りだことなっている。そんな治癒師の1回の診断はとても高く、安くても7桁の額が簡単に動く。つまり俺が最初に驚いたのは、そんな治癒師がなぜこんな田舎の村にいるのだということだ。うちはしょせん小さな花屋。街にもう1店舗あるぐらいで、そんな7桁の額をすぐに用意できるほどうちは裕福ではない。2店舗の総売り上げを知っている俺だからよく知っている。そんな高額を両親はどうやって用意したのか、起きたばかりの俺には想像ができなかった。
「・・・アスタくん、大丈夫?少し顔色が悪いけど・・・。」
オンさんは心配そうに問いかけた。どうやら治療費の事の考えが顔に出たようだ。先生は心配してくれるが、俺はその理由を言えなかった。わざわざこんな村まで来て治療してもらったのに、金銭の話をするなんて失礼にも程がある。俺は本音を言わず“大丈夫です”と言った。
「先生、息子を治してもらってありがとうございます!」
「本当に、ありがとうございます!」
俺とオンさんの会話が終わったのを見て、父さんと母さんはその場に立ち上がってオンさんに深く頭を下げた。俺も頭を下げたいのだがまだ身体は動けない。お礼を言う態勢ではないが、母さんに続いて俺もお礼を言った。
「いえいえ、私としても息子さんが治って本当に良かったです。・・・それにしてもアスタくん、君はすごいね!独学の魔法なのによくあんな数のゴブリンを倒すことができたね!君なら良い冒険者や騎士になれるかもね!」
独学?あんな数の?一体何のことだ・・・?
オンさんは良い笑顔で両親に対応し、そして俺を褒めてくれた。まだ不覚醒のせいかオンさんの言っていることはよく理解できなかった。俺は何も言わずにただ流れで動かせる範囲で頷いた。
「サーネスさん。息子さんは目覚めたので、僕の仕事は終わりです。すぐに別の仕事に向かいたいので、できればこの後お話を・・・。」
「分かりました。ではすぐ1階の方で。母さん、アスタを頼む。」
父さんはオンさんの話を聞くと母さんを残して、オンさんと共に部屋から出た。やはり治癒師は忙しいのだろう。2人はこれから大人の話をするのだろう。今から大金が動くことを考えると、少し頭が疲れるのと同時に不安を感じた。
◇
そしてそれからと言うと、母さんは少し汗をかいた俺のため身体を拭いてくれた。俺の服を脱がせて、事前に用意してあった濡れたタオルでしっかりと優しく隅々まで拭いてくれた。動けないとはいえかなり恥ずかしかった。17歳にもなってこんなことをされているのだから。止めと言いたいが、嬉しそうな母さんの顔を見て言えなかった。母さんは丁寧にしてくれるから、この時間は思いのほか長かった。
ようやく身体を拭き終わると、同時に俺の脳は正常に働けるようになり気になっていたことを母さんに質問した。それは“どうしていま俺は助かっているのか”ということ。俺が覚えているのは3体目のゴブリンを剣で倒したところまで。そこから先は覚えているようで覚えていない。覚醒しても記憶が曖昧でよく思い出せない。あの勝負の結果の事さえ、思い出せない。母さんは俺の問いに対して濃く細かに説明してくれた。
まず最初に、俺がゴブリンと戦ったあの日は今日から4日前だそうだ。思わず“4日も!?”と繰り返して聞いてしまった。そしてあの日、夕暮れになっても俺が帰ってこないからと気になり、その日の門番さんがわざわざ門から離れて草原に出て来てくれたそうだ。すると草原で俺が倒れている姿を見て急いで駆けつけて向かうと、その光景を見て驚いたそうだ。俺は両手と左足から大量の血が流れて、かなり危険な状態だったそうだ。しかし門番さんが驚いたのは、“そんな俺の姿だけ”じゃなかったから。それは、俺と共に9体のゴブリンたちが倒れていた光景だったからだ。ゴブリンたち全員絶命しており、生きている者はいなかった。異常事態だと思い門番さんはすぐに村の人を呼んで、俺を村に運んでくれたそうだ。ちなみにゴブリンの死体と言うと、魔物も魔獣同様に死体をそのままにするとアンデット化するからその日に村で燃やしたそうだ。
そして俺を村まで運んだのは良いのだがペレーハ村には治療できる者はおらず、布を傷口に拭いて包帯で巻く程度しかできなかった。このままじゃ命に関わると思い母さんはすぐに村の誰かにお願いして、近くの街にいる治療できる人と父さんを呼んで来てもらったそうだ。
だから父さんがここにいたのか・・・。
そして偶然にも父さんを呼ぶため出稼ぎ先のお店に行くと、治癒師であるオンさんが客として来ていたのだ。用件を聞いた父さんは、オンさんに無理言ってペレーハ村について来てもらったそうだ。そして半日前に着いたオンさんはすぐに俺に治癒魔法をかけてもらい、現在に至るという事らしい。
4日・・・4日も経ったのか。身体が動かないのはずっと寝たきりで、筋肉が衰えたからか。・・・たった4日で衰えるものか?まあもともと筋肉なんてなかったみたいなもんだし、そういうことになるのだろう。
母さんの話を聞いた俺は全てに納得した。こうして俺が生きていられるのは、奇跡とした言いようがない偶然と、両親のおかげだという事を。俺のためにそんなことをしてくれたのだから。もちろんオンさんにも感謝をしている。舌が少し動けるようになり、母さんにお礼を言った。
「母さん、教えてくれて・・・ありがとうございます。そして・・・今日まで、ありがとうございました。」
「いいのよアスタ。・・・じゃあ、次は母さんの番ね?」
そう言いながら母さんは右手を撫でるように俺の頬に置いて、ずっと真上を向いていた俺の顔を自分の方へ向けさせた。その表情はかなり真剣だった。
不自然な点があれば、是非ご指摘してください。




