第1話③
「ルカ、そこは削っちゃ駄目だ」
幼いルカは、作業台の上に置かれた照明魔道具を覗き込んでいた。
「どうして?」
「そこを削ると、明るさが急に変わるんだよ」
「でも、同じ線が二本ある」
「二本?」
「うん。こっちと、こっち」
父はルカの指さした場所を見た。
しばらく考えてから、首を傾げる。
「……確かに、似てるな」
「一つじゃ駄目なの?」
「どうだろうな。父さんにも分からん」
父は笑った。
ルカは少し不満だった。
「お父さん、修理屋さんなのに」
「修理屋だって、知らないことくらいあるさ」
父は工具を置き、ルカの隣に腰を下ろした。
「ただな、ルカ。無駄に見えるものにも、理由があることは多いんだ」
「……理由?」
「そう。だから、削る前に考える。どうしてここにあるのか、なくしたら何が困るのか」
ルカは照明魔道具を見つめた。
「……じゃあ、理由がなかったら?」
「そのときは、もっといいものにしてやればいい」
父はそう言って、ルカの頭を撫でた。
*
「……おい、大丈夫か?」
店主の声で、ルカは我に返った。
「あ……はい」
工具を握ったまま、しばらく手を止めていたらしい。
「顔色が悪いぞ」
「いえ、少し考えていただけです」
ルカは首を振った。
それから、改めて暖房魔道具を見た。
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「この魔道具、いつ頃作られたものですか?」
「三十年くらい前だな。母親が使ってたやつだ」
「……そうなんですか」
「冬になると、いつもこれをつけてたよ。最近の暖房器具より温まるのが遅いんだが、
妙に具合がよくてな」
店主は持ち手の革に触れた。
「母親が死んでからは、ずっとしまってた。久しぶりに動かそうと思ったら、これだ」
ルカは魔道具を見つめた。
外装の傷。
何度も縫い直された革。
古い術式。
長い年月をかけて使われてきたものだった。
「……なるべく、元の部分を残します」
店主は少し驚いた顔をした。
「そんなことまでできるのか?」
「分かりません。でも……やってみます」
ルカは慎重に円盤を取り外した。
古い回路を一つずつ確認し、必要な部分だけを残して接続を変更する。
熱変換回路はそのまま。
出力調整も、基本構造は変えない。
ただ、安全監視の回路を独立させ、余計な整流処理を通らないようにする。
そして、二つの回路が互いに干渉しないよう、接続部に小さな制御術式を追加した。
最後にいつもの癖で小さな輪を描いた。
しばらくして、ルカは工具を置いた。
「……できました」
「もう?」
「一応、です」
店主は目を丸くした。
「試してみるか?」
「はい。ただ、最初は出力を抑えてください」
店主が魔石を取り付ける。
ルカは魔力の流れを確認しながら、起動を促した。
暖房魔道具の中央に、淡い光が灯る。
「……あれ?」
光が一瞬揺らぎ、すぐに消えた。
店主が首を傾げる。
「駄目か?」
「……いえ」
ルカは術式を覗き込んだ。
熱変換回路は正常。
出力調整も問題ない。
安全装置が作動している。
つまり、熱が上がりすぎたと判断されたのだ。
だが、実際にはほとんど温まっていない。
(……どうして?)
ルカはしばらく考えた。
「…あ!」
古い安全装置は、熱変換回路から送られてくる魔力の変化を、そのまま温度の変化として扱っていた。
直列接続を前提に作られているのだ。
回路を並列にしたことで、監視側が受け取る信号のタイミングが変わってしまった。
その結果、正常な動作を異常と誤認したらしい。
「……そういうことか」
ルカは紙に計算を書き足した。
安全装置が必要としているのは、魔力の流れそのものではない。
熱変換回路の状態を示す情報だけだ。
ならば、そこだけを取り出せばいい。
ルカは接続部を修正した。
今度は、監視回路が熱変換回路の出力状態を直接読み取るようにする。
余計な変換を挟まず、必要な情報だけを渡す。
「……もう一度、お願いします」
店主が頷いた。
魔石に魔力が流れ込む。
暖房魔道具が光った。
今度は、消えない。
ゆっくりと、周囲の空気が温まり始めた。
「……おお」
店主が声を漏らした。
「動いたぞ」
ルカは頷いた。
「はい。でも、もう少し確認します」
しばらく運転を続け、出力を上げ下げする。
安全装置の反応も確かめる。
どれも問題なかった。
ルカはようやく息を吐いた。
「……大丈夫そうです」
店主は暖房魔道具に手をかざした。
温かな空気が、指先を包む。
「……懐かしいな」
その声は、先ほどまでとは少し違っていた。
「昔と、同じ温かさだ」
ルカは何も言わなかった。
ただ、少しだけ嬉しくなった。
アリアが横から覗き込む。
「ねえ、ベルクさん。魔力の消費はどうなったの?」
「そういや、そこを見てなかったな」
店主は魔力計を取り出し、暖房魔道具に接続した。
数字が表示される。
店主はそれを見て、動きを止めた。
「……は?」
「どうしました?」
アリアが首を傾げる。
店主は魔力計を叩いた。
「いや、壊れてるのかと思ってな」
「魔力計が?」
「ああ。消費量が、妙に少ない」
ルカは表示を覗き込んだ。
確かに、予想より少なかった。
ただし、術式の構造を考えれば不思議ではない。
従来の回路では、処理をつなぐたびに魔力の再変換が必要だった。
その損失が、想像以上に大きかったのだろう。
「……たぶん、正常です」
ルカが言うと、店主は顔を上げた。
「正常?」
「はい。余計な変換を通らなくなったので……」
「いや、そういう話じゃなくてだな」
店主は魔力計を指さした。
「前の消費量と比べてみろ」
ルカは作業台の端に置かれた記録用紙を見た。
修理前の消費量。
そして、今の消費量。
計算してみる。
ルカは瞬きをした。
「……あ」
「どうだ?」
「……百二十分の一、くらいです」
店主が黙った。
アリアも黙った。
雨音だけが、店の中に響いていた。
「……百二十分の一?!」




