第16話 設計図にない回路
翌朝、ゼロ組の教室は、いつもより少しだけ明るかった。
ルカは、教卓の前に立っていた。
組長に指名された翌日だ。目立たないはずだったのに、八人分の視線が、真正面から注がれている。
「昨日の灯火で分かったことがあります」
ルカは、黒板に大きく書いた。
『束ねる』
「魔力が少ない人は、薄く長く流すより、一息に集めて出したほうが、ずっと強く出せます。これは灯火だけの話じゃありません」
「柱も、でしょ」
窓際から、ぼそりと声が飛んだ。
ミーナだった。分厚い本から顔を上げている。
「え?」
「測定柱。束ねたら、数値は上がる。たぶん」
ルカは、目を丸くした。
「どうして分かるんですか」
「計算が、合わない」
ミーナは、鞄から、紙の束を取り出した。
過去十年分の、新入生の測定記録だった。公開資料だ。
「図書館で、三百年前の元の設計書を見た。設計図どおりなら、薄く流しても、魔力はほぼ正確に測れる。減算の回路は、ない」
ミーナは、紙の一枚を指でなぞった。
「でも実際の数値は、少ない人ほど不自然に小さい。流す時間が長いほど、損をしてる。設計図に載ってない部品が、後から付いてる」
ルカは、言葉を失った。
資料と計算だけで、そこまで。
「一拍ごとに、一定量を引く回路です。たぶん」
「やっぱり」
ミーナは、淡々と頷いた。
「私、魔力は少ない。でも、頭は悪くない」
教室が、静まり返った。
ルカは、胸の奥が、じんと熱くなった。
この人は、味方だ。
そう、確信した。
「実験室、借りておいたわよ」
扉が開いて、ミレーユが顔を出した。
「旧実験棟の一室。誰も使ってないから、自由にしていいわ。壊さなければ」
ミレーユは、あくびをした。
「壊したら、私が怒られるのよ」
*
旧実験棟の一室は、埃だらけだった。
中は少しごちゃごちゃしているがそこそこきれいだった。
目を引くのは1挺の歩兵銃くらいだろうか。かなり年季が入っているが整備されている。
疑問点が色々とあるが、ひとまずルカは、紙に、柱の簡易模型を描いた。
「本物の柱の仕組みを、小さく真似します。魔力を受けて、一拍ごとに決まった量を引いて、残りを光にする。それを測る目盛りも」
「刻むのは、私!」
ニーナが、胸を張った。
「細い線なら任せて! 針の先で刻むのは得意!」
ルカが、結晶片の上に、一本ずつ回路を指示する。
ニーナの針が、驚くほど細く正確な線を刻んでいく。
「すごい」
「刺繍で鍛えられてるから!」
水晶の欠片が、足りなかった。
ユリウスが、ためらいながら、胸元から小さな指輪を外した。
「これを使ってください」
「でも、それは」
「家宝です。ただし、売るなと言われているだけの代物です」
ユリウスは、視線を逸らした。
「それに、僕もこのまま終わりたくない」
ロルフが、黙って窓際の木箱から、使い古した工具を取り出した。
「戦場では、道具は自分で直した」
無口な元傭兵の手が、ルカの図面どおりに、金具を曲げていく。
トマスは、焼きたてのパンを抱えて戻ってきた。
「差し入れ係、参上!」
全員が、吹き出した。
エルナは、部屋の隅で、静かに眠っていた。
けれど、ときどき目を開けて、ぼそりと言った。
「そこ、流れが、詰まってる」
その一言で、回路の失敗が、二度救われた。
夕方になって、小さな簡易測定器が、完成した。
手のひらほどの大きさの水晶盤に、細い目盛りが刻まれている。
「試しましょう」
最初に前へ出たのは、トマスだった。
「教本のやり方でいくぞ」
詠唱。薄く、長く。
目盛りが、ぴくりと動いた。
『十八』
「あと、少しだったんだな」
トマスが、肩を落とす。
「次は、束ねます」
「お、おう」
息を吸う。
止める。
一気に、掌へ。
目盛りが、ぐんと跳ね上がった。
『四十一』
「四十一!?」
トマスが、叫んだ。
「さっきの倍以上だぞ!」
「同じ魔力です。出し方が違うだけで」
歓声が、実験室に弾けた。
続けて、全員が試した。
ユリウスは、三十三。
ミーナは、三十六。
ニーナは、三十一。
ロルフは、三十八。
エルナは、二十八。
ルカは、二十六。
「三十を超えたのは」
ミーナが、数字を数えた。
「トマス、ユリウス、ミーナ、ニーナ、ロルフ。五人」
「過半数です」
ルカは、胸の奥が震えるのを感じた。
このままなら、組は、解散しない。
「エルナ、あと二」
「うん。頑張る」
エルナは、眠そうに微笑んだ。
残るのは、一人。
「ゴードン」
ルカが呼ぶと、大きな体が、びくりと震えた。
「お、俺は、やめとく」
「試すだけです」
「でも、俺は」
ゴードンは、両手を握りしめた。
「出すと、全部出ちゃうんだ。村でも、納屋を吹き飛ばした」
「大丈夫です。小さく、一息だけ」
ルカは、ゴードンの背中に手を添えた。
「怖かったら、すぐやめていいです」
ゴードンは、長い間、迷っていた。
それから、ゆっくり頷いた。
掌を、測定器の上にかざす。
息を吸う。
止める。
そして、そっと、魔力を出した。
小さな、一息。
そのはずだった。
測定器の水晶が、ぴしり、と音を立てた。
目盛りが、振り切れる。
『二百――』
数字が、最後まで表示されなかった。
「離れて!」
エルナが、叫んだ。
その声と同時に、ロルフの腕が、ニーナとトマスを床へ押し倒していた。
ルカは、反射的にゴードンの手を掴んで、魔力の流れを、横へ逸らした。
轟、と閃光が走った。
窓ガラスが、一斉に割れた。
簡易測定器が、粉々に砕け散る。
棚の埃が、ぶわりと舞い上がった。
静寂。
ルカは、咳き込みながら、顔を上げた。
「みんな、無事ですか!」
「だ、大丈夫だ!」
「なんとか……」
誰も、怪我はしていなかった。
ロルフが、ニーナを抱えたまま、低く呟いた。
「判断が、早かった」
「いえ、エルナさんの声が」
「流れが、急に、膨らんだから」
エルナは、青い顔で、壁にもたれていた。
部屋の中央で、ゴードンが立ち尽くしていた。
粉々になった水晶の欠片が、足元に散らばっている。
「俺」
ゴードンの声が、震えていた。
「やっぱり、こうなる」
大きな肩が、小さく丸まった。
「俺は、ゼロ組でいい。みんなの足を、引っ張るだけだ」
「ゴードン」
「近寄らないでくれ。また、壊す」
ゴードンは、涙を、ぼろぼろとこぼした。
誰も、何も言えなかった。
ルカは、一歩、前へ出た。
「ゴードンさん」
ルカは、静かに言った。
「あなたは、魔力が足りないんじゃありません。多すぎるんです」
ゴードンが、顔を上げた。
「測定器が壊れたのは、ゴードンさんの魔力が、あの小さな器に、収まらなかったからです。柱があなたを『ゼロ』と呼んだのは、出し方が、制御できないから、柱が測れなかったんです」
ルカは、ゴードンの手を取った。
「足りないのは、魔力じゃなくて、蛇口です」
「蛇口?」
「出す量を、自分で絞るための弁です」
ルカは、ポケットから、細い銅の針金を取り出した。
「これを、作らせてください」
「作る、って」
「腕輪です。出てきた魔力の揺れを聞いて、強すぎたら自動で絞る。母のランプと同じ仕組みです」
ルカは、ニーナを見た。
「ニーナさん、お願いできますか」
「もちろん!」
ニーナが、涙を拭いて立ち上がった。
ルカは、銅の腕輪の内側に、細い回路を指示した。
ニーナの針が、それを刻む。
ロルフが、金具を曲げて、輪を整える。
ミーナが、回路の計算を確かめる。
ユリウスが、磨き布で表面を仕上げる。
トマスは、割れた窓の欠片を、黙々と片づけていた。
エルナは、寝息を立てながら、片手だけ上げて、親指を立てた。
一刻後。
小さな銅の腕輪が、ゴードンの太い手首に、はまっていた。
「試してみましょう」
ルカが、割れていない小さな燭台を、ゴードンの前に置いた。
「蝋燭に、火をつけてください」
「で、でも」
「大丈夫です。信じてください」
ゴードンは、息を吸った。
止める。
そっと、掌から魔力を出した。
腕輪が、かすかに光った。
掌の上に、小さな、安定した炎が灯った。
それが、蝋燭に、すっと移る。
揺れない。
爆発も、しない。
ゴードンは、呆然と、炎を見つめていた。
「できた」
声が、震えていた。
「俺、初めて、できた」
「はい」
「本当に、できた」
大きな体が、肩を震わせて、泣き出した。
トマスが、笑って背中を叩いた。
「おいおい、泣くなよ。パン、食うか!」
「食べる」
ゴードンは、泣きながら、パンを頬張った。
ゼロ組の八人が、実験室の床に座り込んで、パンを分け合った。
割れた窓から、夕日が差し込んでいた。
その光の中で、ルカは、思った。
(この八人なら)
(きっと、やれる)
*
扉が、がらりと開いた。
「何の音かと思えば」
ミレーユが、割れた窓と砕けた水晶盤を、順番に眺めた。
「壊さないでって、言ったでしょう」
「すみません」
ルカが頭を下げる。
ミレーユは、小さくため息をついて、それから、ふっと笑った。
「満足そうな顔だな」
ゼロ組の面々を、一人ずつ見回した。
「ちょうどよかった。報せがあるの」
笑みが、消えた。
「一学期の査定が、前倒しになったわ」
空気が、凍りついた。
「いつですか」
「三日後」
「三日!?」
トマスが、パンを喉に詰まらせた。
「そんな、早すぎる」
「冠位術師のライナルト様が、視察に来られる日に、合わせるそうよ」
ミレーユは、声を落とした。
「理由は聞いてない。でも、誰かが、ゼロ組が成果を出す前に、片づけたがってるのかもしれないわね」
ルカは、拳を握りしめた。
昨夜の大講堂。
削り取られた署名。
(こちらが動き出したことに、気づいている)
「三日後」
ルカは、八人の顔を見た。
「八人全員で、三十を超えます」
「全員?」
「はい。全員です」
ゴードンが、腕輪を握りしめて、頷いた。
「俺も、やる」
「私も」
「僕もです」
八つの声が、重なった。
夕日の中で、ゼロ組の戦いが、静かに始まった。
第16話 了




