↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力が足りない? なら、術式を書き換えればいいじゃない。~追われる天才少女のほのぼの辺境魔法研究録~  作者: 春
第一章 雨の街と消えた魔石

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第10話 その警報、無駄だらけです

 


夜明け前の石橋は、静まり返っていた。


 月明かりの下、橋の上に銀色の網が、うっすらと浮かんでいる。


 ルカたちが馬を進めると、網がふわりと膨らんで、すぐに縮んだ。


 呼吸している。


 三日前まで荷馬車を片っ端から壊していた結界が、いまは旅人の拍に合わせて、静かに道を開けていた。


「いい仕事だね」


 先頭を行くアーデルが、振り返らずに言った。


「誰の仕事か一目で分かる」

「やめてください」


 ルカは、フードを深く引き下ろした。


 署名だらけの橋を渡りきると、道は山へ入った。


   *


 旧ガルム砦は、山の中腹に黒々とうずくまっていた。


 崩れかけた城壁。折れた見張り塔。百年前の戦で打ち捨てられた、ただの廃墟のはずだった。


「灯りがついてる」


 ヒューが低く言った。


 城壁の内側から、白い光が漏れている。魔導灯だ。それも一つや二つではない。


 門の前には、見張りが四人。槍を立てて、あくびを噛み殺していた。


「正面は無理だね」


 アーデルが、茂みの陰で指さした。


「だから横から。崩れた城壁の割れ目だ。あそこだけ見張りがいない」

「罠があるんだろう」

「ご名答。探知の糸が張ってある。魔力を持つものが跨ぐと、砦じゅうの鐘が鳴る」


 ルカは、割れ目の手前にしゃがみこんだ。


 見るだけなら、魔力はいらない。


 地面すれすれに、髪の毛ほどの細い光が走っていた。


 (探知の糸。構造は単純だ)


 糸が魔力に触れると、基部の魔石が反応して鐘を鳴らす。それだけの術式のはずだった。


 けれど。


 ルカは、基部の脈を数え始めた。


 一、二、三。


 三十六、三十七。


 その瞬間、糸が一拍だけ、ふっと薄れた。


 すぐに戻る。


 もう一度数える。


 三十七で、また薄れた。


「三十七拍に一度、必ず休んでます」

「休む?」


 ヒューが眉をひそめた。


「基部の魔石の消耗が激しすぎるんです。無駄な回路が多すぎて魔力が足りなくなって、休まないと保たない」


 ルカは、振り返った。


「その一拍だけ、糸は完全に消えます。通れる幅は約二歩」

「二歩だけか」

「私の足で二歩。ヒューさんは一歩半です」


 アーデルが、フードの下で小さく笑った。


「私は、それに気づくのに二晩かかったよ」

「その警報」


 ルカは、無意識に言っていた。


「無駄だらけです」


 言ってから、顔が熱くなる。


 けれど、アーデルは真顔で頷いた。


「うん。その無駄が、君の通り道だ」


 三人は、割れ目の前に並んだ。


「数えます。三十五、三十六」


 ヒューが、重い鎧の肩を縮める。


「三十七、今!」


 ルカが飛び出した。


 一歩、二歩。


 続いてアーデルが、影のようにすり抜ける。


 最後のヒューが、一歩半で跳んだ。


 爪先が、薄れかけた光の線をかすめる。


 糸が、ぴくりと震えた。


 鐘は、鳴らなかった。


 ヒューが、地面に転がって息を吐いた。


「心臓が止まるかと思った」

「止まらなくてよかったです」


   *


 砦の内側は、倉庫だった。


 石畳の中庭に、木箱が山のように積まれている。蓋には、青い印。六面切りの青魔石の印だ。


 (これが、街から消えた魔石)


 ルカは、数える手を途中でやめた。


 数百箱はある。


「地下は、こっち」


 アーデルは、倉庫の奥の、古い武器庫へ足を向けた。


 壁の一面に、鉄の扉が埋め込まれている。


 扉の脇に、手のひらほどの石板があった。


「私はここまで。ここは開けられない」


 アーデルは、ルカを見た。


「君なら、開くかもしれない」

「私が?」


 ルカは、石板を見つめた。


 見覚えのある彫りだった。


 第三研究棟の入口の石板と、まったく同じ形。


 認証術式。登録された研究員の魔力の波形にだけ、反応する。


 (私の登録は、一年前に消されたはず)


 開くわけがない。


 けれど、ルカの手は、自然に石板へ伸びていた。


 掌を重ねる。


 ほんの少し、魔力を流す。


 石板が、淡く光った。


 緑色の文字が浮かび上がる。


『認証 第三研究棟 上級研究員 ルカ・エルフェルト』


 扉が、重い音を立てて開き始めた。


 ヒューが、絶句した。


「お前、まだ雇われてたのか」

「そんなはずありません」


 ルカの声が、震えた。


「登録は、事故のあとで全部消されたはずです」

「消されてなかったんだよ」


 アーデルが、静かに言った。


「誰かが君の席を、空けておいた」


   *


 階段を降りた先に、広い空間が広がっていた。


 ルカは、足を止めた。


 並んだ机。壁一面の黒板。薬品棚。


 窓は、なかった。地下なのだから当然だ。けれど壁には、朝の光が差し込むように、窓の絵が描かれていた。


 部屋の中央には、巨大な円環の装置。その周りに、青い魔石が山のように積み上げられている。


 (第三研究棟)


 一年前に灰になったはずの建物が、ここにあった。


 机の位置。黒板の形。棚の並び。


 寸分違わない。


「写し、だ」


 ルカは呟いた。


 足が、勝手に動いた。


 窓際の三番目の机。


 そこが、自分の席だった。


 机の隅に、インクの染みがある。入ったばかりの頃に、うっかりこぼしたものだ。


 その形まで、同じだった。


「気味が悪いな」


 ヒューが、周りを見回した。


「こんなものを、誰が」


 机の上に、革の綴じ帳が一冊置かれていた。


 ルカは、それを開いた。


 見慣れた自分の文字。


 第一章。第二章。


 最後の章の、見出しだけの頁も、そのままあった。


『同期』


 そこだけ、空白のまま。


 そのときだった。


「止まれ!」


 階段の上から、怒号が響いた。


 槍を構えた兵士が、三人駆け下りてくる。


「侵入者だ! 鐘を!」

「鳴らさせるか」


 ヒューが、飛び出した。


 剣は抜かない。鞘のまま構える。


 一人目の槍が突き出された。


 ヒューは、半歩ずらして、穂先を鞘で弾いた。


 二人目の足元に、アーデルの影がすっと伸びる。


 兵士が、つんのめった。


 その腹に、ヒューの肘が入る。


 二人、倒れた。


 三人目が、笛を口に当てた。


 ヒューの剣の柄が、その手を打ち据えた。


 笛が、床に転がる。


 静寂が戻った。


「急ごう」


 ヒューが、肩で息をしながら言った。


「音は立てたが、鐘は鳴らしてない。次の見回りまで、まだ時間はあるはずだ」


 ルカは、綴じ帳を閉じた。


 表紙に、題が刻まれている。


『術式改変 第七草案』


 その下に、作者名の欄があった。


 本来なら、ルカの名前が書かれているはずの場所。


 そこは、刃物で削り取られていた。


 そして、その上に。


 赤いインクで、別の名前が書き加えられていた。


 ルカは、その字を知っていた。


 毎朝、ルカの草稿に添削を入れてくれた、あの赤い字。


 丸みを帯びた、几帳面な筆跡。


 その名前は、この世でいちばん、ルカが信じていた人の名前だった。






 第10話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。