act.2 裏側の少年
俺はいつもの『仕事』でちょっとしたヘマをして…逃げていた。
『仕事』は滞りなく遂行したさ。
だけどその帰りに、数人の男に絡まれた。
しかもその中のひとりが実は今日の依頼人の息子だって言うんだから、ツイてない。
そう、大物政治家の息子を完膚なきまでに殴ってやった訳だ。
そのせいで俺はその政治家のバックに付いているヤクザ共に追われるわけになった。
…俺、悪いか?
ってことで夜の新宿を逃げ続けた俺は北東部にある倉庫街に辿り着いた。
あんなドタバタうるさい中年太りのおっさん達なんて簡単に始末できるけど、そんなことしたら『仕事』上の信頼に関わる。
それで、この倉庫街のとある噂を思い出した。
1029番倉庫は"開かずの倉庫"
開かずの倉庫なんだから行っても意味はないと思うだろうが、満月の夜に度々開くのを見たという目撃情報があるらしい。
もし開かなくてもこの広い倉庫街なんだから、ほとぼりが冷めるまで隠れていることくらいはできるだろう。
俺は春川琳【ハルカワ リン】。
表向きはただの高校生、まだまだピチピチの18歳だ。
訳あって生き抜くためにとある『仕事』をしている。
―――――始末屋。
それが裏の顔。
そうでもしなければ孤児である俺はひとりで生きてなんていけなかった。
世界政府が君臨するこの世界には平等なんて有り得ない。
戦争をなくし、国際問題を消し、その革命を起こした結果…貧富の差が明らかになった。
それが20XX年、地球、日本国だ。
まさか逃げ込んだ先の"開かずの倉庫"か開くとも思わなかったし、
その向こうに見えたものも…予想外すぎた。
ただ俺は、無意識に己の得物を構え…引き金を引いた。
***************
「何なんだ…?あれは」
俺の呟きを聞いていたのかどうなのかはわからないが、目の前の女は軽く欠伸をして首を傾げてこちらを見る。
その女は他の色の侵入を許さないほどの漆黒の衣服に身を包んでおり、昔教科書で見たような軍服みたいな上着を着ていた。
ただ彼女は短いショートパンツを履いていて、すらりと伸びた細い脚は透けるように白い。
脚だけではない、顔も…ようするに肌が白く、月明かりを反射する髪の毛すらも真っ白だった。
「これは…亜人ですよ?」
その女は壁際へ歩いていき、先ほど投げ付けた自身の剣を化け物から引き抜き、片手で振って血を落とした。
あの華奢な身体のどこにそんな力があるのだろうか。
彼女は見るからに小柄で小さく、細っこい。
「あじん…?」
「はい、亜人です。むかーしむかしに頭のイカれた科学者たちが獣やら精霊やらとヒトを掛け合わせて造り出した生命体です」
そう言って振り返った彼女と視線が交差する。
人形の様だと、思った。
それほどまでに整った顔立ちをしている女だった。
赤み掛かった薄い茶色の瞳が冷たく光る。
「“こちらの世界”には存在はしない生き物のはずです。あたしは“あちらの世界”でこれを始末する任務に就いていたんですが…うっかりこちらに来てしまったわけです」
「何なんだよ、亜人とか…“こっちの世界”とか“あっちの世界”とか!」
「平行世界…パラレルワールドというものがあります」
「…は?」
「こちらの世界…ええと、地球の“日本国”ですね。それと平行して存在する次元の違う世界がそのパラレルワールドです。交わることはあり得ませんし、普通は行き来をすることだって不可能な2つの世界。ですから、知らないのは当たり前です…あたしはここと同じ20XX年の地球、大和国から来ました。要するにここの裏側の世界ですねー」
「何だよそれ。よくわかんねぇな」
「信じてくれなくて大丈夫ですよー?すぐに君の記憶は消してあげますから…」
彼女はそう言って上着のポケットから何やら携帯電話のような物を取り出して操作し、耳に当てた。
「…あ。警護庁第3隊の吉原です。はい、現在新宿北東部の境界にて一級指令の…で……忘却術師の解放者って確かどこかの隊に…!」
“忘却”
その単語が聞こえて俺は彼女のこめかみに銃を押し当てていた。




