act.1 吉原憂の視点による邂逅3
指令を受けた時間の約10分前、あたしは新宿北東部に来ていた。
黒い隊服には赤紫の血が何箇所か飛び散っていて、顔や脚にもこびりついている。
「吉原隊士、お待ちしておりました!あの、お怪我を…」
「あたしの血ではありませんよー、色が違うじゃないですかー」
「はっ、失礼いたしました!」
敬礼をするその一般隊士を無視して、あたしは歩を進める。
彼らには一瞬周りの空気が歪んだように見えただろう。ここは天然の結界が張られていて、普通の人間は通れない。
ここは"境界"と呼ばれていて、亜人と、とある条件を満たした人間…解放者しか入ることはできない。
あたしは、解放者だ。
月に1度、一級指令が下る。
『境界解放と身辺の調査、逃亡中の亜人の追跡・捕獲』
要するに境界の空間に入り込んだ亜人がいたら捕まえたり、暴走してるんなら始末したりしろってことで。
そんなに大変な任務じゃない。
でも稀に…厄介なときがある。
どうやら今日は、その厄介な日だったらしい。
「…いましたねっ」
境界に散らばる獣の毛。
昼間に始末した奴と同じ、狼の亜人。
大柄な体格は人間のそれであるが、全身を覆う体毛、尻尾、獣の耳。
半人半獣の姿をしている。
「いけませんよー、そちらに近付いても…あなたには開けないはずです…よっ!」
あたしが振り下ろした剣を避け、その亜人が地面に手を当てた。
境界の空間のちょうど中心。
空に浮かぶのは輝く満月。
視界に捉えたのは…何かの術式の略図の紙。
よく知っている、陣だった。
「しまった…」
突如地面に開いた穴にその亜人は飲み込まれ、すぐにそれを追ってあたしも穴に落ちていった。
もう、何度目でしょうか。
あたしはこの運命を、現実を、血を、憎みます。
"向こう側"が見えた時、微かな光を頼りに標的の亜人に刃をたてた。
剣が突き刺さる直前に聞こえたのは…銃声。
視界に映ったのは、少年だった。
そして物語は冒頭に戻る。
***************
―――――見られた!!!
狼の亜人に剣を突き立てながら着地したあたしは、目の前の少年を視界から外さないようにしながら周囲を見る。
見慣れた倉庫。
ここはいつもの裏側の境界だ。
えっと…日本国、だったかな。
あたしのすぐ横に転がってる亜人を見ると、すでに事切れていて、ただの肉の塊だ。
剣による傷が致命傷にはなっていない。だが的確に心臓の位置に銃撃がある。
――――この少年が?
少年、というには少し大人びているかもしれない。
背が高く、癖のあるすこし長い髪、整った顔立ち、個性の感じない上下揃いの服。
彼はあたしを見て一瞬固まったが、少し口角を上げて呟いた。
「なあ、銃刀法違反って知ってるか?」
「知りませんねー、そんなもの」
いっそのこと始末してしまえばいいと思ったあたしは彼に漆黒の刃を向けていた。
「この国じゃ主流なんだけどな、あんた不法滞在か何かか?」
そう言って彼は素早い動きで懐から拳銃を出し、あたしに向けてきた。
あたしの頭を占める疑問はただひとつだった。
"なぜこの少年はこの倉庫にいる?"
「ここ…"日本国"の"新宿"で合ってますか?」
「そうだけど…」
「どうして君はこの倉庫に入れているんですか?」
一瞬少年の瞳が揺らいだように見えた時、彼は発砲した。
あたしにではなく、壁の方にだ。
そこにはもう一匹亜人がいて、銃弾を受けて動きを止めた。
あたしは少年に向けていた剣をその亜人に向けて投げ、急所を貫いた。
斬る度に飛び散る赤紫が嫌い。
この血は"境界"を通り抜ける。
「…何なんだ?あれは…」
少年の声が倉庫に響く。少し、動揺している?




