第22話 絶望と罪悪感
諸事情により編集しました。
迫ってきているゴブリンは5体。4体はこん棒や石槍を持っており、1体は何も持っていない。ゴブリンたちは今も不気味な笑みを浮かべながら、まっすぐ俺の方へ迫ってきていた。そんなゴブリンたちに対し、俺はすぐさま両手を『アクア・ピストル』の構えに入った。
まず現段階の俺の『アクア・ピストル』は殺傷能力が低く、いまだに1本の木を貫通させていない。とてもじゃないが魔物を仕留めることはできない。だけど痛めつける程の威力は十分あるはず。ゴブリンの身体のどこかに当たりさえすれば、足が止まるだろう。それを1体ずつ確実に当てることを意識した。
まず右手の銃口は丁度俺の真ん前に向かってくる1体に狙いを定めた。何も持っていないから察するにこいつが俺に石槍を投げつけたのだろう。ふくらはぎの痛みのせいか、さっきまであったゴブリンに対する恐怖が薄れていた。そのおかげで魔法の狙いに集中できる。
俺は強くイメージした。水の弾がゴブリンの身体の中心、腹に当てることを。それを1体1体確実に当てることを。具体的にイメージした俺は荒くなった呼吸を整え、両手の震えを止め、心の中で魔法を演唱した。しかし演唱する瞬間そのゴブリンと目が合い、その不気味な笑みに無くなっていた恐怖がよみがえる。
【水魔法:アクア・ピストル】
俺の指から水の弾は勢い良く1体のゴブリンに目掛け発射された。だが俺の気持ちが焦りと恐怖したせいか、弾の形は少し縦長く、軌道がやや上になっていた。しかしその軌道でもゴブリンに十分当たるから問題はない。俺に狙われたゴブリンは当然驚き、避けようとするが弾の速さと距離的に間に合わなかった。
よし!まずは1体・・・。
そう思いながら弾がゴブリンの額に当たった瞬間、俺は目を疑った。水の弾はゴブリンの額に当たるだけじゃ留まらず、そのまま肉を突き破りゴブリンの頭を貫通した。ゴブリンは叫ぶ暇なく絶命し、前から倒れた。
え、うそ・・だろ・・・・!?
残りの4体のゴブリンたちは仲間が急に倒れこんだのに対し驚き足を止めた。最初は何が起きたのが分からなかったゴブリンたちは次第に笑みが無くなり、ただ動かない仲間の身体をじっと見つめていた。そしてそれが死体と気付いた時、あきらかな動揺を見せる。しかし誰よりも驚いたのは、俺自身だ。
何・・・今の・・・。何で・・・俺の弾が・・・ゴブリンを貫いたんだ。
俺はイメージ以上の威力を出たアクア・ピストルに動揺している。おそらく発動する瞬間ゴブリンと目が合い恐怖という感情が大きくなり、それによってアクア・ピストルも変化したのだろう。俺は数秒間呆然としたが、すぐに現実に戻り次のゴブリンに狙い定めた。
考えるのは後だ!今は何とかして逃げなきゃ!
今も仲間の死体を見続けているゴブリンを好機と思い、俺はそのうちの1体に狙いを定めてもう一度魔法を演唱した。
【水魔法:アクア・ピストル】
人差し指から2発目の水の弾が発射された。さっきのとは違い弾の形はいつも通りだった。しかし俺の気持ちが焦ったのか弾の軌道は大きくズレ、ゴブリンの身体にかすりともしなかった。弾がゴブリンの横を過ぎると、ゴブリンたちは俺が何かしたと気付き俺を凝視する。その瞬間、俺の恐怖という感情は最大限まで高まった。手元は震え、頭の中は何も考えられなかった。もう魔法をイメージする集中力もない。俺はただアクア・ピストルの構えのまま固まった。
少し俺をにらんだゴブリンたちは、次にお互いの顔を見た。何かのアイコンタクトをしているようにも見える。そしてお互い見つめ合ったあと、ゴブリンたちは俺をにらむのをやめて仲間の死体の両手を2体のゴブリンがつかみ、そのまま引きずって来た道を走って帰った。ゴブリンたちは体力を温存していたのか、俺を追いかけた速度で死体を運び、次第に遠くなりやがてその姿は森の草木の後ろへ消えて行った。俺はそれをただ座って見ていた。ゴブリンたちの姿が完全に消えたとき、ようやく俺の脳は正常に働きだした。
助かった・・・のか?俺の魔法を見て諦めてくれたのか?
ずっと構えていた両手を下ろし、安堵の一息をつく。いろんなことが同時に起こりすぎて収拾がつかなかったが、俺はこの静かな時間で急いで整理した。しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。倒れる際に手放してしまったスコップを手に取り、松葉杖の代わりにして立ち上がった。ついでにゴブリンの石槍も拾った。これでこの森にゴブリンがいたという証拠になる。俺は石槍を麻袋と同様にベルトとズボンの間に挟み、森の出入り口へと歩いた。
早く、早く村のみんなに言わないと・・・。
そう思いながら森を抜けて、村に向かって草原を必死に歩いた。歩くというより片足と杖で前に進んでいると言った方が正しい。動く際に激痛が左脚に走るが、俺は荒い呼吸しながら我慢した。人生初めての痛みに俺は今でも泣き出しそうだ。そんな激痛に堪えているなか、俺の脳裏にはどうしても気になっていることがある。それは当然あのゴブリンたちの事だ。何故あそこまで追いかけてきたのに、わざわざ俺を逃がしてくれたのだろう。そんなに魔法が怖いのか。唯一分かっていることと言えば、俺をにらんだときのあの視線は、俺に対する恐れや嫌悪が全く感じられなかった。まるで何かを企んでいるように見えた。理由を考えるが脚の激痛が頭によぎり、深く追求するのをやめた。
森から出て少し歩くと、かすかに村の西門が見え始めた。かなり遠い門の光景を見て、俺の気持ちはほっとした。内心これでゴブリンは大丈夫だろうと思った。ペレーハ村には冒険者や兵士はいないが、農業で鍛えている男たちがいる。ふくらはぎの傷、ゴブリンの石槍、あまり多くの住民とは親しみがないがこれだけの証拠があれば信じて動いてもらえるだろう。母さんにはおそらく怒られるだろう。俺もまさかこんな大ケガするとは正直思わなかった。村に着いたら店番をしてもらっている母さんに謝った方がいいか。いや、先に村長にゴブリンがいた事を伝えるのが先か。その後に母さんに謝ろう。怒ると怖いからなぁ、覚悟はしていこう。痛みに少し慣れたせいか、村に帰った後の事を考えて俺は少し笑った。しかしそんな安堵の時間はすぐに終わった。
ズトンッ
村に帰っている俺に向かって後ろから石槍が飛んできた。幸運にも石槍は俺の横を通り過ぎ、前の地面に刺さった。見覚えのあるこの石槍を見て動きを止めた。間違えなくこれは俺の足を傷つけたものと一緒のものだ。
ま、まさか・・・。
ここまで落ち着いた鼓動がまた加速し、俺はゆっくりと後方を振り返る。俺の眼に映ったのは、10体のゴブリンが森から出て来た光景であった。ゴブリンたちは何らかの武器を装備しており、こん棒が5体、石槍が2体、素手が1体、そして剣が2体。ゴブリンの集団は俺の左脚から出た血で着いた草に沿って、ゆっくりと俺の方へ向かってきた。その表情はさっきの5体と同様、不気味な笑みで俺を見つめていた。しかし1体だけは違った。額に血を流して剣をもったゴブリンは、俺をひどくにらんでいた。恐らく俺が咄嗟に攻撃したゴブリンだろう。
ヤ、ヤバい・・・!ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
俺の心境は軽く発狂状態になった。ゴブリン集団の光景を見て怖気づいた俺は、痛めてある左足を一歩引くと地面を踏んだ際強い激痛が走りその場に倒れてしまった。俺は自分を落ち着かせて考えた。
村までの距離はまだ遠い。この足で走って逃げきることは無理だ。だからといって戦うなんてもっと無理だ。この足、歩けているだけでもやっとなのに戦闘なんて不可能。尻もちを着いた俺のもとにゴブリンたちは徐々に差し迫っていた。自分の身の危険を感じた俺は動ける右足で土を蹴って少しでも離れようと足掻いた。不格好でも俺は生きたいと足掻いた。しかしここでふと後ろを振り向くと、ペレーハ村の存在を思い出した。
このままじゃ自分だけじゃなく村にも危機に及ぶと俺は理解した。それと同時に、この状況になった原因も考えた。考えてしまった。答えはすぐに出た。
俺のせいだ・・・。俺がゴブリンと会ったせいで・・・。生半可な気持ちでゴブリンを調べようと動いたから・・・こんなことに。
発狂状態だった俺の内心は一瞬で治まり、絶望と罪悪感で満ち溢れた。自分で招いた種のせいで村に危機が迫っているという事に気付き、俺は自信がとった行動に深く後悔した。ゴブリンたちが森から出て来たのは間違いなく俺のせい。さっきの4体が引き返して仲間を呼んだのは、人族から攻められたと思い村を襲おうと考えたのだろう。
俺のせいだ・・・。間違いなく・・・俺のせいだ・・・。
絶望にのまれ足掻くのをやめた。そして想像してしまった。第2の故郷ペレーハ村が、ゴブリンたちに襲われる光景を。村の人たちがあの武器によって殴り殺される光景を。村のおじいちゃん、おばあちゃん、常連の奥様方、そして母さんは。みんな殺されてしまうと、俺の想像は止まらなくなり、俺は静かに泣いてしまった。
もう全てを諦めようかと思った。しかし次の瞬間、森の方から強い風が草原に走った。その風に俺は、どこか懐かしさを感じさせた。その懐かしの原因はすぐに分かった。久しく忘れていた、昔ナエナちゃんとこの草原で遊んだ時に感じた風だと。そしてその時のナエナちゃんは、見ているこっちもが和むほど笑っていた。
何で・・・諦めているんだ・・・俺は・・・。せっかく神様のおかげでまた生きられているのに。まだ・・・終わらせたくない。俺の第2の人生・・・まだ、終わらせたくないッ!
あの頃の記憶を思い出したせいか、さっきまであった絶望と罪悪感が少し和らぎ、冷静に考えることができた。記憶だけじゃない、恐らくナエナちゃんのあの笑顔おかげでもあるだろう。俺は涙をぬぐい、ゴブリンたちの方を見た。俺が頑張って歩いたおかげか、ゴブリンたちとの距離はまだあった。この機に1度深呼吸をして対抗策を考えた。内容は当然、戦闘しかない。
喧嘩すらしたことがない俺がゴブリンに勝てるなんて想像がつかない・・・でも、村の人たちが傷つくのは・・・いやだ!・・・やらなきゃ!俺のせいなんだ・・・やらなきゃッ!
俺は決死の覚悟をした。腰にある麻袋を取り、麻袋の中に左手を奥まで突っ込みひもで固定する。もう一度手放したスコップを拾い俺はその場に立ち上がった。当然かなり痛い。諦めてもう動きたくないぐらいだ。だけど、俺はもう諦めたくなかった。覚悟を決めたおかげか、左足の激痛も、ゴブリンたちが迫る恐怖も、耐えることができた。
俺が立ちあがるのを見たゴブリンたち不気味な笑みのまま自分たちの武器を強く握り、歩くペースを速めて俺の方へ向かって来た。間違いなく俺を殺す気だ。俺はそんなゴブリンたちに対し、スコップを地面に突き立ててもう一度『アクア・ピストル』の体勢に入った。麻袋を被った左手でしっかりと右手首を掴み、左足の痛みを耐えながら重心を真っ直ぐに取り、ゴブリンたちを迎え撃とうとする。
俺のせいで村のみんなを、あんなにいい人たちを、傷つけられるのは絶対にいやだ!自分で仕出かした事だけど・・・守りたい!俺なんかができるとは思えないけど・・・守りたい!
気持ちが強く固まった。痛み、恐怖、罪悪感を全て一旦忘れ、ただ目の前のゴブリンたちだけを考えた。
不自然な点があれば、是非ご指摘してください。




