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魔力が足りない? なら、術式を書き換えればいいじゃない。~追われる天才少女のほのぼの辺境魔法研究録~  作者: 春
第一章 雨の街と消えた魔石

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第12話 預けるだけです



 橋の袂で、アーデルは待っていた。


 外套の裾が、少し焦げている。


「遅かったね。もう少しで朝食を食べ損ねるところだった」

「あの数を相手にして、それですか」

「十人くらいなら、影が勝手に片づけてくれる」


 軽く言うが、フードの下の口元は、さすがに疲れて見えた。


 街道の脇で馬を休めながら、三人は今後を話し合った。


「三日だ」


 アーデルが言った。


「ローエンが橋へ来るまで。そのあとは、リーベルにも軍が入る。君がここにいる限り、アリアたちを

巻き込む」

「分かっています」


 ルカは、手綱を握りしめた。


 戦うか。逃げるか。


 あの人に会って、問いただしたい。


 けれど、いまの自分には草稿が一冊あるだけだ。証拠にも武器にもならない。


「私に、何ができますか」

「王都の学院に入りなさい」


 アーデルは、待っていたように言った。


「王立魔法学院。王家直轄の学び舎で、軍も研究院も簡単には手を出せない。知識も味方も情報も集まる」


 懐から、一枚の紙が出てきた。


 入学許可証。


 名前の欄には、『ルカ・ノイス』とあった。


「名前は変えない。呼ばれて振り向かないのは不自然だから。姓だけ変えておいた」

「いつの間に」

「準備のいい旅人でね」

「偽造か」


 ヒューが、紙を睨んだ。


「半分は本物だよ」


 ルカは、許可証を見つめた。


 逃げれば、この一年と同じだ。


 けれど、あの綴じ帳の最後の頁は、自分にしか書けない。


 あの人に会うなら、そのとき胸を張って立っていたい。


「行きます」


 ルカは、顔を上げた。


「逃げるためじゃありません。戻るために」


 アーデルは、満足そうに笑った。


   *


 宿に戻ったのは、昼前だった。


 食堂で、アリアが帳簿をつけていた。


「あ、お帰りなさい! 朝からどこへ行ってたんですか」


 ルカは、鞄を卓に置いた。


「アリアさん。話さなければならないことがあります」


 すべてを話した。


 本名。手配書。研究院。


 アリアは、黙って聞いていた。


 話し終えると、アリアはペンをそっと置いた。


「それで、ルカくんはこれからどうするんですか」

「三日以内に街を出ます。王都へ」


 アリアの顔が、強張った。


「黙っていて、ごめんなさい」

「それはいいんです」


 アリアは、膝の上で手を握った。


「ルカくんが悪い人じゃないことは知ってます。だって、私のランプを直してくれたもの」

「アリアさん」

「あと、ルカくんが男の子じゃないことも、たぶんそうかなって思ってました」

「えっ」

「お風呂は絶対一人で入るし、手首は細いし」


 ルカは、言葉を失った。


「ヒューさんは、全然気づいてないですけど」

「とっくに気づいてる」


 食堂の入口から、ヒューの声がした。


 アリアが、くすくす笑う。


 笑いながら、目に涙が滲んでいた。


「でもね、ルカくん」

「はい」

「出ていくなら、ちゃんと言ってほしかった」


 ルカは、胸が詰まった。


「ごめんなさい」

「謝らないでください」


 アリアは、涙を拭った。


「私にできることは、何かありますか」


 ルカは、少し考えてから答えた。


「宿の魔道具を、全部直させてください」

「え?」

「私がいなくなったあとも、困らないように」


   *


 一日目と二日目、ルカは宿から一歩も出なかった。


 暖房。厨房の魔導コンロ。湯沸かし。各部屋の照明。


 全部で十七個。


 一つずつばらして、無駄な変換を取り除き、組み直す。


 どれも、使う魔石は百二十分の一まで落ちた。


 夕方、最初の暖房を組み上げて、ルカは胸を張った。


「できました。これで冬じゅう、魔石を買い足さなくても大丈夫です」

「すごい! つけてみてもいいですか」


 アリアが、暖房に手を伸ばした。


「どうやるんですか」

「まず右の突起を二回叩いて、左の円盤を半周まわして、それから中央の石に触れます」


 説明しながら、ルカは自分で気づいた。


 七手順。


 間違えると、安全装置が働いて止まる。


 アリアが、苦笑した。


「お客さんは、こんなの無理ですよ」

「でも、この手順が一番魔力を」

「宿のお客さんは、説明書なんて読みません」


 アリアは、きっぱり言った。


「指一本でつくのが、いい魔道具です。魔力がどれだけ少なくても、使い方が難しかったら、結局誰も使えません」


 ルカは、手を止めた。


 魔力を減らすことばかり考えていた。


 安く、軽く、少なく。


 けれど、その先には、使う人の手がある。


 (使う人のことを、考えていなかった)


 ルカは、組み上げた暖房を、もう一度ばらした。


 今度は、母のランプのやり方を使った。


 触れた指から伝わる魔力の揺れを聞いて、つける。もう一度触れれば、消える。


 七手順が、一手順になった。


 それを十七個すべてに組み直した。


 二日目の夜、最後の一つを仕上げると、宿じゅうが、柔らかな光と暖かさに包まれていた。


 どの魔道具も、指先で触れるだけで、ゆっくり目覚める。


「すごい」


 アリアが、小さく言った。


「全部、お母さんのランプみたい」

「はい。真似をしました」


 ルカは、少し照れた。


   *


 その夜、アリアが食堂へ、小さな包みを持ってきた。


 母のランプだった。


「これ、持っていってください」

「え」


 ルカは、首を振った。


「だめです。お母さんの形見です」

「預けるだけです」


 アリアは、ランプを両手で包んだ。


「このランプは、ルカくんが直してくれたから、また灯ったんです。だから、ルカくんと一緒に行っても、母さんは怒りません」

「アリアさん」

「旅の途中で、寝る前につけてください。呼吸しているみたいな光を見たら、少しは眠れるから」


 ルカは、胸が詰まった。


 一年間、安心して眠れる夜なんてなかった。


「その代わり」


 アリアが、ランプをルカの手に載せた。


「ちゃんと返しに来てください。約束ですよ」

「はい」


 ルカは、ランプを抱きしめた。


 淡い蜂蜜色の光が、二人の顔を照らした。


   *


 三日目の夜明け前。


 街の東門に、人が集まっていた。


 ベルクが、腕を組んで立っている。


「壊すなよ」


 いつもの台詞だった。


 ルカは、笑って頷いた。


「はい」

「いや」


 ベルクは、鼻を鳴らした。


「壊してこい。壊れたものを直すのが、お前の仕事だ」


 ポケットから、小さな木の札を取り出した。


 店の屋号が焼き印されていて、その下に、削り出した文字がある。


『ルカの席』


「店の隅に、お前の机を置いておく。帰ってきたら、そこで修理をやれ」


 ルカは、札を受け取った。


 ダリオが、大きな包みを押しつけてきた。


「魔石だ。旅の足しにしろ。青いのは入れてねえ」

「ありがとうございます」


 老人の御者も、鍛冶屋の男も、パン屋の女将も、遠巻きに手を振っていた。


 街じゅうが、見送りに来ていた。


 (目立たず、静かに暮らすつもりだったのに)


 ルカは、苦笑した。


 目の前に、アリアが立っていた。


「行ってらっしゃい、ルカくん」

「はい。行ってきます」

「ヒューさん」


 アリアが、馬上のヒューを見上げた。


「ルカくんを、お願いします」

「任せろ」


 ヒューは、短く答えた。


 ルカは、馬の首をなでて、街を振り返った。


 辺境都市リーベル。


 逃げ込んだだけの街だった。


 いまは、帰りたいと思う場所になっていた。


   *


 ――同じ頃。


 街の外れの小さな宿の一室で、フードをかぶった人物が、机に向かっていた。


 灯りは、蝋燭が一本だけ。


 便箋に、細い筆跡が走る。


『報告

 旧ガルム砦より、対象が離脱。目的地は王都の見込み。

 第三研究棟の未回収資料、所在確認』


 ルカの名前は、どこにも書かれていなかった。


 宛名の欄だけが、白いままだった。


 人物は、便箋を折りたたみ、封をした。


 窓の外を、東へ向かう二騎の影が、朝靄の中に消えていく。


「さて」


 小さな呟きが、闇に溶けた。


「どこまで、育つかな?」





 第12話 了

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