第18話 倍率百二十倍
査定の朝、大講堂は、立ち見が出るほど混んでいた。
入口の掲示板に、人だかりができている。
『第七組(ゼロ組)査定 賭け札受付中
全員突破 百二十倍
過半数突破 三十倍
全員不合格 一・一倍』
「賭け?」
ルカが呟くと、隣のトマスが青い顔で言った。
「毎年の恒例なんだってさ。貴族の連中が、ゼロ組の落ちる数を賭けるらしい」
「悪趣味だな」
ロルフが、低く吐き捨てた。
掲示板の前で、一人の少女が、こっそり札を買っていた。
金色の髪。取り巻きの目を盗むように、財布から銀貨を取り出している。
「全員突破に、ありったけ」
「お嬢様、本気ですか。百二十倍ですよ」
「わたくし、見る目がありますの」
セシリアは、澄ました顔で札をしまった。
(バレバレです)
ルカは、見なかったことにした。
*
壇上には、ガイストが立っていた。
灰色の長衣。厳しい顔に、いつもより少しだけ、自信の色がある。
その隣に、見慣れない二人がいた。
一人は、金髪が鳥の巣のように跳ねた、体格のいい青年。生徒会の腕章をつけている。
もう一人は、その斜め後ろで書類の山を抱えた、細身の少年。銀灰色の髪で、片目が前髪に隠れていて、眠そうな目をしている。
「立会人の生徒会長、バルド・ハイゼンだ! 今日は公正にいくぞ!」
青年が、大声で名乗った。
「公正って何が公正なのか、よく分かんねえけどな!」
「会長、声が大きいです」
後ろの少年が、淡々と言った。
「側近のノアです。補佐を務めています」
ルカは、その少年を見た。
目が合った。
眠そうな目が、一瞬だけ、すべてを見透かすように細くなって、また元に戻った。
「ルカ」
エルナが、袖を引いた。
「あの人、流れが変」
「変?」
「大きい。すごく。でも、ぎゅっと閉じてる。誰にも見えないように」
ルカは、息を呑んだ。
来賓席に、白い外套の人物がいる。昨夜、柱の前に立っていた、あの人影だ。
その人物が、壇上の少年に、ほんの少しだけ頭を下げたように見えた。
気のせいかもしれない。
*
「第七組、前へ」
ガイストの声で、八人が壇に上がった。
柱が、青白く光っている。
エルナが、柱の脇に立って、目を閉じた。
最初は、トマスだった。
「束ねたりはするな」
ガイストが、冷たく言った。
「不正と見なす」
「は、はい」
トマスは頷いて、エルナと目を合わせた。
エルナが、囁いた。
「今」
トマスは、束ねた。
柱が、轟、と光った。
目盛りが、一気に駆け上がる。
『六十一』
大講堂が、どよめいた。
「六十一!?」
「ゼロ組が!?」
「嘘だろ!」
ガイストの顔が、強張った。
(三倍の減算を、すり抜けた)
ルカは、胸の奥が震えた。
続けて、ユリウス、五十二。
ミーナ、五十四。
ニーナ、五十。
掲示板の「百二十倍」が、ばたん、ばたんと、小さな音を立ててめくられていった。
「全員不合格」の札を握りしめた貴族の青年が、青ざめて叫ぶ。
「ま、待て、これは何かの間違いだ!」
その隣で、セシリアが、扇で口元を隠して、優雅に微笑んでいた。
*
「不正だ!」
ガイストが、壇を叩いた。
「教本に反する束ね方だ。柱が壊れているに違いない。査定は中止、点検を」
「えー?」
バルドが、首をかしげた。
「でも、数字は出てるじゃねえか」
「それは」
「教本に『束ねるな』って書いてあんのか?」
「書いては」
「第三章第二節に、『詠唱の方法は問わない』とあります」
ノアが、書類をめくりながら、淡々と言った。
「問題ありません」
「なら、いいじゃねえか!」
バルドは、豪快に笑った。
それから、ふと、柱を見上げた。
「ん?」
首を傾げる。
「なんか、柱の音、変じゃね?」
ガイストの肩が、びくりと跳ねた。
「音?」
「ほら、さっきから、ぶうんって。三日前に来たときより、低い気がするんだよな。勘だけど」
勘。
ルカは、息を呑んだ。
この人は、ただの馬鹿ではない。
「点検、やろうぜ」
バルドが言った。
「柱の点検口、開けて、中を見る。生徒会立会いで、今すぐ」
「点検は、技師しか」
「じゃあ呼べ。ここで見ててやる」
「ですが」
「教授」
ノアが、静かに口を開いた。
「点検に、問題がないのであれば、何を恐れているのですか?」
ガイストの顔から、血の気が引いた。
ルカの胸が、どくんと鳴った。
(待って)
(あの蓋の裏には)
三年前の、Kの字がある。
それが、大講堂の前で、全員に見られる。
ノアが、ちらりと、ルカを見た。
ほんの一瞬、口の端が、わずかに上がった。
それから、バルドに向かって、静かに告げた。
「会長。点検口の蓋を」
「おう!」
バルドが、柱の台座に手を伸ばす。
大講堂が、固唾を呑んで見守る。
留め具が、かちり、と外れる音が、静寂の中で、やけに大きく響いた。
第18話 了




