第8話 帳簿の出ていった先
翌朝、ダリオの店の奥の部屋は、帳簿の山で埋まっていた。
仕入れ帳。売上帳。在庫の棚卸表。ダリオが三十年分を荷車で運んできたのだ。
「好きなだけ見てくれ。隠すもんは何もねえ」
ルカは、一番新しい仕入れ帳を開いた。
一つずつ、数字を追う。
その横で、ヒューが蔵から魔石の箱を運び出しては数えていた。
「一、二、三……十二」
「十二箱ですね」
「蔵はこれで全部だ」
「帳簿の在庫も十二箱です」
ルカは顔を上げた。
「入った数から売った数を引くと、蔵にある数になります。一箱も合いました」
ダリオが、大きく息を吐いた。
「やっぱり俺じゃなかったろ」
「はい。でも、もう一つ分かりました」
ルカは、仕入れ帳の月ごとの数字を指でなぞった。
「ダリオさんの仕入れは、半年前から毎月少しずつ減っています。去年の三割まで」
「そうだ。値段もそのたびに上がった」
「同じことが街じゅうの店で起きているなら」
紙の端に、簡単な図を描く。
鉱山街。組合。街の商人。
「魔石は鉱山街から組合に集まって、そこから各街の商人に配られます。ダリオさんの手元で減っているなら、減らしているのはその上です」
「あの旅の魔術師の言う通りか」
ヒューが、腕を組んだ。
「怪しいやつの言うことを信じるのか」
「信じてはいません。でも数字は確かめられます」
ルカは立ち上がった。
「組合の帳簿を見に行きましょう」
*
魔石商組合リーベル支部は、市場の北のはずれの、古い石造りの建物だった。
受付の奥から、眼鏡をかけた老書記が、困り顔で出てきた。
「ダリオか。珍しいな」
「配分表を見せてくれ。組合員は誰でも見られる決まりだろう」
「それはそうなんだが」
老書記は周りを見回して、声を落とした。
「正直に言うと見せたくないんだ。見たらみんな怒る」
「怒るようなことが書いてあるんですね」
ルカが言うと、老書記は肩を落とした。
「……奥へどうぞ」
奥の机に、分厚い配分表が広げられた。
ルカは、一番上の行を見る。
『鉱山街よりの受領 月四百箱』
去年と変わらない。
次の行。
『民間商人への配分 月百二十箱』
去年は四百箱だった。
最後の行。
『王国軍 特別需要枠 月二百八十箱』
ヒューが、低く唸った。
「軍が民間の分を持っていってるのか」
「令状もここにあります」
老書記が、一枚の紙を差し出した。
軍の公印。軍需局の署名。どこからどう見ても本物だった。
「国が相手じゃ組合も断れない。街の連中が知ったら軍に石を投げかねんから、黙っていた。受け取り先は、ずっと西の旧ガルム砦の補給廠だ。荷馬車が毎月、橋を渡って運んでいる」
「あの石橋の先か」
ヒューが、ルカを見た。
「はい」
ルカは、頭の中で橋の結界を組み直した。
魔物除けの結界。補給路を守る結界。
(あの結界は、魔石の荷を運ぶ道を守るために張られていたんだ)
けれど、数字が引っかかっていた。
「軍が魔石を使うのは構いません。でもこの量は多すぎます」
「多すぎる?」
「橋の結界は、出力を倍にしても月十箱で足ります。網の規模と脈の間隔から計算しました」
ダリオが目を丸くした。
「十箱……」
「補給廠の魔道具や兵舎の暖房を足しても、百箱に届くかどうかです。なのに二百八十箱」
ルカは、ペンを握りしめた。
「残りの百八十箱を、毎月、何に使っているんでしょう」
老書記は首を振った。
「分からん。受け取りの署名は軍需局の特別調達課だが、中身は誰にも聞かされていない」
*
組合を出ると、夕暮れだった。
ダリオは、何度も礼を言って、店へ帰っていった。
ルカは、石段の途中で立ち止まった。
二百八十箱。
どこかで聞いた数字だった。
(どこで)
思い出そうとして、頭の奥が、ひやりと冷えた。
研究院にいたころ。
納品伝票の一番下の欄。毎月、ルカが帳簿の末尾に書き写していた数字。
第三研究棟が、事故の直前の月に受け取った、魔石の量。
二百八十箱。
一箱の違いもない。
「ルカ?」
ヒューの声が、遠くに聞こえた。
「……いえ。何でもありません」
「そうか」
ヒューは、それ以上は聞かなかった。
夕焼けの空の向こうに、西の山並みが、黒く浮かんでいる。
一年前に焼け落ちた建物が、毎月使っていたのと同じ数の魔石が、いま、あの山の向こうへ運ばれていく。
(燃えて、終わったんじゃなかった)
第8話 了




